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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第七章:輝く“星”になって
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『Beside for you』

「お、来たね! 今日はよろしく!」


 ステージに到着すると、ピエロ姿のジェフさんが私たちを迎えてくれた。会場では多くのスタッフが設営に時間を割いていた。キャストの姿もちらほらと見える。ほとんどは控え室で準備をしているようだった。


「おはようございます、今日はよろしくお願いします」


「こちらこそ! 衣装は持ってきてるよね?」


「はい、いま馬車から降ろしてもらっているところです」


「手厚いね、俺ら以外にも支援してくれる人いたの?」


「それが……」


 ここまで来たんだ、もう話してしまおう。帝国の在り方を変えるために新たなエンターテインメントを生み出そうとしたこと、アイドルプロジェクトは私が陛下に打診した上で始まったものであること。国からある程度の援助を受けていること。


 ジェフさんの顔がみるみるうちに引きつっていく。まあ、そりゃこうなるか。未知のエンターテインメントを国が興そうとしてるんだもんね。それに、この話を知っているのはアレンくんだけだ。他のメンバーも表情が凍り付いている。ごめんね、話す機会がなくて。


「……大丈夫? 俺たち、国に潰されない?」


「なんでそんな心配してるんですか?」


「だって相当厳しく当たっちゃったし……ミランダがみんなにやったことを考えたらぞっとしちゃうよ」


「人聞きの悪い言い方すんな。懇切丁寧に指導してやっただけだろ」


 黙っていたミランダさんが複雑そうな顔をする。まあ見方によってはいじめているようにも見えるかもしれないけど、私のアイドルはそんな考えた方はしない。アレンくんが笑顔を見せた。


「ミランダさんのおかげでオレたちはここに立つことを許されました。アメリアさんやジェフさんもそうです。だから、ありがとうございます」


 アレンくんがこう言っているんだ、みんなだって彼に倣う。ジェフさんはどこか居た堪れなさそうだし、ミランダさんもくすぐったそうに視線を逸らした。


「礼は要らねぇ。ありがたいと思うならステージで示せ」


「はい! 絶対に盛り上げてみせます!」


 素直な声音で返事をするアレンくん。ミランダさん、こういう子に弱いのかな。困ったように頭を掻いていた。ジェフさんがそれを目敏く察し、肘で彼女を小突く。


「幸せ者だねぇ」


「ピエロの解体ショーってのも演目として面白そうじゃねぇか? なあ?」


「ピエロに対する要求値高すぎないそれ!? なにを練習すればそんなこと出来るようになるか考えといてよね!」


 どうやら前向きに検討してはいるらしい。エンターテイナーってみんなこんな感じなんだろうか。面白そうと思ったら却下はしないというか、とても企画部向けな精神だとは思う。提案が提案なだけに地球向きではないけど。


「ごめんなさいね、緊張感のない人たちで」


 私たちの背後から聞こえてくる、透き通った水のような声音。振り返れば“スイート・トリック”の歌姫、アメリアさんがいた。衣装に身を包んでおり、レースのついた神秘的なドレスだった。小柄ながらも妖艶な魅力を放っており、同性の私ですらドキドキしてしまう。


「おはようございます、本日はよろしくお願いいたします」


「ええ、こちらこそ。割れんばかりの拍手、聞かせて頂戴ね」


 くすりと微笑むアメリアさん。その笑みにいまは含みを感じない。純粋に、言葉通りの期待を感じた。トレーナーをお願いしたときから、どこか遠くからかけられていた声。それがいま、目の前の私たちにかけられているんだ。


 みんなだって感じているはず、この言葉に裏なんてないことを。真っ先に反応したのは、意外にもネイトさんだった。


「無論です。皆様に育てて頂いたご恩を、本日返します」


「あんたたちが鍛えたんだ、拍手喝采で当然だろ?」


 ギルさんはニヤリと笑う。いつもの、自信に満ちた声音。アレンくんが吹っ切れたことがいい方向に働いている。彼の影響力は大したものだ。勿論、みんなが変わっていったのは彼一人の力じゃない。


 一人一人が互いに作用し合って、変わっていったんだと思う。それこそ、私の知らないところでだって。みんながみんなを尊重し合って、高め合っていった結果がいまだ。


 ――七人の結束は充分。後は私次第。みんなを笑って送り出すだけだ。


 =====


 リハーサルを終え、とうとう開場となった。前座を務める“ニジイロノーツ”は既に舞台袖に控えている。客席の熱気が天井知らずに高まっているのがわかった。


 袖から覗けば、既に満員。ここにいる人たちだけじゃなく、駅前の大型ビジョンでも放送されるのだ。帝国中が、この公演を楽しみにしている。暮の楽しみとも言えるだろう。


「い、いよいよ、ですね……」


 わかってしまったからだろうか。忘れかけていた緊張が勢いを増して帰ってくる。みんなが受け入れてもらえるか、しらけたりしないか、前座の役割をきちんと果たせるか。考えないようにしていた不安が胸一杯に広がり、鼓動が大きく早くなる。


 開始まで残り五分を切っている。もうすぐ私のアイドルが、彼らの前に出て、歌うんだ。正直気が気じゃない。私の目に狂いはなかったか? 本当に大丈夫か? 頭の中で誰のものかもわからない声が私の不安を煽り続ける。


「お前ら! 集合!」


 ミランダさんの声でようやく思考から意識が逸れる。振り向けば“ニジイロノーツ”はもう並んでおり、私を待っている。傍にはジェフさん、アメリアさんもいた。


 慌てて駆け寄ると、ミランダさんがため息を吐いた。


「あんたがそんな顔してたら不安になるだろうが」


「す、すみません! 私……なにやってるんでしょうね」


 駄目だ、いま喋ったら。空気が重くなるのを感じた。私、こんなときに役に立たない。悔しさと、情けなさ。いろんな感情が胸を湿らせ、息が漏れる。


 私がこんなじゃ、みんなに申し訳が――


「大丈夫」


 その声はアレンくんのもの。彼は私の傍に来て、拳を突き付けた。顔を見れば、優しくて、あったかい笑顔。旦那様にそっくりだ。


「絶対に成功させる、そう言い切れるよ」


「……怖くないの?」


「そりゃ怖いよ。だけど、頑張れる。胸を張って、堂々と。最高の笑顔で、最高の歌とダンスを見せられる。みんなだって同じだよな?」


 振り返った彼に、みんなが笑顔で頷いた。七人が同じ気持ちなら心配はない。だけど、どうしてそんな顔をしていられるんだろう? 私と一緒で、歌もダンスも経験がない。どころか、アイドルがどういうものかだって知らないのに。


「なんで……そう思えるの?」


「なんでって、当たり前だろ? リオが選んでくれたんだから」


 ――その言葉で、どれだけ救われただろう。


 私ばかり支えられると思っていた。なにも出来ていないと思っていた。信用してもらえるには足りないって、どうやったら信用してもらえるんだろうってずっと思っていた。


 だけど、みんなは信じてくれていたんだ。とっくに、私に人生を預ける覚悟が出来ていたんだ。その信頼に気付かなかった、あるいは受け取ったつもりでいたんだ。


 自分の至らなさが浮彫になった気がして、つらくなる。でも、表には出さない。アレンくんにここまで言わせてるんだ。もう裏切りたくない。みんなが信じる私でいなきゃ――みんなと一緒に夢を見る資格なんてない!


 まぶたを閉じて、深呼吸。目を開いて、みんなの顔を見る。心配なんて、もうしない。不安なんて、すぐに掻き消える。みんなが私を信じてくれている。だから私も信じる。一片の疑いもなく、まっさらで、危ういくらいの信頼を返すべきなんだ。


「もう出番だ。あんたから言うこと、あるか?」


 ミランダさんの言葉に頷き、深く、深く息を吸い込む。そうして告げた。いまこの瞬間だからこそ言うべき言葉を。迷いも躊躇も、謙遜さえ忘れた言葉を。


「“ニジイロノーツ”は最高です! 私が選んだ、私が良いと思った! 私がプロデュースしたいと願った最高のアイドルです! 私の目に狂いはなかった! 私は間違っていなかった! そう思わせてくれました! 新しい夢の始まりを――最高の笑顔で迎えましょう! よろしくお願いします!」


 みんなが私に応えてくれる。そうして、開演のアナウンスが終わりを迎えた。間もなく幕が上がる。七人はステージを見て、顔を見合わせる。


「よし! みんな、行こう!」


 みんながアレンくんに続き、ステージへと駆け出す。直後。初舞台の幕が開いた。


 会場にはどよめきが走った。当然だと思う。“スイート・トリック”の一番手は本来ジェフさんの役割だ。そんな中、規則性のない七人が並んでいればこんな反応にもなる。


 異質な空気の中、センターに立つアレンくんが凛とした声で告げる。


「“ニジイロノーツ”で――『Beside for you』」

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