頑張りたい気持ち
お城に到着した私たちは、騎士団本部の会議室に通された。部屋の奥にはホワイトボード、中央にはドーナツ状のテーブル。私たちが座る場所はイアンさんたちのすぐ近く。
これが円卓会議というものか、ファンタジーが好きな人なら喜びそうなシチュエーションだと思う。
しばらく待っていると、騎士様が続々と部屋を訪れる。彼らは私とアーサーを見て困惑したようだった。当然だ。部外者だし、一人は貴族、一人は小娘。そりゃあこの場に似つかわしくないですもの。
「おう、急な招集で悪かったな。それでも面子が集まるんだから、アンジェ騎士団は誇り高い奴らだよ」
主要な人物が集まったのだろう、イアンさんは口火を切った。彼の隣にはネイトさんが立っている。やはり感情の窺えない、鉄の顔のままだ。
「さて、今回も反乱分子の鎮圧についての会議になる。お前らには言っていなかったが、本日二十三時にネイトを単身で向かわせる――予定だった」
「宰相閣下、一つよろしいでしょうか」
声を上げたのは集まった人々の中でも高齢の男性。騎士団内でも権威のある人物だろう。
イアンさんが彼に発言の許可出すと、私たちを一瞥した。あ、そうですよね。私たちのことですよね、場違いですもの。当然ですよね。
「このような極めて秘密裏に行われる会議に、一般市民を立ち会わせるのはいかがなものでしょうか?」
「こいつらは協力者だ。理由は後で説明する」
「奴らが放った密偵の可能性は?」
「ない。それは断言できる」
力強く言い放つイアンさん。それについてはその通りなのですがね、あまり過度な期待はしない方が身のためですよ。なにせ私は軍師じゃない。ただの社畜でしたし、ただのドルオタなんです。重要な会議にお呼ばれすること自体妙な話なのですが、そこのところご理解いただけていますか?
苦言を呈した男性は、さすがに引き下がった。口は悪いが宰相閣下。立場上、逆らえないのは社会人の性か。理不尽な上司を持つと大変ですよね、胸中お察しします。
「んじゃ、本題に入る。まずは――」
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「……以上だ。なにか質問は?」
イアンさんが説明を終え、一人の騎士様が手を挙げた。先程の騎士様とは別の、比較的若い男性だった。
「お言葉ですが、戦いの素人が考えた作戦で動くのは些か抵抗があります。それに、閣下はこちらの女性を信用に足る人物だとお考えのようですが、本当に奴らの放った密偵だとしたら……そう考えると、信用には値しません」
仰る通りです。私も不安ですもの。しかしイアンさんは想定の範囲内だとでも言いたげに笑った。そんなどや顔で素人の作戦を推さないでいただけますか、買い被りにも程がある。
「こいつは反乱分子に突っかかる気骨のある奴だ。エリオットの暴行現場にたまたま居合わせて喧嘩を吹っ掛けた。そこの伯爵子息が証人だ」
「……はい。彼女が現場に向かう途中、偶然出会って同行しました。その際、あの少年が被害に遭っているのを目撃した途端、激高していました。到底演技には見えず、本心からの怒りであったと思います。事実、私が制止しても止まりませんでしたので」
話を振られたアーサーは一瞬驚いたような顔を見せたが、すぐに証言を放つ。貴族だし、人前で話すことも多いだろう。こういうシチュエーションも慣れているのかな、堂々と話す彼は紛れもなく伯爵子息だと感じた。
アーサーの証言があっても納得がいかないのか、騎士様は渋い顔を見せている。あと一押しで落とせそうなのだが――ちょっと待って、落とす必要は一切ない。私の作戦が採用されてはならない。騎士団の被害が拡大してしまうかもしれませんけども……。
イアンさんの力を借りようとすれば、間違いなく作戦が通ってしまう。かといってアーサーを頼るわけにもいかない。ほとんど巻き込まれたようなものなのに、騎士様の命を背負わせるわけにはいかない。どうするべきだ……。
緊迫した空気の中、会議室の扉が控えめにノックされる。イアンさんが入るように声をかけると――姿を現したのは騎士様と、エリオットくんだった。
「エリオットくん……?」
「会議中にごめんなさい。えっと、ぼくから、提案がありまして……」
「お前の言葉が信用できると思うのか?」
イアンさんの声音は鋭い。彼に対して警戒心が強いのは当然だろう、騎士団の情報を盗み取っていると考えていたし、エリオットくんを罰すると決めたのもイアンさんだ。当然ではある。
しかしエリオットくんも様子が違った。イアンさんの刺すような声にも臆さず、真っ直ぐに彼を見つめ返す。なにかをやろうと決心した人の目をしていた。臆病な子だと思っていたけど、頑固な面もあるのかもしれない。
「……ぼくを、一人で行かせてもらえませんか」
「ほう? 理由は?」
「彼らはぼくの帰りを待っています。有益な情報を持ち帰ったかどうか、動くのはいまか。判断材料が欲しいと思うんです。……ですが、ぼくは、なんの情報も持っていません。あの部屋から出してもらえなかったし、情報なんて、集めようがなかった」
「そうだろうな。誰が密偵を自由に動かすかって話だ。それで、お前をみすみす帰してどうなる? なにか騎士団に益が生まれるのか?」
「……だから、提案です。ぼくを、騎士団の密偵に、していただけませんか」
エリオットくんの言葉に、会議室がざわついた。私だって穏やかじゃない。
いったいなにを考えている? もし帰れば、なにも情報を持ち帰れなかったということであのとき以上の暴行を受けるかもしれない。そうなったら、今度こそ重傷を負わされてしまうのでは?
この中でも、然程表情に変化がないのはイアンさんとネイトさん。彼らは目を細め、疑いの眼差しをエリオットくんに向けたままだ。
「そういう作戦か?」
「違います。これは、ぼくの意志です。ぼくが、やりたいと思ったからです。……信用してもらうためにできることは、ないですけど……」
「ならば我々が信用する必要がありません。密偵と疑われた貴殿を、どうして信用しなければならないのでしょう? 端的にご説明いただけますか?」
「……リオさんが、ぼくなんかのために、頑張ってくれたので……だから、ぼくも、なにかしたいんです。ぼくを助けてくれた騎士団の皆さんに、報いたいんです。それしか、できそうなことは、思いつきませんでした」
声は弱々しい。けれど、視線は彼らを真っ直ぐ見つめたまま。確固たる決意を伝える手段が、眼差ししかないのだろう。彼の気持ちは本物だ。
頑張りたい気持ちを無碍にはしたくない――だから、私は手を挙げた。
「私も彼に同行させていただけますか」