★火をつけて
「それでは、私はこれで」
ケネット商店の前まで送ってくれたネイトさん。やっぱり感情が窺えなかったが、リオが一礼すると微かに頷いて踵を返した。機械みたいな人だったなって思う。
ふと、視線を感じて隣を見る。リオがオレを見詰めていた。穏やかに笑うリオ、その顔は優しい。同い年くらいだと思っていたのに、ずっと年上のお姉さんみたいだ。弱音を吐いてしまいそうになる。オレも笑って返すけど、自分でもわかる。無理してる。
見透かされてたみたい、リオがオレの手を取った。優しい子だな、心配してくれてるんだ。
「アレンくん、ちょっとお喋りしよう」
「……夜遅いよ、明日にしよう」
「ううん、いまじゃなきゃ駄目」
「オレもう寝るから……」
「こんな気持ちのままじゃ眠れないでしょ? ほら、座ろう?」
半ば強引に店先のベンチに座らされる。こんなに親身になってくれるのはどうしてだろう。人に寄り添える優しさというか、心の余裕があるんだろうな。オレとそんなに変わらないはずなのに……どうして、こんなに強いんだろう。
リオは気の抜けたオレに微笑みかけて、口火を切った。
「アレンくん、アーサーとなにがあったの?」
「……なにが、って……そんなの、オレにもわからない」
「じゃあ、アレンくんが話せることを話してみて。まとまらなくていいから」
「……うん」
まとまらなくていい。それなら、話せそうな気がした。話したって解決はしないけど、少しは気持ちの整理がつくのかもしれないし。
そうして、語り始める。アーサーとは五歳の頃に出会ったこと、オレの歌を好きだと言ってくれたこと、突然姿を消したこと、それと――オレには夢があったこと。
リオは黙って聞いてくれた。頷いて、相槌を打って、オレにずっと喋らせてくれた。リオも悩んだときとかつらいとき、こうしてもらったのかな。あったかくて、目が潤む。
「……アレンくんは、いまも夢を追ってるの?」
その質問に、すぐには答えられなかった。諦めたはずなのに、いまも未練がましく歌ってる。これはまだ、追いかけてるって言っていいのかな? でも、追いかけられない事情があるんだ。だから諦めた、と、思ってるだけなのかもしれない。
本当は、まだ、捨てきれずにいる。そんな気がした。だから曖昧な笑みを見せることしかできなかった。それでもリオは、オレの目を真っ直ぐ見てくれた。嘘を吐いちゃいけない、そんな気にさせられる。真剣な眼差しだった。
「……父さん、足が悪いんだ」
「旦那様から聞いてるよ。冒険者だったんだよね」
「うん。だからさ、あんまり長くは働けないんだよね。母さんは元気だから心配するなって言ってくれてるけど……オレ、父さんに楽させてあげたいんだ。オレは一人息子だから、夢を追いかけちゃ駄目なんだって思って……それが、三年くらい前の話」
「でも、歌は捨て切れないんだよね?」
「……捨てた、って、思ってたよ」
応援してくれると言っていたアーサーも、いまはいない。父さんも母さんも、オレが夢を追いかけたら苦労してしまう。だから、オレは歌うのを辞めた。夢を見ていい立場じゃなくなった。わかってるのに、夜の船着き場で歌ってる。捨て切れてないんだ。まだ見てるんだ、過去に置いてきたはずの夢を。
「ご両親には話した?」
「……話してない。でも、話さなくたってわかるだろ? オレが店を継がないと、苦労かけちゃう。だから諦めなきゃいけないのに……諦めきれないんだ、みっともないなって思うよ」
自嘲を込めて笑う。自分のやりたいことを優先できるような状況じゃないのに、いまもやりたいことを捨てられない。昔はもっと頑固で、これと決めたらやるような子供だったのに。いつの間に、こんなに芯の通ってない人間になったんだろう。
――どうしてリオは、オレを笑わないんだろう。
リオの目はいまもオレを映したままだ。真っ直ぐで、力強い。逸らしてしまいたくなるほど純粋な眼差しに、つい息を飲む。
「みっともなくなんてない。アレンくんはね、心配になるくらい優しいだけだよ」
「……オレ、優しいのかな?」
「優しいよ。お人好しって言ってもいいくらい。だって、素性の知れない私を助けてくれた。出会って間もない私ですらそう思うんだから、ご両親なら絶対わかってる。だから――よく考えてみて。きみの、本当にしたいことがなんなのか」
オレがなにをしたいのか。歌うこと? それとも、店を継ぐこと? わからなくて目を伏せると、リオは頭を撫でてくれた。大人と話してるみたいだ。同い年くらいなのに、恥ずかしくて、悔しくて、涙がこぼれそうになる。
「……帰ろっか」
「うん……ありがとう、リオ」
「ありがとうが言えるからいい子だよね、アレンくんって」
「なにそれ、子供扱いしないでよ」
つい笑ってしまう。オレってそんなに子供っぽいかな? と問いかけても、リオは曖昧に笑ってごまかす。こういうところも大人っぽい。絶対なにかあるのに、言えない。でも隠すのが下手なところとか。触れてあげないのがオレの優しさなのかもしれない。
やりたいこと。真っ先に浮かぶのは、やっぱり歌。歌いたいなら、父さんと母さんに認めてもらわなきゃ。いまのままじゃ無理だ、踏ん切りがつかないから。歌いたいなら、心の底からそう思わなきゃ。
あの日夢を見た真っ直ぐな心に――もう一度、火をつけて。