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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第四章:一世一代の商談
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ビッグゲスト

「ひ、ひとまずおかえり……大変だったね……」


「ありがと……」


「閣下もどうぞ、お疲れ様です……」


「悪いな……もう宰相じゃねぇけど……」


 リビングで放心状態の私にアレンくんがお茶を淹れてくれる。ついでにイアンさんの分も。優しい子だなぁ。


 結局、ケネット商店に帰り着いたのは十八時を過ぎた頃。お店もそろそろ閉めようか、という頃合いだったらしい。


 バーバラさんは売り場をアレンくんと旦那様に任せ、私とイアンさんに愛の鞭を振るってくれた。彼女の怒り方はそりゃあもう、台風なんて目じゃないくらい。ケネット商店が吹き飛ばなかったのが奇跡に思える。


 そんな彼女は、いま売り場で棚卸に精を出していた。自分の気持ちを落ち着けるためでもあるらしい。旦那様も手伝っているが、きっとバーバラさんのケアも兼ねているのだろう。夫婦はいいものだ。


 呆けたままの私たち、その妙な空気に耐え兼ねたのか、アレンくんが「それで」と口を開く。


「なにがあったの? 母さんがあんなに怒ったの初めて見たよ……」


「えーっと……なにから話せばいいのやら……?」


 とりあえず、順を追って話してみる。パーティ会場で陛下と話したこと、相談されたこと、提案したこと、文化開発庁の役員に任命されたこと。その場で気絶して、一晩明かしたこと。


 アレンくんはうんうんと聞いていたが、次第に表情が苦く重たいものになっていく。わかる、わかるよ。私もそんな気持ち。


「……なんていうか、お疲れ様……? それで、アイドルってなに?」


「歌って踊るパフォーマンスグループのこと……私の故郷で人気で……って! そう! アレンくん!」


「は、はい?」


 突然大きな声を上げた私に肩を跳ねさせるアレンくん。ごめんね、好きなことの話になると声が大きくなるの、オタクの(さが)なんです。


「きみをアイドルにしたい! 真ん中で歌ってほしい! です!」


「え……あ、え? オレ? オレが真ん中でいいの?」


「いいに決まってる! きみの歌を全世界に届けたい! きみがいなきゃ始まらないんだから! 自信持ってください!」


「あ、えっと……ありがとう……」


 困ったような、驚いたような、喜びよりも前に出てきた感情を垣間見て気づく。勢いが良すぎた。これ、引いてるよね? ごめんね、気持ち悪かったと思う。


 一応、勧誘には成功した。ひとまずは安心……できると思ったが、イアンさんが「しかし……」と呟いた。


「両親の許可がいるだろ、こいつの場合」


「アッ……」


「まあ、そうですね……」


 苦笑いのアレンくん。そうだ、最大の関門はそこだ。旦那様はともかく、バーバラさんが許してくれるかどうかが怪しい。


 他人の私のことをあれだけ心配するのだ。可愛い我が子を、よくわからないプロジェクトに加担させるとなったら、それこそケネット商店が爆発するほど怒る可能性がある。


 となると、アレンくんを正式に加入させるのは最後の方がいいか……? いざというときのことも考えた方がいい。ひとまずは提案してみよう。


「……この話は、保留でもいいかな……?」


「うん、大丈夫だよ。いま、母さんかなり余裕ないから落ち着いてからでも。他のメンバー候補はいるの?」


「ありがとうね……他の候補は、ギルさんかなって。彼、人を楽しませるの得意だし、いてくれたら嬉しいなって」


「あ、わかる。いたら面白そう」


 アレンくんは少しおかしそうに笑う。やっぱりそういう認識だよね、ギルさんって。


 いまどこにいるかはわからないが、話をしたとして、その場でオーケーを貰えなくてもいい。検討してもらえれば充分だ。強気で押せば揺らぐはず。


 気がかりなのは“スイート・トリック”の話をしたときの表情。どことなく触れられたくないような気持ちが見えた気がしたから。


 そんな折、アレンくんが思い出したように声を上げた。


「それなら孤児院に行ってみたら? 昨日店に来たんだ。手品ショーしに行くって言ってたよ」


「本当? わかった、ちょっと行ってみるね。ありがとう、アレンくん。イアンさん、行きますよ」


「あ? おい、待てコラ!」


「行ってらっしゃい、気を付けてね」


 私たちに手を振って見送るアレンくん。一瞬だけ、その顔に影が差していたように見えた。気のせいだといいけれど。


 =====


 ケネット商店を発った私たちは、シヴィリア孤児院に向かっていた。エリオットくんのために通っていたから道は覚えている。


 が、イアンさんは私より前を歩く。この人、孤児院までの道のりを知っているのだろうか? 宰相が寄り付くような場所でもないと思うけど……迷った挙句、ギルさんが帰ってしまっていたら困る。速足で歩く彼の背中に声をかけた。


「イアンさん、孤児院までは私がご案内します」


「大丈夫だ、場所はわかる」


「……意外でした。孤児院とか、興味がないと思っていました」


「馬鹿にすんなよ。これでも宰相だったんだ、国全体とは言わねぇが、ミカエリアの事情くらいしっかり把握してるわ」


 振る舞いからは感じられないが、やっぱり一国の宰相だったんだなぁと感じた。レッドフォード帝国の代表として、やるべきことはやっていたのだろう。粗野な印象があるけど、根っこは真面目な人なんだろうな。


 だからこそ、経歴が気になる。宰相になる前、いったいどこでなにをしていたのだろう? ただの一般市民が負えるような重責ではないはずだ。どこかで然るべき教育を受けていた、と考えるのが妥当か。


 それからは特に会話もなく孤児院に到着した。中庭の子供たちの姿はない、夕飯の時間なのかな? 何気なく中を覗いてみるが、リビングに人の気配はない。となれば、ショーはもう始まっているかもしれない。


 しかしイアンさんは神妙な面持ちで顎に手を当てている。


「ここまで人の気配がないってのも妙だな……なにか事件でもあったのか?」


「いえ、たぶん上です。えーっと、呼び鈴はあるかな……?」


 ドア付近を探してみると、インターホンのようなものは見つかった。ショーの最中ならば押さない方がいいのかもしれないけど……と思っていたら、職員のお姉さんが上から降りてきた。私の顔を見るなり、柔らかく微笑む。


「いらっしゃい、ギルくんが待ってるわよ」


「え? なんでここに来てるの知ってるんですか?」


「まだ始まる前だったの。窓の外から見えたんですって。いらっしゃい、子供たちも待ちかねてるから。宰相閣下もどうぞ、楽しんでいってくださいね」


「あ……? お、おう……」


 なんにせよ好都合だ。ギルさんのショーが終わったら打診できる。イアンさんだけがこの状況についてこれていないが、百聞は一見に如かず。彼のパフォーマンスを見ればわかるはずだ。彼の技術が、才能が、人を楽しませることに特化していることは。


 ――ギルさん、受けてくれるといいな。


 会場に向かうと、子供たちとギルさんが私たちを迎えてくれた。空気はいつも通り、賑やかなもの。ギルさんだけが、どこか異質だった。ショーの前だから気を張っているのか、エンターテイナーに“なろう”としているのか。その二面性もまた、彼の魅力である。


 彼は私たちを見て、少しぎょっとした顔を見せた。そりゃあそうだよね、隣にいるの、宰相だもんね。元だけど。


「はっはっは……こりゃあとんだビッグゲストがお越しになられたことで……」


「あはは、すみません……でも、いつも通りでお願いします。また幸せな夢を見させて」


「難しい注文だねぇ……ま、やるだけやりますよ。宰相閣下が現実を忘れられるほど、幸せな時間を提供させていただきます」


「おう……ま、固くならずに気楽にやってくれ」


「ははっ……お手柔らかに」


 困ったように笑うギルさん。しかし、深い吐息を一つすれば、彼はエンターテイナーになる。表情は余裕綽々、大胆不敵。口の端を微かに吊り上げ、仰々しく一礼した。


「――さあ、本日もお楽しみください。不肖ギル・ミラー、皆様を幸せな夢へ招待させていただきます」

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