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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第四章:一世一代の商談
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それぞれの思惑

 資料作りに集中していると、あっという間に時間が経つもので。すっかり日も沈み、窓から見えるのは街灯や家屋、ビルの光だけ。あの中に弊社のような企業がないことを祈るばかりである。


 イアンさんと、どこで出くわしたのかエリオットくんが遅めの夕飯を買ってきてくれた。忘れていたからか、腹の虫がぐうと鳴く。ありがたいところではあるけれど……。


「あ、はは……こんなにたくさん食べられるかな……?」


 思っていた以上に大量のご馳走だ。私たちで食べきれるかどうか怪しいぞこれ。お肉にパスタにサラダにお米に……汁物までしっかり用意してある。健康的な食事の領分を超えていそうな気がする。


 私の懸念を拭うように、イアンさんが鼻で笑った。そういう仕草、とても似合うのですが心象が悪いですよ。本当に勿体ないな、この人。


「男が二人もいるんだからこのくらい余裕だわ。なあ、エリオット」


「勿論です、たくさん食べちゃいます!」


「若いってすごいなぁ……」


「十六のガキがなに言ってやがんだ」


 そうだった。私、十六歳。花も恥じらう美少女だった。気を抜くとすぐにアラサーOL牧野理央に戻ってしまう。落ち着いて、リオ。私はティーンエイジャー、いまをときめく美少女です。このフレーズを選んでいる時点でアラサーOLを捨て切れていない気がする。


 テーブルに隙間がないほどのご馳走が並ぶ。見ているだけでお腹が膨れそうだ。私が手を合わせて「いただきます」というと、二人は不思議そうな顔をする。由来を説明すると納得してくれたようで、私に(なら)った。


「それはそうと、エリオットくん。ネイトさんから話聞いたけど、結構はっきり言ったんだね」


「えっ、ネイトさんなんて言ってました……? 傷ついてましたか……?」


「ううん、そこは心配しないで。傷つけたのは私だから……」


「ええ……リオさん、なにを言ったんですか……?」


 戦慄したような顔のエリオットくん。大丈夫だよ、罵詈雑言は浴びせてないよ。真実を求めてたから突き付けただけだよ。そしたらね、折れちゃった。反省はしてないよ、後悔はめちゃくちゃしてるけど。


 とりあえず曖昧に笑ってごまかしておこう。ネイトさんのあんな姿、エリオットくんは知らなくていい。


「しっかし、ネイトの悩みも切実ではあるよな」


「ぼくはネイトさんの笑顔が嘘っぽく感じました。特に気にした様子はなかったはずなんですけど……」


「それがそうでもなかったの……自分の笑顔に価値はあるのか、必要なのかって悩んでたみたいで……顔が怖いから笑顔になった方がいいですよ、って言ったら……」


「傷ついてしまったんですね……」


「そう、いとも容易くぽっきりと……」


「折れたんですか!?」


 ゆっくりと頷く。そう、私がへし折りました。私も信じられないよ。意外と繊細なのかもしれないね。打ち直さないといけないね。


 重苦しい空気に風を吹かせたのはイアンさんだった。


「ネイトの再起は俺に任せろ。仮にも元上司だ、なんとかやるさ」


「あの、ぼくもお手伝いしたいです」


 エリオットくんが立候補したのは意外だった。負い目を感じているのだろうか? イアンさんも驚いたように目を見開いている。


「別に構わねぇけど、なにをしようってんだ?」


「ぼく、考えたんです。ネイトさんが剣として育ってきたなら、ぼくたちが人間にしてあげたらいいのかなって」


「どういうこと……?」


 剣を人間にする? 魔法? そういえばこの世界、魔法ってあるのかな。疑問符を浮かべているのはイアンさんも同じ。エリオットくんは得意げに、これしかないと言わんばかりに笑って告げる。


「ぼく――ネイトさんと友達になります!」


 =====


「ふう、お腹いっぱいだ……」


 夕食を終え、イアンさんもエリオットくんも自室に帰っていった。私も資料作りは明日に持ち越すことにして、ベッドに寝転がる。


 エリオットくんは、アレンくんと違った系統の純粋さがある。アレンくんは人の良さが際立っていて、親切にすることに躊躇がない。エリオットくんは無邪気で、子供特有の眩しさを感じる。


 それにしても、ネイトさんと友達に、かぁ……彼らしい発想といえばそうなんだけど、応じてくれるのかな。


 イアンさんから聞いた話だが、ネイトさんは代々レッドフォード家に仕える騎士を輩出する家系の出らしい。そのための教育は惜しみなく施されていたようだが、人間として肝心な部分を持たずに生きてきたようだ。


「……嘘っぽくない、本当の笑顔かぁ」


 よくよく考えると、私も転生して以来心から笑ったことは少ない。ギルさんの手品と、アレンくんの歌を聞いたときくらい。


 心から笑うって、どんな感じだったっけ? 思えば生前も笑顔が欠けた人生だったような気がする。本当にアイドルが心の支えになっていた。


 ネイトさんに支えは必要ない。たぶん、彼に必要なのは“無駄”だ。実るもののない、なんてことのない時間や経験。完璧を求められていたネイトさんにとって意味のない物事、それが彼に人間味を与えるのかもしれない。


 エリオットくんもイアンさんも、上手くやれるといいけど……。


 って、人の心配をしている場合でもない。私も私で頑張らないと。ギルさんのスカウトだけじゃない、オルフェさんだっているんだから。


「……でも、オルフェさんはどうしようかな」


 彼は“特定の居場所を作らない”ように生きている。それはきっと、過去になにかがあったからだ。調べればどうにでもなるだろう。けれど、間違いなく触れられたくないことのはずだ。


 どうすれば、オルフェさんをその気にさせられる? 彼が引く立ち入り禁止線を越えるために必要なものってなんだろう……。


「……オルフェさんのこと、よく知ってる人って……」


 一人だけ心当たりがある。けれど、彼女はいま忙しいはずだ。公演まで時間があるとはいえ、稽古に勤しんでいるだろう。


 ……相談だけしてみようかな。


 誰もいない自室、天井に指を伸ばして呟く。


「スタートアップ。“スイート・トリック 稽古場”」


 オルフェさんが客演で演奏するという、世界的な旅芸人一座。その看板であるミランダさんなら、なにか知っているかもしれない。


 一縷の望みにも躊躇なく賭け、藁に縋ることに抵抗もない。約十年で培った社畜の泥臭さは、このときのためにある。


 そう思わなきゃ、報われないよ……。


 

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