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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第七章:輝く“星”になって
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★最高の戦果を

 きたる春暮二十二日、ミカエリア中央区。時刻は夕方。人の往来は多く、このような場所で騒ぎを起こそうものならすぐさま騎士が飛んでくるだろう。


 ――作り物とはいえ、私が騒ぎを起こす側に回るとは思わなかった。


 数名の騎士と皆様で身を潜める建物の隙間。そこから覗く人の流れは滞りがなく、さながら津波のようだ。あっという間に押し流され、どこへとも知らぬ地へ放り出されるような。


 意図せず息が漏れる。呼吸の乱れ、動悸。戦場に出るときよりも体がざわつく。私はいま、緊張しているのか? 敵を前にしたとして、勇ましく剣を振るう私はここにはいない。訓練用の剣を持ってこそいるが、心は丸腰のようだ。


 だが、それもまた悪くないと感じてしまう。戦場より、生きていると実感出来る。ある種、ずっと待ち望んでいたもの。私が触れたくて、知りたくてたまらなかったものだ。


 “私”はここにいる。その実感を感じてられる。それがこんなにも喜ばしいことだとは知らなかった。全身に震えが走る。怯えているからではない、初めて知った――これが興奮なのだ。


「ネイトさん、いい顔してますね」


 リオ様の声が聞こえ、意識が広がっていく。彼女は私を見上げ、得意げに微笑んだ。その笑顔が私を奮わせる。この笑顔に応えたいと、未熟な心が蜂起するのを感じた。


「恐れ入ります」


「緊張してますか?」


「していないとは言い難いですが、それすら悪くないと感じています」


「いいですね、その調子でバシッと決めちゃってください」


 リオ様が親指を立てる。馴染みのない仕草ではあるが、ご武運を、と同様の意味であると教えていただいた。私も同様の仕草で返す。リオ様は満足げに口の端を釣り上げた。


「――おし、ネイト。腹は括ったな?」


 そう問いかけるイアン様の肩には赤い液体が滲んでいる。ジェフ様が用意した血糊(ちのり)というものだそうだ。舞台道具の一つだったようで、演出のためにグラス皇国から取り寄せたらしい。


 衣装もところどころが破けており、緊迫感を漂わせている。この様相ならば目を惹くのは間違いない。


「はい。覚悟は決まっております」


「じゃあ行くか。人通りも多いし、ちょうどいいだろ」


「二人とも、頑張ってくださいね」


「ぼくたちのデビュー、かかってます……!」


 アレン様とエリオット様の声には力が秘められている。心なしか表情も強張っているように見えた。


 彼らにはデビューすることへの明確な目的がある。アレン様は幼い頃から抱いていた夢の第一歩、エリオット様は姉との再会の第一歩。年若い少年の夢を守れず、未来を切り拓けずして騎士を名乗れるものか。


 二人だけではない。アーサー様やギル様、オルフェ様にもあるはずだ。アイドルとしてデビューし、成し遂げたいことが。そしてそれはイアン様にも、私にもある。


「必ずや、皆様の期待に応えます。皆様の道を、出発点を作り上げてみせます」


「俺と、ネイトでな。お前らはどっしり構えてろ」


 イアン様の言葉は力強く、頼もしい。彼を信じ、共に行こう。この狭い世界を抜けたら、そこは戦場なのだ。敵は私自身。己に打ち克ってこそ、真の意味で世界を拓くことが出来る気がした。


「参りましょう」


「ああ。ついてこい」


「イアンさん、ネイトさん。あなたたちにかかっています。必ず成功を収めてください」


「任せとけ」


「最高の戦果を持ち帰ります」


 私たちの決意を信じてくれただろう、リオ様は無言で背中を撫でてくれた。イアン様と視線を交わし、頷き合う。そして――イアン様が駆け出した。


「『……クソッ! どこまで追ってくる気だ、あいつ……!』」


 イアン様の声、露出した肩に滴る血。注目を浴びるには十分過ぎる衝撃だ。民の動揺がここまで走ってくるのがわかる。


 ――ここからが私の役割だ。“私”は“奴”を追っている。両親を殺したあの男に、必ず報いを受けさせる。“私”は……“僕”は、世界の果てまででも追いかける。そう決めた。


 “僕”は駆け出す。剣を握る手に、力を込めて。


「『――見つけた。往生際が悪いな』」


「『生憎、死ねない理由があるからよ』」


 そう言って“奴”は剣の切っ先を“僕”に突き付ける。どうあっても抗うようだ、素直に殺されてはくれないらしい。怒りが表情を歪ませる。


「『……父さんと母さんの命より優先する理由などあるものか!』」


 吠え、剣を構える。避けられないとわかっただろう、“奴”もまた剣を構えた。“僕”とよく似た、洗練された構え。いまはそれすら煩わしい。


「『俺にはある、それだけだ』」


「『親不孝もいいところだ……! お前の首を両親の墓前に突き付けてやる!』」


「『それこそ親不孝じゃ――っ!?』」


 言い切る前に、踏み込んだ。剣を振り被り、脳天を叩くように振り下ろす。“奴”はそれをかろうじて避けるが、体勢が崩れた。隙を逃すほど鍛え方は甘くない。


 剣を横に薙ぎ払い、“奴”の胴を狙う。流れた体の勢いを利用し、転がって躱す。そのまま鋭く肉薄し、剣を振り被った。首を狙った大振りな動き――当たるはずがない。


「『その程度っ!』」


 襲い掛かる剣を弾くように払う。“奴”はそのまま距離を取り、大袈裟に息を吐き出した。


「『ハハハッ! やるねぇ! 自慢の弟だ!』」


「『虫唾が走る……!』」


「『優しい弟だ、手を抜いてくれるなんてな』」


「『黙れっ!』」


 再び剣を握り、駆け出す。地面と水平に構え、腕を引いて――“奴”の首を貫く構えだ。躱せるものなら躱してみろ!


 =====


 ――妙だ。


 切り結ぶネイトの殺意は大したものだ。本気で“俺”の息の根を止めようとしているのがわかる。ここまで役に没入できるのは才能に他ならない。だが、俺が感じている違和感はネイトが原因じゃない。


 ネイトの殺意は明確だ。対象が“俺”に向いていることは傍目に見たってわかるだろう。それだけこいつの感情が真に迫っている証拠だ。殺伐とした内容ということもある、空気が痛いとさえ感じる。


 この空気の中に、異物が混じっている。殺意とは別物のなにかが混じっていた。どこだ、どこから漂ってくる? ネイトの剣を捌きながら特定するのは難しいが――


「……!」


 視界の端、親子が見えた。母親の脚にしがみつき、不安そうに俺たちを見詰める少女の姿。


 その背後。フードで顔を隠した背の高い人物を確認する。この場においてただ一人、動揺を纏っていない。明らかに異常だ。俺たちを認識しつつも、心が俺たちに向いてない。


 ネイトの剣をすんでのところで避け、気付く。フードの人物が腕を動かした。その手には、短剣。切っ先が向くのは、少女の頭上。


 瞬間。俺は地面を蹴った。向かう先は観衆。悲鳴が上がるが、知ったことじゃない。ネイトの剣が肩を掠めたが、止まっている場合でもない。剣を捨てて少女に覆い被さる。そして――叫んだ。


「ネイトッ!」


 =====


 その名は“僕”の……いいや、違う。“私”の名だ。


 イアン様が観衆へ向かって駆け出し、少女に覆い被さっている。そのすぐ側、フードを被った背の高い男が目についた。その手に握る凶刃も。


「イアン様!」


 容赦なく振り下ろされた刃は彼の肩を穿つ。一際甲高い悲鳴が空気を引き裂いた。私の為すべきことはなんだ? 考えるまでもない。


 フードを被った男に肉薄し、剣を突き出す。剣尖は過たず男の顔面を直撃し、人垣を裂くように吹き飛んだ。静まり返った空気の中、深く息を吸い込み、叫ぶ。


「奴を捕らえろ!」


 リオ様たちの待つ路地裏から騎士たちが飛び出してくる。フードの男は気絶していたのか、為すすべなく拘束された。


 最悪の事態は免れた――が、これは我々の求めていたものではない。周囲には疑念や不安が漂っている。当然だ、ここはもう路上パフォーマンスの空間ではない。事件現場だ。


 なにか、この場を打開する言葉はないものか。私になにが出来る? 焦りは思考を鈍らせる。わかっているのに、最適解を導き出せない。


 居た堪れない沈黙の中、イアン様の掠れた声が聞こえた。


「……お嬢ちゃん……怪我、ねぇか?」


 その声に少女は答えられずにいた。当然だ、そもそもこの状況を理解さえしていないだろう。次に声を上げたのは少女の母親だった。


「うちの娘が怪我したらどうしてくれるんですか!?」


「申し訳ございません……私の不徳の致すところです……」


「いいから離れて!」


 イアン様を突き飛ばすようにして我が子を抱き締める母親。少女の視線は私と、イアン様に向いていた。


「アンナ、大丈夫? 怖くなかった?」


「うーん……? うん」


「痛いところない? 怪我してない?」


「うん、だいじょうぶ」


「こんな危ないところにいたら駄目ね! さ、帰りましょう!」


 少女の腕を引っ張るようにして去ろうとする母親。私からも謝罪をしなければ、それにイアン様の手当もしなければならない。どちらを優先するべきかなど考える余地もないのに、動けずにいた。


 情けない。未熟な私になにが出来よう。悔しさが拳を固くする。しかしそのとき――


「あんた、その言い方はないんじゃねぇのか」


 観衆の中から声がした。聞き覚えのある声だった。声のする方へ視線をやると、そこにいたのは赤髪の女性。帝国発祥のエンターテイメント集団、“スイート・トリック”の花形、ミランダ・キャピュレット様だった。


 有名人の登場により、先程とは違った動揺が現場に走る。母親もこれには驚いたようで、一歩一歩と後退りしている。ミランダ様は帝国におけるスターだ。彼女が苦言を呈すれば、自然と観衆も同調する。


 下手な反論はこの空間から顰蹙(ひんしゅく)を買いかねない。慎重になるのも無理からぬ話だろう。ミランダ様は続ける。


「娘さんが危ない目に遭ったのは事実だ。けど、無傷なのも事実。なぜだと思う?」


「……!」


 母親自身もわかっているだろう。イアン様が、パフォーマンスを放棄してまで少女を守ったのだ。身を挺し、傷を負ってまで。幾らか冷静になっただろうか、母親から反抗の意志は薄れていった。


 ミランダ様にもそれは伝わっているようだ。肩を竦め、うずくまるイアン様の側に立つ。


「もうわかってんだろ? なら、こいつに言うべきことがあるよな?」


「……っ、はい……宰相閣下……娘を、守っていただき、ありがとうございました……」


 イアン様へ頭を下げる母親。神妙な空気の中、彼は痛みを見せないよう笑顔を浮かべる。


「……当然のことをしたまでです。お嬢さんがご無事でよかった」


 ぶっきらぼうに告げるイアン様。どこからか手を叩く音が聞こえる。背後から――?


 振り返ると、リオ様が拍手していた。アレン様やエリオット様も同様だ。ギル様やオルフェ様、アーサー様も。彼らに続くように、観衆も拍手をくれる。


「ネイトさん」


 リオ様が私の名を呼ぶ。いますべきことは――皆様に倣うことだ。深呼吸を繰り返し、観衆へ向けて告げる。


「ネイト・イザードと、イアン・メイナードによるパフォーマンスでした! 我々が切り結ぶ場面は混乱を呼んだかと思います、あまつさえ不測の事態を招き混乱を加速させてしまったこと、深くお詫び申し上げます!」


 私の声を、皆様は粛々と聞いてくださっている。かつて感じたことのない類いの緊張が全身を駆け巡るが、ここは最前線。退くわけにはいかない。それに――私は一人ではないのだ。


 アレン様たちを呼び寄せ、イアン様の傍へ。彼も立ち上がり、改めて観衆に向き直る。


「我々七人! 歌って踊るエンターテイナーです! 名は“ニジイロノーツ”! 皆様を楽しませ、帝国に新たな風をもたらす七人です! よろしくお願いいたします!」


 私から言うことはもうない。観衆も言葉を失っているが、人垣の中から小さな影が飛び込んできた。先程の少女だ。母親が不安そうな顔をしているが、少女はイアン様の元へまっしぐら。


 イアン様は屈んで少女と目線を合わせる。痛みは引かないだろうに、温かい笑顔を見せていた。


「かっかさん、ありがとう」


「お嬢ちゃんが無事でよかったよ。俺たちのこと、応援よろしくな」


「うん、がんばってね! ばいばい!」


「ああ、ばいばい」


 手を振り去っていく少女。イアン様もまた同様の仕草で彼女の背中を見送った。そうしてそのまま立ち上がり、再び観衆へ視線をやる。


「ネイトからもお伝えさせていただきましたが、まずはお詫びを。我々のパフォーマンスで混乱を呼び、予期せぬ事態でそれを加速させてしまい申し訳ございませんでした。ご存知の方もいらっしゃるでしょうか、我々七人の名は“ニジイロノーツ”。帝国発のエンターテインメントグループ、アイドルです。よろしくお願いいたします」


 普段の粗野な言葉も態度も、この場には相応しくない。イアン様はやはり宰相足り得る存在だったのだ。我が儘に振る舞うわけでなく、民のために尽くせる方。


 理解はされないかもしれない。だが、それもいまだけ。これから彼の人柄は帝国中に広まっていくだろう。


 暫しの沈黙の後、拍手が響く。彼を讃える音はあっという間に伝播し、私たちを包んでいく。イアン様は真ん中で、一番前で、誰より慎ましくその音を受け止めていた。

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