★空っぽを望む
エルフの兄ちゃんに飲みに誘われて、なんてことのない雑談をしていたはず。けど、リオちゃんと隠れた美少年が店に来た途端、店の空気が変わった。気が付くとリオちゃんは男に腕を掴まれていて、咄嗟に体が動いていた。
そこからは急展開。六人の騎士が突然入ってきて、店内でドンパチ始めた。なにがなんだかわからず、エルフの兄ちゃんと一緒にリオちゃんと美少年を遠ざけるように見守ることに徹していた。事態はあっという間に収束して、応援に駆け付けた騎士が店中の野郎共を一斉に連行していった。
蹴られた美少年も一緒に連れていかれたが、リオちゃんは残ったまま。この子も乱暴されたってのに、顔色一つ変えやしない。どうしてか、見覚えのある顔をしていた。
「リオちゃん、大丈夫だったか? ごめんな、気づくの遅れちまって」
「私は大丈夫です、ギルさんが無事でよかった」
手首を押さえながら笑うリオちゃん。面白いから笑ったわけじゃない、言葉通りだ。俺が無事で安心したんだ。あんな目に遭ったのにこっちの心配するかね、普通。何故か、心臓が重たくなる。
「俺は別に……喧嘩になっても、テキトーに躱して逃げるからよかったんだけど……」
「だとしてもです。怪我がなくて、本当によかった」
この子はなんだってこんなに心配してくるんだ? 女の子ってそういうもんなのか? 俺のこと心配したって、なんのメリットもねーってのに。奇特な子もいたもんだな。
――なんか、昔のこと、思い出した。
心臓の違和感、原因はそれだった。心配されたからだ。誰かに身を案じてもらうことなんて、あの日以来なくなった。もう三年も経つのに、時間が止まってるんだ。俺がエンターテイナーを演じようと誓った日から、ずっと。
「ギルさん、どうしました?」
「え……ああ、大丈夫。まあ、そうだよな。怪我したら孤児院の子たちに手品見せるの遅れちまうし」
「そういう意味じゃないです」
わかってるよ。あんたがちゃんと心配してくれてることくらい。でも、認めたくないんだよ。心配されてる自分が嫌いなんだよ。そんな資格、ありゃしないのに。なんにも返せやしないのに。
まずい顔をしていただろうか、リオちゃんの表情に不安が映る。あーあ、他人にこんな顔させてちゃエンターテイナー失格だ。ますます自分が嫌になる。
そのとき、エルフの兄ちゃんが俺の肩を叩いた。振り向けば、優しい顔をしている。嫌な感じだ、腹の内を見透かしたような、そんな顔だった。
「優しさは有限の財産だよ。だからいまは受け取っておくといい、次はないかもしれないからね」
「はは……おっかねぇ兄ちゃんだな、あんた」
「ふふ、初めて言われたよ。きみは面白い人だ」
「どーも、よく言われる」
食えないエルフだな、と思った。こういう奴との接触は極力避けるべきだ。俺が目を背けていた俺自身を、無神経に突いてくる気がするから。それだけは絶対に避けたい。その思いすら見透かされたか、エルフの兄ちゃんはなにも言ってこなかった。
「……ま、ありがとな。素直に受け取っとくよ」
「はい、そうしてください。……それより、お二人はどうしてここに……?」
「どうしてってなあ……成り行き?」
エルフの兄ちゃんに目配せすると、可笑しそうに笑う。他にどう表現すりゃいいのかわからなかった。この様子だと、向こうも同じだろう。
「ふふっ、そう。成り行きだね。まあ、人の世だ。そういうこともあるさ」
「な、なるほど……?」
「言葉で説明できないこともあんのよ、人の世だしな」
茶化してみるが、どこか釈然としてないリオちゃん。まあ、それでいい。これくらいで丁度いいんだ。俺のことなんて。笑い話にできそうならしちまえばいい。俺みたいな奴に、真正面から向き合う必要なんざねーんだ。
――なんにも持ってない、空っぽの人間なんだからさ。