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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第七章:輝く“星”になって
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“カガスタ”

 “スイート・トリック”の春暮公演から一週間が経った。春も宵を迎え、夏の匂いを感じ始める頃。


「事務所が煙たいなっ!」


 文化開発庁には伝煙が吐き出す煙が充満していた。煙の発信元はミカエリアのメディア関係者がほとんど。新興のエンターテインメント、アイドルについての取材が殺到しているからだ。


 換気も間に合わないほどの入電……入煙? により、未成年には非常によろしくない環境となってしまっている。伝煙の煙には有害物質は含まれてないのかな? エルフの職人が力を貸しているようだけど、魔力が含まれていたりするんだろうか。


「取材に関しましては夏明の十六日が最速です、ええ! 多くの方から支持を得られているようで大変光栄です! はい、はい! では夏明の十六日の十四時から! ありがとうございます! それでは当日よろしくお願いいたします、失礼いたします!」


「リオ、慣れてるね……」


「本当に旅人だったのか疑わしいほど対応がスムーズだ……」


「けど余裕の欠片もねーよ、大丈夫か?」


「ぼくたち、なにかお手伝いできないかな?」


「下手に動くより彼女に任せた方がいいかもしれないね。僕たちは経験がないから」


「お力添え出来ないことがもどかしいです」


「仮にも宰相だった人間にすっこんでろって言える奴に手助けなんざ要らねえだろ……大人しくしとけ」


 私のアイドルたちに受電は任せられない。とはいえ私だって元々は営業職。オフィスワークの経験は然程多くはない。だけど取引先との電話応対に関してはベテランだ、イアンさんより幾らか手際はいいはず。


 デビューライブ以来、各メディアからのオファーが殺到している。ブラック企業に勤めていた頃とは比較にならない忙しさだ。苦しいとは思うし、息だって乱れるし、表情も段々険しくなっているのがわかる。


 だけどこれだけの慌ただしさの中、嬉しいという気持ちが底なしに湧き上がってくるのも不思議な気分だ。私のアイドルが、“ニジイロノーツ”が世間に求められている。その実感が疲れた体に力を与え続ける。


 そうして入電……煙? が落ち着く頃には日が暮れている。なんともまあ、忙しくなったものだ。“スイート・トリック”の公演前までは求められてこなかったのに。最高のスタートダッシュを切れたのは確かだけどね。


「はあ、ようやく一段落か……」


「お疲れ様、紅茶淹れたよ。ネイトさんが選んでくれたんだ」


「リオ様は甘い紅茶がお好きだと伺っていたので備えておきました。シロップは如何ですか?」


「二人ともありがとうございます、シロップは要らないですよ」


 心配そうな面持ちの二人に説得力の欠片もない笑顔を見せ、紅茶を飲み干す。カップと氷がぶつかる音もまた心地良い。熱を持った体に冷えた飲み物が染み渡る。


「しっかしまあ、こうも話題になるもんかね」


 ギルさんが苦笑を浮かべる。話題性があるとは思っていたのだろうけど、ここまで反響があるのは予想外だったようだ。


 とはいえ、アイドルはそういうもの。華々しくて、キラキラしていて、目も心も引き付ける魅力を持った人たちなんだ。筋金入りのドルオタである私からしてみれば当然だと思うし、この七人だからこそここまでの人気を得られたと思っている。


「実際のところ、あの日の新聞は僕たちの話題で一面を占めていたからな……おかげで父上からアイドル活動の許可を得られたわけだが」


 戸惑いを隠せていないアーサーくんだが、その声音にはどこか安堵を感じる。元々アイドル活動は博打のようなものだった。ランドルフ伯爵も中継は見ていたのだろう、アーサーくんのアイドル活動を承認する文書が届いていた。素直になれないところはランドルフ家の血筋なのかもしれない。


「少し気恥ずかしいけれど、“スイート・トリック”から話題を奪うことには成功したね。ふふ、口だけにならなくてよかったよ」


 微かにからかったような音を含ませるオルフェさん。ギルさんが発破をかけたのが功を奏したとはいえ、結果が出せたからこそ褒められた言動だ。デビューライブまで漕ぎつけられなければただのビッグマウスとして終わっていたと思う。


 それは本人も自覚していたのだろう。「結果出せたんだからいいじゃねーか」と不貞腐れていた。そう、結果が出たからいいんだ。終わり良ければ総て良し。そんな言葉は知らないだろうけど、エリオットくんがかわいい拳を天井に突き付けた。


「ぼくたち、これからどんどん忙しくなりますね! どんとこーい! です!」


「エリオットの言う通り、もっと多くの仕事を貰うことになる。お前ら、気合い入れてけよ」


「ふふっ、頼もしくなりましたね」


 イアンさんの変化には目を見張るものがある。みんな変わっていったとは思うけど、初めて出会った頃や文化開発庁設立に比べると逞しくなったと思う。“ニジイロノーツ”の大黒柱とでも言うべきかな?


 それに、私たちの仕事は取材だけじゃない。アレンくんがぎゅっと拳を握りしめて呟く。


「デビュー曲、『Beside for you』のレコーディングもあるんだ。生歌じゃないのって緊張するけど、頑張らないとね」


「僕は生歌の方が緊張するが……」


「そういうものなのかな? なんていうか、一発勝負の方がその瞬間に集中出来る気がしてさ。レコーディングだと録り直しが利く分、甘えとか妥協が出ちゃいそうで……」


「むしろ逆じゃね? 甘えとか妥協に気付いたらそれがなくなるまで録り直すだろ? レコーディングに一番時間かかりそうなもんだけどな」


 ギルさんと同じことを考えていた。敢えて口には出さなかったけど。


 アレンくんは歌に対して最も熱が高い。そんな彼が自分の歌に妥協するはずが、出来るはずがない。何度でも録り直せる分、納得がいくまでリテイクを頼む気がする。


 エンジニアさんに迷惑がかからないといいけど、そこは私が多少コントロールしてあげた方がいいかな。他のメンバーの収録が遅れれば、その分リリースも遅れちゃうし。


「アレンさんに負けないように、ぼくたちも全力で収録しましょうね!」


「無論です。我々は七人で一つなのですから」


「くすぐったい響きだね。だけどネイトの言う通り。アレン一人に目立たれたら僕たちの立つ瀬がない」


「そういうことだ。各々アイドルの自覚を持って臨むぞ」


 感慨深いなぁ、なんて思う。この世界にはアイドルなんて存在しなかったのに。そんな中で、誰より先を進んでいこうとしてるんだ、彼らは。


 獣道ですらない、道とも言えないような険しい道。その先端を作り続ける彼らはこの世界で最も尊い存在だと思える。彼らがそんな存在になっていったことが本当に嬉しい。


「――そうだ」


 私の声にみんなが振り向く。思いついたのは、彼らに必要なもの。他の誰かに与えられたものじゃなく、私が預けたものを使ってほしい。そう思っての提案を、深呼吸の後に告げる。


「イアンさんにお願いなんですけど、ここの名前も改めたいと思うんです。陛下に打診は出来ますか?」


「あ? まあ、打診するくらいならやるが……なんだって改名なんてするんだ?」


「ニッポンだとアイドルは芸能プロダクションに所属しているものなんです。勿論国営の機関ではないので、文化開発庁だと少し固いですし遠く感じてしまうかなぁと思って」


「あ、前に言ってたゲイノウプロダクションってそういうことだったんだ」


 アレンくんには出会って間もない頃に話してたもんね。覚えててくれてたのが嬉しいと感じる。


 そう、彼らには私の想いを込めた名前を背負ってほしい。この七人と、私。いまはたった八人の、帝国では唯一の芸能プロダクション。私たち八人の名前は、陛下に与えられたものじゃ嫌だから。


「で、新しい名前の案は?」


 威圧的な鋭い眼をしていたイアンさん。男性的な粗暴さを見せながら、その内側は優しくて温かくて、誰より力強くみんなを支えてくれている。


 表情の変化に乏しかったネイトさん。完全という言葉を彷彿とさせる振る舞い、その中に見える不完全な人間性は彼にしか出せない魅力そのもの。


 浮雲のように掴みどころのなかったオルフェさん。風が吹けば消えてしまいそうなほど不確かで儚かった存在は、いまは自然の穏やかさと安らぎを教えてくれる。


 大胆さと慎ましさを持ちながら自分を認められなかったギルさん。明と暗、その狭間を体現するかのような不思議な影が興味を強く引き付ける。


 存在も精神も不安定だったエリオットくん。どんな色にも染まっていける、真っ白で無垢な彼。これから先をいつまでも見守っていたくなる。


 ずっと素直になれなかったアーサーくん。たくさん迷って、葛藤の末にここにいることを選んでくれた。その決断を間違ったものになんてさせたくない。


 幼い頃の夢に縋り続けたアレンくん。思いやりのある優しい子は、長らく自分を押し込めてきた。友達の手が連れて行った新しい道を、夢を、生涯応援してあげたいと思う。


 ――帝国に光を見せる七人と、私。私たちだけの名前は、これがいい。


 夜にぎらつくネオンより、給料三か月分の指輪よりも強い輝き。その光源となる場所は、文化開発庁なんて名前じゃない。


 みんななら受け入れてくれる。みんななら、名前の意味を裏切らずにいてくれる。そう信じて、告げる。


「“カガヤキスタジオ”――略称は“カガスタ”なんていかがでしょうか?」

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