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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第四章:一世一代の商談
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★貧相な建前

 ミカエリアの中心から外れた川辺。昼間でも人通りが少なく、一人になりたいときには打ってつけの場所だ。


 俺は昨日の“供物”を燃やす。灰が風に攫われて、どこへともなく飛んでいく。気休めでしかないけど、俺にできる贖罪なんてこれくらいしかない。


 都会の奴らなんてちょろいもんだ。俺なんかの手品で目をキラキラさせるんだから。去年の冬にミカエリアへ来て、春を迎えた。路上でも、孤児院でも、老若男女、俺の手品に魅入ってた。


 バカバカしい。俺みたいな奴の子供騙しで幸せそうな顔するんだ。どうかしてる。


 なにも背負うものがない奴らは、安穏と日々を過ごす。その中にちょっと刺激を差し込むだけで、簡単に満足しちまうんだ。


「……あの笑顔も、拍手も、俺なんかにあげんなよ。バカばっかで嫌になる」


 得意げに披露している手品は、俺のものじゃない。譲り受けたーーいいや、違うね。人から奪ったものだ。だから、称賛されるのは俺であってはならない。


 けど、それを話したからってどうなる? なにかが変わるのか? 観客は観客でしかない。俺の事情なんて知ったこっちゃない。


 退屈が紛れる。そんな考えの、怠惰で身勝手な観客には反吐が出る。でも、出しちゃいけない。エンターテイナーは真摯であるべきだ。どんなクズ共だろうが、観客である以上楽しませる。


 ーーそう教えてくれただろ。


「……なに勝手に死んでんだよ、ボケ」


「死者を(なじ)るのは感心しないね」


 突然聞こえてきた声に振り返る。そこにいたのは、あの日のエルフ。確か名前は……。


「オルフェ、つったっけ」


「あれ、どうして僕の名前を?」


「リオちゃんが言ってたから。つーかこんな場所になんの用だ? 川しかねぇんだから帰った方がいいぜ」


「生憎、帰る場所は作らない主義でね。隣に座ってもいいかい?」


「好きにしな」


 こいつ、読めない。なにを考えてんのかちっとも掴めやしない。観客みたいに単純な頭してりゃあ愛想くらい振り撒けるんだがな。


 だからこそ、なにを話してもいい気がした。後腐れなさそうだし、こいつ自身もそういう関係しか望んでいないように思える。


「ここでなにをしていたの?」


「……供養、かねぇ」


「ボケ、なんて言う人に?」


「そう。無責任なボケに供養してたんだよ」


 あいつが死ななけりゃ、俺がこんなことしなくて済んだのに。自分の役目をなんだと思ってたんだ。あいつにしかできないことなのに。どうして俺に任せたりしたんだ。


「大切に思っていたんだね」


「……そりゃな。尊敬してたからさ」


「故人は生前なにをしていたの?」


「……俺がいまやってること。すげぇ奴だったのに、放り出して死んだんだ。俺に任せるっつってさ。だからやってんだよ。才能がないのに」


 俺がやってることは、全部あいつがやるべきだった。なのに、いつの間にか死んで、その上役目を俺に押し付けて。自分勝手にも程がある。


 オルフェはなにも言わない。視線は感じる。目は見れなかった。見透かされそうだったから。


 ーー見透かされたから、なんだっていうんだ?


 後腐れない関係にしたいのは俺もオルフェも同じ。だったら目を見れるはずだ。なのに、どうして避ける? その問いは俺の中にしかない。


 オルフェはため息を吐く。


「貧相な建前だ」


「はあ?」


 たまらずオルフェを見る。その瞳には苛立たせるようななにかが灯っていた。軽蔑か。違う。これは哀れみだ。拳を握る俺のことなど関係ない、オルフェは続けた。


「才能がないのにやっている? 本当にそう思うなら、突っ撥ねてしまえばよかったんだ。自分以外に適任がいると思うなら、その人に押し付けてしまえばよかったんだ」


「死んだ奴の想いを蔑ろにしろってのか?」


「その選択肢もあった。でもきみは選ばなかった。だから聞かせて。きみはなぜ、エンターテイナーを演じている?」


「なぜって……」


 ーーあれ? なんで……なんでだ?


 怒りが急速に引いていく。代わりに胸を満たしたのは、疑念。俺自身への猜疑心だった。


 オルフェの言う通り、俺は選べたはずだ。あいつの願いを突っ撥ねて、どこかへ姿をくらますことだってできた。なのにどうしてエンターテイナーで在ろうとする? 贖罪……の、つもりだった。


 贖罪じゃないなら、俺はなんでこんなことを続けてるんだろう。


 早鐘を打つ心臓に手をやる。息も微かに乱れていた。


「見て見ぬ振りをするなら止めはしない。けれどきみが目を逸らした現実は、ずっときみを苦しめる」


「……お前は俺のなにを知ってんだ?」


「知ってるわけじゃない。“わかる”だけさ。安物の張りぼてに隠れて生きるのは僕も同じだから」


「俺はそんなつもり……」


「ない、と思い込んでいるだけだよ。本当に違うなら、きみは役者になるべきだ。でも、人間はそれほど器用な生き物じゃない。僕は知っている」


 わかったような口を利くオルフェ。けど、その顔には確かなものが映っているように見えた。人間の不器用さを間近で見た、とでも言いたげな顔だ。


 怒りはもう、腹の底からも消えてしまった。適当なことを言ってるわけじゃないと、直感が告げたから。


 オルフェは立ち上がり、背を向ける。話は終わりのようだ。


「お節介だけど、小言を一つ残しておく。恐怖を乗り越えて、張りぼての裏側を見てごらん。“ギル・ミラー”はそこにいるはずだよ」


「……へいへい、ご忠告どーも」


 オルフェの言葉は耳が痛い。小言と言ったが、悪意はない。俺のことをある程度見透かして、その上で諭すような言葉を突きつけてくる。


 けど、優しさとも違う。寄り添うわけではなく、導くわけでもなく、ただそっと(しるべ)を残すだけ。そこに進むかは、俺に選ばせるつもりだ。


 オルフェが去った後、一人。まだ燃やしていなかった写真を見る。屈託のない、いい笑顔だ。それが俺に向けられている。そう。この笑顔は、俺が貰ったものなんだ。


「……“ギル”、お前はどうしたい?」


 問いかけて、笑う。俺が尋ねたって、答えを返すのは他でもない俺自身。


 ーーいつか、答えを出せる日が来るのかね。


 答えが出るまで、写真は胸のポケットに仕舞っておくことにした。

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