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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第四章:一世一代の商談
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 意識が徐々に覚醒してくる。ああそっか、気を失っていたんだっけ? どうして? 記憶が曖昧でよく覚えていなかったけど、倒れたのは覚えている。っていうか、背中が柔らかさに包まれている。ベッドに転がされているようだ。


 最初に目に飛び込んできた色は、真っ白な天井だった。ケネット商店の色じゃない。じゃあここはどこ? 体を起こすと、視界の端から男性の声がした。


「目が覚めたか」


「閣下……? あれ? あれ? ここどこですか?」


 ベッドの傍にはイアンさんが座っていた。目覚めと同時に男性の声が聞こえてくるなんて過ちの予感がする。


 でも待って、時間はどれくらい経っている? 確か二十二時にパーティが始まって……陛下と話して……それから商談を持ち掛けて……。


 記憶の糸を手繰っていると、イアンさんがため息混じりに状況を説明してくれた。


「ここは王宮の一室、北の尖塔だ。文化開発庁の事務所はここだってよ。俺が宰相を解任されて、文化開発庁長官に任命された。リオが俺の補佐。勅命だから逆らえないってことで、お前が気絶した。あれから一晩経って、いまは午前十時過ぎだ」


「あー……え?」


 ぶんかかいはつちょー。そうだ、思い出した。ミカエリアに新しい風を吹かせるためにと任命されたんだ。いやちょっと待って、イアンさんは私のエゴに付き合わされただけじゃない! それで宰相の任を解かれたなんて理不尽にも程がある!


 ベッドから滑り落ちながら、両手を着いて額を床にこすりつける。誠意の伝わる土下座は二年目には完全に習得していた。許してもらうつもりはないが、申し訳なさだけ伝わればそれでいい。


「この度は私のせいで大変なことになってしまい申し訳ございませんでした!」


「寝起きでよくそんな鋭い動きができるよな……」


 お褒めに与り光栄です、でも感じてほしいのはそこじゃない。誠意。なおも床とキスをする私に、イアンさんは煙草をふかし始めた。呆れられたか、どうなのか。


「別に謝ることじゃねぇよ。俺が望んでやったことだ」


「ですが……」


「ごちゃごちゃうるせぇ。体が動くなら手伝え。仕事のために模様替えしなきゃならねぇんだから」


 冷静になって部屋を見回すと、確かに荒れてはいる。デスクや棚も多いが、どれも埃を被っていて、このままでは到底使えそうにない。


 イアンさんは黙々とデスクを移動させたり拭いたり、忙しなく動いている。意外と家庭的だなこの人。


 ひとまずは私も手伝う。片付けなんて何年振りか……部屋の隅にゴミ袋が溜まっていたことを思い出す。願わくば、両親に見られていませんように。


 =====


 部屋も少しは見栄えするようになった頃には、陽が傾いていると思しき時間だった。こんなに真面目に掃除したのは本当に久し振りで、少しだけ気持ちが晴れ晴れとしている。疲れてもいるけど。


「まあこれで人を招ける最低限ってとこか」


「はい……くったくたです……」


 雑巾掛けなんて学生の頃以来だったし、掃き掃除だってそう。箒と塵取りなんて握っただけで涙ぐむほど遠い過去を思い起こさせた。


 イアンさんは肩と首を回して長いため息を吐いた。バキバキとごつい音を立てている辺り、結構デスクワークが多い人なのかな? その割にはこの間の夜、かなり喧嘩慣れした動きだったけれど。


「俺はちょっと飲みもんでも買ってくる。飲みたいもんあるか?」


「そ、そんな! 閣下にパシリなんてさせられません! 私が行きます!」


「いいよ、やりたくてやってんだ。あと、閣下はやめろ」


 そうは申されましても平社員が畏るのは当然ではないでしょうか。しかし、閣下と呼ぶなと言われたってなんと呼べばいいのかわからない。


 あわあわと口を動かしていると、イアンさんは呆れたように眉を下げる。


「イアンでいい。とりあえず適当に買ってくるから休んどけ」


「は、はい……お願いします」


 なにも言い返せず、イアンさんをパシらせることになってしまう。私こそ罪な女なのではなかろうか……なぜかものすごく落ち込む。


 イアンさんがドアノブに手を伸ばした、そのとき。扉が勢いよく反旗を翻した。


「どあっ!?」


「リオさん! ……え? 閣下さん!? ごごごごめんなさい! ごめんなさい!」


 突然の来訪者によりイアンさんがドアに体当たりを見舞われた。来訪者は抱えていた飲み物をその場に落とし、慌てて彼に駆け寄る。


 情報量が多すぎて理解が追いつかず、ひとまずは来訪者の名前を声に出す。


「エリオットくん……?」


「閣下さん! ご無事ですか! ごめんなさい! 痛かったですか!?」


「ああまあ痛ェは痛ェよ……それより、ドアは開ける前にノックしろ……最低限のマナーだ、いいな……」


 横たわるイアンさんの言葉に首がもげそうなほど頷くエリオットくん。私だけがこの状況に取り残されている気がする。


「……えっと、エリオットくんは、どうしてここに……?」


 なにはともあれ説明が欲しい。というか無事でよかった、あれだけドアを強く開けられるなら体に支障はないみたいだし。


 エリオットくんはイアンさんの頭を撫でながら私に目を向ける。この子、意外と肝が据わってるな。


「陛下に聞いたらここにいるって……部屋の片付けしてるって聞いたから、飲み物持ってこようと思ったんです……」


「ああ、ありがとう……でも、ちょっと勢いが良すぎたね……?」


 しょぼくれるエリオットくん。次から気をつければいいんだよ。それよりイアンさんの頭撫でるのやめてあげて。なんか恥ずかしそう。


「ひ、ひとまず、みんなで一休みしよっか……かっ、イアンさんもそれでいいですね?」


「おう……つーかエリオット、そろそろ頭撫でんの止めろ……お前は俺のなんなんだ……」


「え……? あああああごめんなさい! ごめんなさいいい……!」


 なんかもうはちゃめちゃだな、この空間。私が巻き込んだはずなのに蚊帳の外だ。


 とりあえずはエリオットくんのご好意に甘えさせてもらって、しばしの休憩に入るとする。これからどうしよう、本当に……。


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