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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第七章:輝く“星”になって
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人事を尽くして天命を待つ

「これでよし、っと……無茶しないでください、本当に」


「悪い、手間かけたな。咄嗟に体が動いちまってよ……」


 文化開発庁に戻った私たち。イアンさんの手当てを済ませたものの、私を含めたみんなは複雑な表情をしていた。


 顔の知れた二人の路上パフォーマンスは成功とも失敗とも言い難い結果ではあった。ただでさえ混乱や動揺を招く二人の緊迫したお芝居、それに加えて予期せぬ事件。イアンさんが気付かなければ、あの女の子は怪我を負っていたかもしれない。


 ただでさえ目立つ二人だ、なにかしら妨害があってもおかしくなかつわまはず。住人に危害が及ぶ可能性はゼロではなかったのだ。知名度に加えて、悪い意味での関心が強い二人の邪魔を目論む輩だっていただろう。


 そこまで配慮が至らず、背中を押してしまったのは私だ。世間ではイアンさんとネイトさんを批難する声が溢れるだろうけど、この件において最も責任が重いのは私なんだ。


 熟慮してから実行に移すべきだった。熱に浮かされて気が逸った自分を恨む。あの場でミランダさんの擁護がなければ、二人のパフォーマンスは失敗の烙印を押されていただろう。そう考えるだけでぞっとする。


「イアン様、気付くのが遅れてしまい大変申し訳ございませんでした」


 メンバーの中でも特に深刻そうな顔をするのはネイトさん。役に入り込む以上、あの場に“ネイトさん”はいなかった。親殺しの仇を討つ復讐鬼だったのだ、気付かなくても仕方がなかった。


 それでも、彼の中の騎士がそれを善しとしないのだと思う。私にはどうやってフォローすればいいのかがわからない。ただ、そうやって投げやりになるのは良くない。


「あれは不測の事態でした。自分を責めるのは……」


「お前はお前のやるべきことを果たしたんだ。謝る必要なんざねぇよ」


 イアンさんの声は力強い。色を付けない、ありのままの声音。気遣いなんてない、本心だということは私にもわかる。納得いっていないのは、ネイトさんだけ。


「ですが! 貴方もミカエリアの民! 目の前の者一人守れずに――」


「お前は役者として全力で芝居に臨んだ。名前を呼べば帰ってきた。何より、あのまま奴を放っておけば被害は拡大したかもしれねぇ。それを防いだのはネイト・イザードだ」


「……!」


 的確な言葉に反論を封じられるネイトさん。イアンさんは立ち上がり、彼の傍へ歩み寄る。そして――胸倉を掴んだ。突然の蛮行にざわつく事務所。アレンくんとエリオットくんが前のめりになったものの、私がそれを制する。


 ――あの二人にはあの二人のやり方がある。私はそう信じてる。


 ネイトさんは突き放すことをしない。イアンさんもまた、殴りかかるようなことはしなかった。真っ直ぐに視線を交わして、告げる。


「どっちかを中途半端にやってる奴には出来ねぇことをやってのけたんだ。自分自身を誇れ。俺の怪我は俺の責任だ、お前が気に病む必要は一切ない。反論ももう要らねぇから、しゃんとしろ」


「……はい」


「おし、それならこの話は終わりだ。後はミランダたちがどう判断するか。いまは待つことしか出来ねぇよ」


 イアンさんは七人の中で最も落ち着いているように思える。後は神頼み、そう割り切っているように見えた。オルフェさんも落ち着いてはいるが、それとはまた異なったものに思える。


 たぶん、この中で一番現実と向き合ってるのだろう。私を含め、可能性に塞ぎ込むようなことはしない。やるべきことをやった、どう転ぶかは運任せ。そういう意味で、仕事に対するメンタルは一番安定しているとも言えるか。


 なら、この後は私の役目。みんなに向き直り、笑顔を見せる。


「皆さんはベストを尽くしました。今日までたくさん頑張ってきました。後はミランダさんたちに、これまでの実績を精査していただくだけです。お疲れ様でした、今日はゆっくり休んでください」


「……ま、辛気臭い顔してても結果は変わらねーわな」


 ため息混じりに呟くギルさん。彼もまた割り切るのが早い方だし、明日にはまたいつもの顔に戻っているだろう。オルフェさんもまた微笑みを取り戻す。


「運命は操れるものじゃない。僕らが積み上げてきたものを信じよう」


「ハッピーエンドはぼくたちのものです!」


「皆で最高の結末を……いえ、始まりですね。最高の始まりを迎えましょう」


「手は尽くしてきました。僕たちは必ず夢へと発てるはずです」


「オレたちの夢は誰にも邪魔させない。そのために頑張ってきたことは、絶対に無駄にならないはずだ」


 みんなももう覚悟を決めてくれたみたいだ。私が助けてもらうばかりじゃ駄目、みんなの背中を支えるのが私の仕事なんだ。務まってるかはわからない。それでも、やれるだけのことはやってきた。


 ――後は信じるだけ。私も、みんなも。出来ることはそれしか残っていない。


「では皆さん、解散しましょう。結果が出るまで各自お休みとします。気分転換してくださいね」


 みんなは頷いて事務所を出ていく。そうして、一人。人の気配がなくなったことを確認して、呟く。


「……スタートアップ、“ニジイロノーツ”」


 路上パフォーマンスから直帰して、いまに至ったのだ。あの状況じゃ情報収集も出来なかった。イアンさんとネイトさんの評判が好転しているかどうか、一番気になるのはそこだ。


 彼ら二人は七人の中でも特に批判が多かった。正直、あのパフォーマンスは不完全燃焼もいいところだった。彼らに対する見方が変わったとも思いにくいけど……。


「……うーん? 特にイアンさんとネイトさんに関しては触れられてないな……なんでだ?」


 特に悪評が回るわけでもなく、かといって称賛する声も増えているわけじゃない。“イアン”や“宰相”、“ネイト”などで調べてみても結果は変わらず。


 あんまり影響がなかったのは失敗とも言えるのか……? でもアンチが湧いてるわけでもないし、なんなら今日に限って言えば批判は一つも見当たらない。


 これはこれで成果があったと捉えるべきか? あれだけ派手に目立って、あまつさえ傷害事件だって起きた。それなのに、批判の声がない? 理由はミランダさんだろうか。


 彼女の苦言がなければ、それこそ失敗に終わっていたと思う。イアンさんを擁護したことで、少なくともあの瞬間だけは空気が彼の味方になってくれていたはずだ。下手なことを言えば“スイート・トリック”の花形、その取り巻きから石を投げられるだろうから。


 どこかで二人に対して好意的な発言さえあれば……それを中心に良い波紋が広がっていくと思うんだけど……。


「あ……」


 “データベース”はリアルタイムの発言も拾える。それは拙い言葉だった。


「『かっかさん、かっこよかったね。“にじいろのーつ”? たのしみだね』……あの子か」


 イアンさんが身を挺して庇った女の子。母親に対して言っているのかな? 過保護な――変な言い方だけど、いまどきっぽい母親だった。あの子、怒られないといいな。


 なにはともあれ、いま出来ることはない。みんなは全力を尽くしてくれた。人事を尽くして天命を待つ。この言葉以上に適切なものなんて存在しないように思えた。

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