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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第四章:一世一代の商談
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★欠けた剣

 イアン様が宰相の任を解かれたという話で持ちきりだ。王宮内は騒然としている。ここまで動揺が走っているのは、アンジェ騎士団の実質的な指揮権を持っていたのは彼だからだ。


 さて、どうしたものか。隊長の誰かが指揮を執るのが筋だとは思うが、誰も名乗りを上げない。(ほま)れ高きレッドフォード帝国の騎士ともあろう者が情けない。


 陛下から話を伺い、その帰り。私の視界を一人の少年が横切った。褐色の肌、不詳な白髪。エリオット様だ。彼は私に気づき、礼をした。私も同様の所作で返す。


「こんばんは、ネイトさん」


「こんばんは。お体の具合はいかがですか?」


「えへへ、もうばっちりです。お医者さんを手配していただいて、本当にありがとうございました」


「いえ、民間人の保護は我々の務めですので」


 至極真っ当な理論を述べたまでなのだが、エリオット様は何度も礼をする。いったいなにがそこまで彼に感謝を強いているのだろう。


「エリオット様。感謝は十分伝わりました。私は当然のことをしたまでですので、礼は結構ですよ」


「でも、ありがとうの気持ちの伝え方、他に知らないんです」


「ご安心ください、十分伝わっていますよ」


 私の言葉を信じていないのか、エリオット様は怪訝な眼差しを向けてくる。ふむ、どうすれば感謝を止めてくれるのだろう。私は務めを果たしたまでなのだが。


 ここでリオ様から賜った言葉を思い出す。民を安心させるのは騎士の務め、その手段は、笑顔だ。


 表情を緩め、口の端を微かに吊り上げる。笑顔の鍛錬はしていなかったので、ぎこちなさはあるだろう。しかしこれでエリオット様も安心するはずだ。


「……? 如何されましたか?」


 妙だ。エリオット様の顔には未だ疑念が浮かんだまま。なぜだ? これで民は安心するはずでは? リオ様に謀られたのだろうか。


「ネイトさん、嘘っぽいです」


「嘘とは? 私は務めを果たしたまでで、感謝は十分に伝わっています。私の言葉に偽りはありませんが」


「笑顔が、です」


 笑顔が嘘っぽい。確かにいまの笑顔は意図して作ったものだ。言うなれば張りぼて。嘘という表現も間違いではない。


 しかし、笑顔に真偽を求める理由とは? 笑顔は民を安心させるための道具だと思っていたが、真偽によって効果が違うのだろうか。だとしたら偽りの笑顔は民を安心させるには至らない?


 二の句を継げられずにいる私に、エリオット様は畳み掛ける。


「ネイトさんは子供の頃に笑ったの、覚えてますか?」


「子供の頃から騎士としての教育を受けていましたが、笑顔の鍛錬は怠っていました」


「違うんです。笑顔って、練習するものじゃないんです」


 笑顔に鍛錬は必要ない。エリオット様の言葉は私の知識や人生にないものだった。人々は意図せず真の笑顔を浮かべられることができるのだろうか。


「では、どのように真の笑顔を?」


「嬉しいなぁとか、楽しいなぁとか、そういう気持ちになったとき、自然と笑顔になるんです。ネイトさんにもそういう経験、ありませんか?」


「思い当たる節がありません」


 イザード家は代々、レッドフォード帝国に仕える騎士を輩出してきた家系だ。騎士とは即ち剣。国に、民に仇為す者を討つ道具。必要な経験は、実戦だけだった。


 嬉しいことも、楽しいことも、必要がなかったから経験しなかった。それだけのこと。


 しかしエリオット様は私の言葉に納得していない様子だった。言葉を飲み込むような素振りを見せて、絞り出すように声を上げた。


「……ネイトさんは、かっこいいです」


「勿体ないお言葉です」


「でも、冷たいんです。刃物みたいな……金属みたいな冷たさがあるんです」


「私はこの国の剣。なにか不都合でも?」


 エリオット様は言葉を奪われているようだった。私の言葉に反論ができないのだろう、当然だ。正論を返しているのだから。


 これ以上話すこともないだろう。私はエリオット様に一礼して歩き出す。


 私は剣。鍛え、洗練されたこの身になんら不満はない。


 しかし民を安心させるには、それだけでは足りない。エリオット様の言葉が如実に物語っていた。


 (みな)にあって、私に欠けているもの。


 それがなんなのか、私は知るべきなのだろうか。


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