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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第四章:一世一代の商談
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あなたが欲しい

「――ギル・ミラーのショーはこれにてお終い。最高の夢をお見せできたのなら身に余る光栄です。またの機会をお楽しみに、ってな」


 夢の時間が終わりを告げると同時に“ギルさん”が戻ってくる。拍手喝采を浴びる彼は慎ましい。悦に入るわけでもなく、ただ純粋に喜びを受け取っているように見えた。


 イアンさんをちらりと見れば、感心したように口を開けていた。わかりますよ、現実に戻ってくるのに時間かかりますよね。肘で小突いてようやく終わりを実感したのか、拍手を届けていた。


 子供たちが夕飯のために一階へ降りたところを見計らって、ギルさんを労う。宰相閣下みたいな大物がいるのに、前回以上に引き込まれるパフォーマンスだった。努力もできる、熱量の高い人だ。スカウトに応じてくれれば、きっと最高のエンターテイナーになってくれるはず。


「お疲れ様です、ギルさん」


「サンキュ。しっかし宰相閣下がお見えになられていたとは露知らず……だいぶ緊張しちまったよ」


 恥ずかしそうに笑うギルさん。いったいどの口が言っているのか、鏡を見せてあげても納得してはくれなさそう。


 そう思ったのはイアンさんも同じだっただろう、にやりと笑みを浮かべた。なんて邪悪な笑みなんだ、顔がいいだけに勿体ない。


「緊張してたようには見えなかったがな、なかなか肝の据わった奴だってことの証明になったんじゃねぇか?」


「はっはっは……恐れ多いですけど、ありがたく頂戴します。楽しんでいただけたのなら幸いです。つーかリオちゃん、いろいろ聞きたいことあんだけど」


 ですよね。旅人の私が宰相閣下と並んで立っているこの状況、控えめに言ってクレイジーだと思います。ひとまず、酒場での一件から語り始めた方が良さそうだ。


 クーデター鎮圧のため、私とエリオットくんが囮になったこと。そこにたまたまギルさんとオルフェさんが居合わせたこと。陛下からパーティに招待されたこと。レッドフォード帝国の印象を変えるためのプランを提案したこと。イアンさんが宰相の役職を解かれ、そのプロジェクトの責任者になったこと。ついでに私も補佐に任命されたこと……ギルさんの顔がどんどん引きつっていく。そりゃそうなりますよね。


「波乱万丈な人生送ってんな……」


「いえ……私はもうレッドフォード帝国に骨を埋める覚悟を決めたので……」


「若い身空で腹括り過ぎだろ……んじゃ、ここに来た理由は?」


「ハッ! そう! ここに来た理由はですね! ギルさん! あなたです!」


「ん? ショーを見に来たってことだよな?」


「それもあります! ですが一番の目的はあなたです! 私は! あなたが欲しい!」


「はあ?」


「へ? アッ……」


 間の抜けた声のギルさん。ぽかんと呆けた顔を見て、気づいた。俺様系ドS男子の告白みたいなことしてしまった。


 イアンさんを見やれば、なんだその顔は。私をそんな目で見るんじゃない。恥ずかしいことを言った自覚はちゃんとしましたよ。だからそんな顔しないで、あなたの冷たい目の奥に煉獄が見えるよ。その眼差しは最早火刑。死にたい。浄化されたら心根の綺麗な女の子として生まれ変わりたい。


 膝から崩れ落ちる私。話が進まないと判断しただろう、イアンさんが本題を提示する。


「まあ、要するにだ。ギル・ミラー。お前、アイドルになる気はねぇか? リオの推薦なんだが……」


「……なんだって俺なんかを……?」


「『俺なんか』なんて言わないでください! 前にも言いました! ギルさんは人を楽しませる才能がある! あなたは観客を楽しませることに情熱的だ! 絶対に適正がある! 私は信じている!」


 聞き捨てならない台詞に声が大きくなる。人を楽しませたい、その気持ちは本物だ。卑下するようなものでは絶対にない。


 アイドルの魅力について熱く語ってやりたい気持ちではあるが、いまはそういう場面じゃない。ビジネスシーンで私的な感情を出してもろくなことがないと、社畜時代から知っている。


 ……知っているのに、どうして陛下に私欲丸出しで商談を持ちかけてしまったのか……愚か者め……。


 ギルさんは困ったように笑うばかり。その顔はどこか(いぶか)しげで、言葉の裏になにかが隠されているようにも見えた。それがなにかはわからないけれど。


「ははっ、どーも。けど、俺はリオちゃんのお眼鏡に敵うような奴じゃねーよ」


「……だってよ。リオ、どーすんだ?」


「どうするって……私は……」


 諦めたくない。けれど、ギルさんは押した程度じゃ倒れてくれない。たぶん、私のやり方が問題だ。あんな抽象的な口説き文句じゃなびくはずがない。


 ーーでも、それだけじゃない気がする。


 ギルさんは貰った言葉に真摯的だ。けれど、彼は選んでいる。上手く言い表せないけれど、素直に受け取るか否かの判断をしている……気がする。


 私の言葉は受け取ってくれなかった。どうしてだろう。なにが原因だ? さっぱりわからない。


 ギルさんは喉の奥で小さく笑い、ひらりと手を振った。まともに取り合う気はない、そう告げられた気がした。


「ま、悪ィけど諦めてくれ。俺より才能ある奴なんてその辺にいるからさ。そんじゃな」


 蜃気楼のように定まらず、掴めない。ギルさんの持つ魅力が、この瞬間だけは忌々しく思える。


 去ろうとするギルさんの背中に向けて、声を絞り出す。


「……少しでいいです。検討、してください……」


 私の言葉にも、気持ちにも、ギルさんは返事をしなかった。


「おい、ギル」


 しかし、イアンさんの言葉に足を止めた。振り向くギルさんの表情には、微かに敵意が窺えた。


「……まだなにかご用で?」


「どうして信じない」


 鋭い眼差しで問い詰めるイアンさん。その言葉の意図は読めない。ギルさんはなにを信じていないんだろう。これまでのやり取りで考えると私の言葉しかないが……。


 ギルさんは笑う。そこにはあの夜に見た、知らないギルさんがいた。


「どうしてもなにも、信じるに値しないからですよ。俺に才能なんてない。それだけの話です」


「……お前、俺たちの言葉をなんだと思ってやがる」


「供物です。これ以上話すことはありません。それでは」


「ああ……?」


 ギルさんは言葉通りそれ以上なにも言わず、背を向けて去っていく。微かに見えたその顔には、深い影が差しているような気がした。


「供物だと……? わけわかんねぇことほざきやがってクソガキ……」


 怒りに声を震わせるイアンさん。私はただ、彼の言葉の意味を必死に考えていた。


 供物って、どういう意味だろう。誰に、なにを供えるんだろう。ギルさんにかけた言葉なのに。謎は深まるばかりで、一向に解けやしない。


 ーーギルさんが、どこかへ行ってしまいそうな気がした。暗くて、遠いどこかへ。


 胸を掻き(むし)るような、得体の知れない予感。自然と、手が震えていた。

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