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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第四章:一世一代の商談
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収穫

 ネイトさんに連れられて辿る帰り道。日も傾き、仕事を終えたと思しき人たちが目立つ。ミカエリアにも企業はあるんだなぁ、福利厚生のしっかりした企業だといいな。


 ちらりとネイトさんを見やる。彼は真っ直ぐに前を見たまま、相変わらずの無表情。姿勢がいい分、威圧感が半端じゃない。ほら見なさい、私たちを見ながらひそひそ話をしていますよ。

 

 鎧の背中を突いて、そっと耳打ち。


「ネイトさん、笑顔、笑顔」


「笑顔……」


「皆さんを安心させてあげてください」


 彼の笑顔はある意味で住民が求めているものだ。生真面目で高潔なネイトさんが笑顔を見せたなら、アンジェ騎士団に対しての警戒心も少しは和らぐだろう。


 しかし肝心のネイトさんは、私を見つめて動かない。表情がないにしても顔がいい。つい目を逸らしてしまいそうになる。でも、様子がおかしいような……。


「果たして、私の笑顔は民を安心させるに足るものなのでしょうか」


「へ……?」


 こんな質問をもらうとは思わなかった。この疑問は、紛れもなく彼の感情だからだ。鉄仮面の奥の“ネイト・イザード”が顔を見せたような気がした。自分の笑顔に力がないと思っている。それは劣等感に他ならない。


 どうしてそう思ったんだろう。ネイトさんは語らない。私の言葉で動くだろうか。迷っている場合でもない、ひとまず答えてあげないと。


「アンジェ騎士団が笑顔で溢れれば、皆さんの心も解れるかと思うのですが……」


「私の笑顔は、その力になれるのでしょうか」


「勿論です。ネイトさんが笑顔を見せれば、きっと安心すると思います」


「なぜですか?」


 至極真面目に問いかけてくるネイトさん。なぜと申されましても、貴方の表情が一切変わらないのが怖いからです。なんて言えるはずがない。彼は至って真剣に悩んでいるのだ。この現実を突き付けるのはあまりにも残酷すぎる。


 言葉に詰まる私。ネイトさんは俯き、訥々(とつとつ)と語り始めた。


「エリオット様が仰っていました、私の笑顔は嘘っぽいと。高潔な騎士として、民を欺くことがあってはなりません。偽りの笑顔で騙すなど言語道断。だから知りたい。真の笑顔を知らない私は、民を安心させることができるのでしょうか」


 やばい。冗談抜きで真剣な悩みだった。これ、私も正直にぶつかっていかなければならないのでは? かといって、顔が怖いですの一言で片づけていいの?


 どうする、言うべきなのか。顔が怖いですと。だから笑顔を見せて、人間らしい一面を見せてほしいと。伝えていいのか、これ……。


「リオ様」


「へ……あ、はい……」


「私はこの国の剣です。易々と折れる鍛え方はしておりません。どうか、忌憚のないお言葉を頂けますか」


 ……いいのか、本当に。


 覚悟は伝わった。ならば応えてあげるのが人情、というものなのだろうか。いまだ迷いは拭えない。けれど、忌憚のない意見を求めているなら……うーん、本当に伝えていいのかな。


 いや、迷うのは止めだ。ネイトさんは真剣に悩んでいる。私がはぐらかすのは失礼千万。深呼吸を一つして、彼の目を見る。


「……心して聞いてください」


「無論」


「あなたの笑顔が必要な理由、それは――」


 =====


「ただいま戻りました……」


 文化開発庁本部に帰り着いた私。ひとまずイアンさんに挨拶をするが、地べたを這いずるような低い声が出た。彼は一瞬驚いたような顔をする。そりゃそうですよね、私、見た目には恵まれてしまいましたものね。嫌味っぽいけど。


「遅かったな、ネイトとは合流できたか?」


「はい……ここまで送っていただきました……」


「なんでそんなにくたびれたような顔してんだよ……」


 なんでもなにも、理由はそのネイトさんだ。


 ネイトさんの笑顔が必要な理由――表情がなく威圧的だから怖い、という旨を伝えた。真剣な悩みだから、正直に伝えたのだ。ネイトさんの表情は、やっぱり変わらなかった。


 しかし感情は揺れていたようだ。そのまま城へ直帰するかと思いきや、道端に咲く花をじっと見つめたり、橋から川をぼうっと見下ろしたり……相変わらずの鉄仮面なのに、確実に悲しんでいた。


 易々と折れないって言ったじゃん! 簡単に心折れてるじゃん! あなたは剣でしょう!? 新聞紙丸めて作った剣じゃないでしょうが! 丹念に打った鋼の剣でしょうが!


 やりきれない怒りを抱えたまま、なんとかネイトさんを城まで連れてきて別れたのだ。そりゃあこんな顔にもなる。事情を説明すると、イアンさんは乾いた笑いを浮かべていた。存分に同情してください。あなたが差し向けた男の仕業ですので。


「まあなんだ、俺は安心したよ。あいつにも心があったみたいで……」


「イアンさんにもわからなかったんですか?」


「ああ、機械みたいだってずっと思ってたから。感傷に浸るようなこともあるんだなって、人間らしさを見た気がしてほっとした」


 身近にいた人間ですらそう思っていたなら、あんな結果になるだなんて予想できるはずがなかった。新発見と言えばそうなのだが、その代償は心身に大きな負荷をかけていた。


「ま、ひとまずお疲れさん。ギルのこと調べに行ったんだろ? 収穫はあったのか?」


「それもそれで……」


 結局ギルさんの話を聞けたといっても、顔が良かった。ただそれだけだった。他の手品師も見たけれど、ギルさんには到底及ばない、くらいの話だ。イアンさんに伝えたところ、彼は顎に手を当てる。


「実りがなかった、とも言えないんじゃねぇか?」


「へ……? どうして……」


「他の手品師見て、ギルの凄さがわかって、俺に聞かせただろ」


「それはそうですけど……」


「じゃあ訊くが、俺が聞いたギルの凄いところは“誰”の言葉だ?」


「あ……」


 そっか、そうだ。他の手品師を見て感じた、ギルさんの凄さ。それは“私”にしか言えない言葉だ。私だから伝えられるギルさんの魅力、それに気付けたなら収穫はあったと言えるのか。


 イアンさんはにやりと笑う。もう少し笑顔の幅を広げた方がいいですよ、悪だくみしてるみたいですから。


「それなら上等だ。(ねぎら)ってやるよ」


「あはは……ありがとうございます」


「とりあえず、飯にするぞ。買い出し行ってくる」


 私に発言する隙を与えずに部屋を出ていくイアンさん。残された私は、紙とペンを取り出しデスクに広げた。仕事の資料を作るよりも気合が入る。二度目の人生における生き甲斐のためだ、妥協なんてするはずがない。


 イアンさんが帰ってくるまでにどこまで進められるやら。急ぐ必要はないのかもしれないけど、ペンは淀みなく紙の上を滑っていた。

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