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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第四章:一世一代の商談
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不安の鼓動

「疲れた……そりゃあもう疲れた……」


 時刻は午後十時を折り返した頃。文化開発庁の本部である北の尖塔の一室にいる。


 片付けをした新しい私の部屋はベッドとテーブルしかない。ベッドはふかふかで、高級感がある。あ~、すごい。もう寝れそう。


 イアンさんが教えてくれたのだが、北の尖塔の部屋はほとんど空き室だった。掃除が必要ではあるものの、好きに使っていいという。稽古場として使えるほど広い部屋もあるし、いい物件を借りたと思っておこう。


 それにしても、ここに帰ってくるまで、本当に色々あった。もうくたくただ。


 ギルさんのスカウトに失敗してから、一度ケネット商店に帰りはした。したが、バーバラさんの説得にかなりの労力を要した。


 元々、ケネット商店の手伝いと引き換えに部屋を貸してもらっていた。自分で言うのもなんだが、仕事をそこそこ覚えてきた矢先にこれだ。アレンくんが助け舟を出してくれなければどうなっていたことか。


「……でも、アレンくん、なんか変わった……?」


 私の中のアレンくんなら、まあまあとバーバラさんを宥めていた。しかし今日は違った。宥めつつ、私にはやりたいことがあると説明してくれた。それを聞いて、バーバラさんは渋々頷いてくれたのだ。


 アーサーの手紙、読んでくれたのかな。だったらいいな。きっと正直な想いを綴ったものなんだろう。だからアレンくんの様子が違ったのかもしれない。


 ……いいなぁ、男の子。ぶつかって、ちゃんと仲良くできるもんね。若いからかな?


「っていうか、アレンくんとギルさんに“スキャン”するの忘れてた……」


 なんたる失態。次にいつ会えるかはわからないし、なんなら避けられそう。困ったことになった。


「“スキャン”、常に起動してたら頭おかしくなりそう」


 目に見えるあらゆるものの情報が数値化されるのだ、要所で使うようにしないと情報量の多さで倒れそう。


 深いため息。幸せ逃げちゃうね。


「ため息なんて吐いて、どうしたんだい?」


「人生ままならなくて……ちょっと待ってどちら様!?」


 私の部屋に音もなく忍び込んだ輩はどこのどいつだ!?


 跳ね起きて枕を振りかぶるが、あら麗しい。そこにいたのは生きてる次元が曖昧な美形のエルフさん。彼は口に手を当てて控えめに笑った。


「おるふぇさん……?」


「そう、オルフェさんだよ」


 やっぱりオルフェさん。神出鬼没にも程がありませんこと? こんな時間に女の子の部屋に忍び込まない方がいいです、変質者だと思われますよ。


 意味深な笑みを湛えてますけどもね、今回ばかりは顔面凶器もなまくらです。警戒心と不信感で顔の良さがまったく伝わってこない。


「ど、どうして私の部屋に……?」


「きみに用があったから。ノックはしたんだけれど、反応がなくて。だからといって断りなく部屋に入るのは良くないね。不躾なことをしてしまって本当にすまない」


 こ、この男、頭を下げている。扉の前に立ったまま近づいても来ない。どうなんだこれ? 生前、男性との交友関係が皆無だったから信用していいのかわからない。


 ……いや、待て。落ち着いて考えろ牧野理央。こんな顔面パルテノン神殿が私風情に言い寄るか? 引く手数多もいいところだ、もっと選り取り見取りの人生のはず。わざわざ私を襲う理由がこの人にはないのでは?


「そのまま動かないで、私の質問にだけ答えてください」


 自分で言っておいて笑いそうになる。サスペンスドラマにありそうな台詞。オルフェさんは腰を折ったまま「仰せのままに」と返してくれた。


「私に用件とは?」


「ギルとまた話したいんだ。確かめたいことがあって。彼の居場所に心当たりはないかな?」


「……申し訳ございません、私はギルさんの連絡先も存じ上げないので、お答え出来かねます」


「そっか。それは残念」


 姿勢はくの字のまま。特になにか企んでいるわけでもなさそうだし、大丈夫かな……これが全部演技で、私を騙すための作戦とも思えないしね。


「顔を上げてください。……んん?」


「どうかした?」


 オルフェさんは不思議そうに見つめてくる。そうだ、さっき呟いた“スキャン”が起動したままだ。オルフェさんも各項目が軒並み高い。ボーカルA、ダンスA、パフォーマンスA、ビジュアルS、カリスマB……。


 ビジュアルはまあ妥当。しかしカリスマが低いのは気になる。イアンさんといい、どうして然程高くないんだろう? 宰相、顔面兵器、この二人に共通してるところってなに?


 思案に耽っていると、不意に楽器の音が聞こえた。オルフェさんがリラを弾いたようだ。


「疲れているんだろう? 子守唄を歌ってあげようか」


「あはは、そんな年頃じゃないです」


「まだ十代だろう? 僕からしてみれば赤子と大差ないさ」


 やっぱりエルフだから? 見た目は若々しいけど、ずっと年上なのかもしれない。


「ごめんなさい、今日は一人になりたくて」


「そういうことなら。またきみの前で演奏できる日を楽しみにしているよ」


 楽器をしまうオルフェさん。その背中に、ギルさんが重なった。どこかへ消えてしまいそうな、不安定さを感じた。


「あの!」


 つい、声をかけた。オルフェさんは振り返る。その行為に、すごく安心したことに気付いた。


「なに?」


「あの……私、音楽グループを作るんです。それで、よかったら……そのグループにーー」


「ごめんね、根は下ろさない主義なんだ。心苦しいけれど、お断りさせてもらう」


 また駄目だった。いったいなにがいけないんだろう。言葉に詰まる私に、オルフェさんは柔らかな笑みを向けた。


 違う、私が欲しいのはそれじゃない。あなたが欲しいんだ。けれど、その想いは伝わらない。


 黙りこくる私。話は終わり、とでも言いたげに部屋を出ていくオルフェさん。入れ替わるようにイアンさんが血相を変えて姿を見せる。遅いです。


「無事か!? でけぇ声が聞こえたと思ったが、あいつ誰だ……?」


「……吟遊詩人さんです。スカウトしたけど、駄目でした……」


「そ、そうか……まあ、根気強くやろうや。まだ始まったばっかなんだからよ。今日はもう休め、いいな」


 イアンさんは乱暴に私の頭を撫でる。悪い気はしないものの、心は晴れない。


 ……私、スカウト向いてないのかもしれない……。


 どうすればいい。この先に不安を感じつつ、ベッドに潜る。久しく感じた不安の鼓動は、眠らせまいと騒音を掻き鳴らしていた。


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