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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第七章:輝く“星”になって
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夢の続きを――

 来る春暮二十七日。今日は“スイート・トリック”の公演初日だ。本拠地での公演ということもあり、ミカエリア中が色めきだっている。幌付きの馬車から覗く街並みは大盛況。お祭り騒ぎという言葉がよく似合う。


「この人たち、みんな“スイート・トリック”の公演目当てなんだろうね」


 ぽつりと呟くのはアレンくん。やはり彼も緊張しているだろうか、少しだけ声が固い。リハーサルで上手く解してほしいところではある。アーサーくんもまた同様だった。頻りに足を組み替えている。


 彼の変化に目敏く反応したのはエリオットくん。この子、意外と人のこと見てるんだよね。


「アーサーさん、緊張してますか?」


「は……ああ。人前に出ること自体は慣れているが、初めてのことだからな。やはり、怖い」


「ハハッ、今回ばっかしは意地悪も言えねーわ」


 普段なら意地の悪さを見せるギルさんも、笑顔に少し無理が映っている。強がって見せてはいるものの、彼としても不安はあるのだろう。いままでは道具や手品を見せていたが、ライブとなれば武器は己の身一つだから。


「一人で唄って聞かせるのは慣れているけれど、情けないな。震えているよ、少しだけね」


「私もです。恥ずかしながら、戦場へ出向くよりも怖いと感じています」


 オルフェさんとネイトさんも緊張は感じているようだ。吟遊詩人であった彼は唄って聴かせるプロフェッショナルではある。だけど、語って聞かせるのと音楽として聴かせるのとではまるで別物のはずだ。仕方ないところもあるだろう。


 ネイトさんだってそう。騎士として衆目に身を晒すこと自体に抵抗はなかったはず。だが、それはあくまで騎士の務めや在り方を理解しているからこそ。アイドルの在り方など、私たちで作っていくものだ。観客の前でどう在ればいいかなんて、実際に立ってみなければ想像もつかないと思う。


「今更ビビってても仕方ねぇ。ここまで来たら腹括るしかねぇだろ」


 そんな中、イアンさんだけが毅然としていた。正直なところ、一番怯えていそうなものだと思っていた。怜悧な見た目とは裏腹に、繊細な人だから。


 とはいえ、実質最年長とも言える彼がこの調子なのは頼もしい。“リオ”に意地を張っているとも言えるのかな? だったら私も意地の張りどころだ。不安な顔を見せちゃいけない。


「皆さんが気後れするのも仕方がないことです。アイドルがどういうものか、聞かせたってピンと来ませんよね」


 私の言葉に、みんなは項垂れる。実際に見てみなければわからないものだ。アイドルの魅力も、在り方も。前例がないプロジェクト、自分たちがその最先端を行くともなれば不安を感じるのも大いに頷ける。


 だけど、アイドルの在り方なんてグループの数だけ――もっと言えば、人の数だけ存在するし、生まれていく。だからこそ、私がかけてあげるべき言葉がある。


「難しいことを考える必要はありません。私が言えるのはたった一つ。ステージに立つたったの四分間を、全力で楽しんでください。それが私のアイドル、“ニジイロノーツ”です」


 こんな言葉で彼らが抱える全てを取り去れるなんて思わない。ステージに立つみんなと私、感じる重圧なんて比べものにならない。


 口に出していないだけで、私だって緊張はしてる。“ニジイロノーツ”は受け入れてもらえるのか。とちったりしないだろうか。暴言やため息がみんなに降りかからないか。心配なことはたくさんある。


 それでも、見せない。私が彼らを一番に信じてあげる。不安定な彼らを支えてあげられるのは、私だけだから。


「……オレたちだけ楽しんでていいの?」


「私たちが楽しむ。その(さま)が、観客の皆様を楽しませる。これはエリオット様が教えてくださったことです」


「そうです! 観客の皆さんが一緒に歌って、一緒に踊りたくなっちゃうくらい! 全力で楽しみましょう!」


「理屈としては物足りないが……理屈で説明できるものでもないのだろうな」


「ま、そーいうこともあらぁよ。客が湧くかどうかは気持ち次第だからさ」


「想いは伝播するものだからね。僕たちが楽しそうにしていれば空気が熱を持つ。その熱はやがて会場全体を覆い尽くすはずさ」


 みんなの不安が少しずつ溶けていく。表情を見てわかった。私の言葉を信じようとしてくれているんだ。みんななら私の言葉を本当に変えてくれる。私もまた、みんなを信じるときだ。


「リオの言う通り、難しく考える必要はねぇ。思いっ切り楽しむぞ、全員で」


 不敵な笑みを浮かべるイアンさん。時折見せる頼もしさに、不覚にもドキッとしてしまうんだよね。不覚なんて言ったら失礼だけど。


 まだ充分じゃない。きっとライブが終わるまで不安は消えないだろう。それでいい。なんの緊張感もないパフォーマンスじゃ誰の心にも響かない。地球のアイドルたちは、血の滲むような努力をし続けて、そんな素振りを一切見せずにステージに立つんだ。


 みんなだって血の滲むような努力をしてきた。そしてその成果を十二分に見せつける日が来たんだ。せめて会場に到着するまでに気持ちを整えてほしいところである。


「大丈夫です。皆さんはたくさん頑張ってきましたから。今日はお祭りです、存分に楽しんできてくださいね」


 私は所詮、舞台裏の人間だ。彼らが背負うものを真の意味で共有することは出来ない。私の言葉で彼らを安心させてあげられることは難しいんだと思う。


 ――みんなが自分で立ち上がれますように。


 会場へ向かう馬車の中、重たい沈黙が包み込む。ミランダさんたちになにか言われないといいけど……。


 =====


「なんだそのツラ、ああ?」


 馬車から降りた私たちを最初に迎えたのは、恐ろしい形相のミランダさん。やっぱりわかるみたい。アレンくんがびくりと肩を跳ねさせた。


 その一瞬を見逃すはずがない。ミランダさんは彼に近づくや否や、肩に指を食い込ませた。小さな呻き声に心臓が苦しくなる。だけど、いまは私の出る幕じゃない。


「あの、えっと……!?」


「ど真ん中に立つ奴が湿気(シケ)たツラしてんじゃねぇよ」


「あ……」


 なにかに気づいたような顔をするアレンくん。ミランダさんの言葉は、エンターテイナーとしての目線から放たれたもの。


 ――私じゃまだ敵わない、ってことかぁ。


 ミランダさんは世界規模で見ても優れたダンサーだ。ステージに立つことの意味を、スポットライトを浴びることの意味を誰より知っている。そんな人に在り方を諭されたら、私の言葉なんかよりずっと説得力がある。


 アレンくんの表情が変わる。まだまだ小さな灯火、だけど確かな熱を持った眼差しで私たちを一瞥した。そうして、深いため息。


「はあ……みんな、ごめんな」


 謝るアレンくんだけど、その顔にはもう弱気な彼はいない。私たちの前に立つのは“ニジイロノーツ”のセンター、アレン・ケネットくんだった。


「みんなを引っ張っていくのがセンター(オレ)の役目。なのに、こんなときまで自信なかったみたい」


「散々僕をバカだバカだと詰ってきたが、お前も大概バカ野郎じゃないか」


 呆れたような声のアーサーくん。アレンくんは苦笑を浮かべるばかりで、いつものように噛みつくことはなかった。


「誰より目立つ真ん中に立って歌うんだ。自分を誇れ。僕たちに恥ずかしいと思わないのか」


「悪かったよ。まだ頼りないけどさ……みんな、オレと一緒に頑張ってほしい。よろしくお願いします」


 アレンくんが手を差し出す。握手のつもりだろうか。みんなは目を見合わせて、笑う。そうして、彼の傍へ。真っ先に駆け寄ったエリオットくんが彼の手を叩いた。


「一緒に頑張る、じゃないですよ! 一緒に楽しむんです! ね!」


「無論です。私も楽しみますので、アレン様も全力で」


「会場湧かしてやろーぜ、俺らでよ」


 ネイトさんとギルさんが続く。こういうところを見ると、二人は意外とお兄さんのような立ち位置なのかもしれない。イアンさんはお父さんだし、オルフェさんはそういう関係性で括れない存在だしね。


「失敗したらフォローする。だから思いっ切りやっちまえ」


「僕らがついてる。なんて、僕らしくない台詞を吐かせたんだ。一緒に楽しもう」


 イアンさんとオルフェさんもアレンくんの手を叩く。そうして彼の肩に手を置いた。そして、残ったのはアーサーくん。もう恥ずかしがることもなく、躊躇することもない。彼は手を差し出し、微笑んだ。


「共に夢の続きを歩こう」


「……なんだよ、格好つけてさ」


「ずっと格好つけたいと思っていたぞ、僕は」


「ま、格好良くなったと思うよ。昔よりはな」


 照れ臭そうに、それでいて嬉しそうな表情のアレンくん。そうして、二人は手を取り合った。二人の関係性を知っている私からしてみたら涙腺崩壊ものだ。ドラマみたい。


 ミランダさんもみんなの意気込みを感じてくれただろうか。少しだけ頬が緩んでいた。二人が会場へ向かっていくのを見送り、得意げな笑みを見せる。


「逞しくなったでしょう?」


「誰のおかげだと思ってんだ?」


「“スイート・トリック”の皆様のおかげです」


「よろしい。さ、リハーサルだ。気合い入れてけよ」


 ぶっきらぼうに告げて会場へ先んじるミランダさん。ここまで言えるようになったんだ、私も。後はみんな次第。だけど、心配はもう要らないと思わされた。


 大丈夫。私のアイドルは強くなった、逞しくなった。みんなのおかげで、私も覚悟が決まった。自信を持って、誇りを持ってみんなの背中を見送るだけ。いまの私に出来るのは、もうそれだけだ。

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