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皇帝と騎士

 私はいま、商店街にいる。バーバラさんから夕飯の買い出しを頼まれたのだ。パスタ、ベーコン、にんにく……あと、生クリーム? カルボナーラでも作るのかな、地球とは家庭料理に差はないみたい。


 商品をぱっぱと籠に突っ込み、レジへ向かう。人の良さそうなお兄さんが、私を見るなり笑顔を見せてくれた。


「ああ、リオちゃん。いらっしゃい」


「こんにちは、これお願いします」


 籠を差し出すと、お兄さんは慣れた手付きで勘定を進める。他愛のない世間話をしながらでも手は止まらないものだ。勤めて長いのかな、器用なものだと思う。


 現在、春明の十六日。私が記憶を取り戻してから一週間が経った。地球基準で言えば、だ。この世界では十日間が一週間だという。一つの季節が九十日なので、三六週間で一年、というわけだ。週刊誌が三六冊と考えると、少し少なく感じてしまう。


 あれから少しずつ、一人で動くことが増えてきた。だからだろうか、街の人も顔を覚えてくれているようだ。いろんな場所でいろんな人と出会ってきたが、アイドルの原石と思えるような人にはいまだ巡り合えていない。せいぜいギルさんくらいだ。


 会計を済ませ、ケネット商店に戻る。その途中、白い鎧を着た人たちを多く見かけた。騎士様だろう、ここ最近になって増えてきたように思える。巡回でもしているのだろうか? なにか良くないことでも起こるのかな……?


 買い物袋を下げながらすれ違う騎士様に一礼。彼らは仕事中だ、敬意を払って然るべき。なにかが起こるのであれば、私のような力のない人間は彼らに頼らざるを得ないからだ。


「なあ、聞いてるか? 巡回の理由」


「アベル前陛下の指揮下にあった騎士たちが妙な企てをしていると聞いたが……実際のところ、俺たち末端には詳細な理由は明かされていないな」


「アベル前陛下は好戦的なお方だったからな……カイン陛下は侵略よりも外交に重きを置いているから、血の気の多い奴らは納得いかないんだろう」


 陛下。ミカエリアを――ひいてはこの国を統治する者の名前。そういえば、ミカエリアはこの街の名前だったっけ。それに、カインとアベルという名前も気になる。一人の帰り道であれば遠慮することはないだろう。


「スタートアップ。“カイン アベル”」


 これで情報が引き出せるだろうか。皇帝陛下のことだ、多少は記述が存在すると思う。見つかった情報は、皇族――レッドフォード家の家系図だった。こんなものまで調べられるんだ、本当に、悪いことには使わないようにしよう。


 アベルとカインは兄弟だったようだ。アベルが第一子、正統後継者ということだろう。カインは彼の弟で、いまの皇帝ということか。でも、どうしてカインが皇位を継承できたの? アベルはいまなにをしている? 調べていくにつれて――私は言葉を失った。


「アベルは不審死……?」


 それは去年の秋宵(あきよい)のこと。アベルは寝室で亡くなっていたという。心臓にナイフが突き立っていたそうだ。だが、妙な話だ。皇帝陛下の寝室だ、護衛の一人もつけないなんてことがあるのか? 護衛がついていたとしたら、どうやって掻い潜った?


 謎は解決しないまま、彼の弟にして宰相でもあったカインが即位したようだ。そして、元々カインが務めていた役職は、経歴不明の男性が担うことになったようだ。名前はイアン・メイナード。年齢は二一歳。かなり若い。というか、カインと同い年だ。経歴が不明というのも気になる。いったいどこで知り合ったんだろう?


「……いまの騎士様も新しく組織されてる……」


 これは道すがら聞こえてきた話と同じものだ。アベル前皇帝が指揮を執っていた騎士は他国への侵略に積極的だったという。けれどカインが即位してから、騎士団は一度解体。その後、彼とイアンの選定により、治安の維持に特化した現在の騎士団が生まれたようだ。


 攻撃的な思想の騎士様は軒並み職を失い、路頭に迷っているという。幾らなんでも急すぎる気がする。だってこれ、現代社会で例えたら社長が変わって経営方針に合わない社員をまとめてリストラするのと同じだよね。考えただけで身の毛がよだつ。


「リオー!」


 (おのの)く私の視界に、元気よく走る少年の姿が飛び込んできた。改めて思うけど、本当に子犬みたいだな。可愛い。口元が緩みかけていることに気付き、慌てて表情を殺す。というか、彼はまだ仕事中だったはず。駆け付けたアレンくんに笑顔を向ける。


「アレンくん、お仕事は?」


「上がらせてもらったんだ、それ持つよ」


 私が持つ買い物袋をひょいと自分の手に。天然なのかな、こういうのを自然とできるのは偉いね。いい男になるよ、きみは。


「あはは、ありがとう。迎えに来てくれたんだね」


「リオを手伝ってあげてって駆り出されたんだ、結構たくさん頼まれたでしょ?」


「うん、助かったよ。私も少し持つから、一緒に帰ろっか」


 アレンくんから少し買い物袋を分けてもらい、二人で帰路に着く。こういうの、学生時代に経験したかったなぁ。若い頃の気持ちなんてもう取り戻せないもんね。思春期に後悔はないけど、もし人並みに恋愛とかしてたら、また違う人生だったのかなぁとは思う。


 どっちにしろ、アイドルにハマってたとは思うけど。つい苦笑する。アレンくんが不思議そうに顔を覗き込んできた。本当に可愛い子だな、きみは。


「リオ、どうしたの? 大丈夫?」


「大丈夫だよ。最近、騎士様が多いからちょっと物騒だなって思っただけ」


「ああ、確かに……なにかあったのかな。犯行予告とか?」


「……“ミカエリアの犯行予告”、かぁ」


 不自然ではなかったのか、アレンくんは「わかんないけどね」と笑った。“データベース”がまだ起動中だったこともあり、わざと間を入れたのだ。ミカエリアの犯行予告、が検索ワードとして入力され、情報が引き出される。


 しかし該当する情報は私が記憶を取り戻す以前のものばかり。それも一年や二年じゃない、もっと前のものだ。犯行予告、というワードでは「犯行予告として取り扱われ、記録されたもの」しか該当しないのかもしれない。


 道中も巡回の騎士様を見かける。二人一組で当たっているようで、会話の内容も耳に飛び込んでくる。


「そうだ、先日保護した少年の容体は?」


「城内で養生している。身元不明だが、あんな痛ましい姿を見て見て見ぬ振りはできなかったのだろう」


 退屈なのかどうかはわからないが、不注意過ぎやしないか。会話の内容が騎士団内部の話だったから、聞こえてしまって少し罪悪感。


 話を聞く限り、少年が暴行に遭ったようだ。こんな世界観だし、あり得ることなのかもしれないけど、胸が痛む。騎士様が治安の維持に貢献しているのは当然なのだろうけど、それでも手が届かない場所があるということだろうか。


 ――そういえば、エリオットくんは大丈夫かな。


 結局、あの日から彼の姿を見ていない。孤児院には何度か顔を出したけど、エリオットくんの姿はなかった。きっとお姉さんを探して旅立ったのだと思う。


 でも、もし、保護された少年が彼だったらどうしよう。幽霊のようだったから、他人に干渉されることはないと思うけど……。


「――リオ、大丈夫?」


「え、あ……ごめんね、ちょっと上の空だった」


 不安が顔に出ていただろうか、心配そうな面持ちのアレンくん。体は少女と言えど、心は大人のままなのだ。若い子の前ではクールにいなければ。笑顔で返すが、信用させるには至らなかったようだ。恥ずかしい。


「美味しいもの食べたらすぐ大丈夫になるよ。バーバラさんの手料理にいつも元気貰ってるよ」


「……それなら、いいんだけど」


 全然良くなさそう。でも、私がいいって言ったから、これ以上触れてこなかったんだよね。人のこと考えられるいい子だね、きみは。うちには体育会系の先輩がいてね、断っても断っても飲みに誘う人だったよ。酒の席で語らえば分かり合えるとか言ってさ。そりゃあんたが一人で居酒屋入りたくないからってだけでしょうがって思われてたよ。


 ちゃんと人の気持ちを汲み取れるきみは、きっといい男になるよ。私はいったいどこからの目線でいる気なのか。


 お店に帰るまでの間、奇妙な沈黙が続いたままだった。アレンくんとしては気まずさがあったのだと思う。気遣わせてごめんね。私は大丈夫だからね。本当に、日本の中高生にお手本として紹介したいくらいだ。


 お父さん、お母さん。異世界の思春期は人ができています。


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