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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第七章:輝く“星”になって
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★合言葉は

 稽古を始めるにあたり、ジェフ様から二本の棒を渡された。剣のつもりらしい。台本を読む傍ら、剣の感覚を掴む。


 訓練用の物よりは当然軽い。あまり早く振り過ぎるとイアン様がついてこられないだろうか? 果たしてその意識が演技中に保てるかは疑問だが。


「二人とも、台本の読み込みは?」


「流れは掴んだ」


「台詞だけは覚えましたが……それだけでよろしいのですか?」


 ジェフ様から頂いた助言は「自分の台詞だけ覚えてほしい」とのことだった。イアン様は私の台詞と全体の流れを理解するように指示されていたが、彼への負担の大きさには些か不安を覚える。


 私に任されたのは台詞を覚えることだけ。それはつまり、物語を構築する上で私の思考が不要だと告げられたも同然。無論、私には技術がない。役に入り込む、ただそれだけしか持たない役者もどきだ。


「俺に任せろ。お前がどう動くか、どんな表情で、どんな声音で台詞を言うか。大雑把にだがイメージした。多少ブレても構わねぇ、修正する」


「……よろしくお願いいたします」


「おう。んじゃ、始めるか」


「やる気も十分! さ、見せてみて。俺の手が鳴ったら始まりね!」


 私とイアン様が頷く。ジェフ様は愉快そうに、それでいて期待の映った笑みを浮かべる。そして――掌が打ち合う。


「『……っ! くそっ、どこまで追ってくる気だあいつは……!』」


 序盤はイアン様の独白で進む。“私”が出てくるのは少し後だ。その間に役を呼べ。“私”は奪われた、イアン様に。“私”は誓った、必ず仇を討つと。“私”は見つけた、仇敵を。“私”は追う――イアン様(やつ)を。


「『――見つけた。往生際が悪いな』」


「『生憎、死ねない理由があるからよ』」


「『……父さんと母さんの命より優先する理由などあるものか!』」


 奴は“私”の兄。最愛の両親を奪った、最低の男。両親の亡骸に誓ったのだ、必ず無念を晴らしてやると。奴は笑い、剣を抜く。その顔を見るだけで腹の底が熱くな?。“私”も白刃を晒し、砕けるほど強く歯を食い縛る。


「『俺にはある、それだけだ』」


「『親不孝もいいところだ……! お前の首を両親の墓前に突き付けてやる!』」


「『それこそ親不孝じゃねぇのか――っ!?』」


 一歩。大きく、鋭く踏み込んだ。そのまま大上段、頭蓋を叩き割るように剣を振り下ろす。奴はそれをかろうじて避け――“僕”の喉へ切っ先を突き出した。立ち筋は甘い。


「『その程度っ!』」


「『っ! ハハハッ! やるねぇ! 自慢の弟だ!』」


「『虫唾が走る……!』」


 それからしばし、剣戟の音が響いた。奴の攻撃は精細さを欠いている。その反面、“僕”の攻撃を捌くことに関してはこの上なく丁寧だ。“僕”を殺す気がない? あるいは弄んでいる? どこまでふざければ気が済むんだ。


「『優しい弟だ、手を抜いてくれるなんてな』」


「『黙れっ!』」


 体に力が入る。立ち筋は荒く、乱暴に。このような剣が奴に届くはずもなく――“僕”の剣は弾かれてしまった。拾いに行くことさえままらなず、奴の剣の切っ先が“僕”の顎を撫でる。


 奴はなにも言わない。ただじっと、こちらを見下ろすだけ。なにかを含んだ表情で、それ以上なにをすることもなく。


「『……なんとか言ったらどうだ』」


「『黙れって言ったのはどこの誰だったか』」


 口の減らない奴――と、言える状況ではない。言われるのは“僕”の方だ。敵わないと思わされる相手に、どれだけ大声を上げても意味がない。


 殺すなら殺せ、そう言ってしまえば楽なのに。その言葉が出てこない、出せない。悔しさが表情を歪ませる。奴は肩を落として、剣を引く。


「『憎けりゃ追いかけてきな。世界の果てまで、どこでだって相手してやるよ』」


「『……待て!』」


「『悠長にしてられねぇんだ。俺も、お前もな』」


 奴はそれ以上言葉を続けず、背を向けて去っていく。一人、剣を拾い、地面に叩きつけた。


「『くそっ……!』」


 憎い、憎い、憎い。殺してやりたいほど憎たらしい。だが、いまの“僕”では敵わない。もっと強くならなければ、もっと、もっと――。


「はいっ! そこまで!」


 その声がどこから聞こえてきたのかわからなかった。なにがそこまでだ? 負けを認めろということか? このまま奴を追うことを諦めろと?


 振り向けば、なんの苦労も知らなさそうな短髪の男。守る力もない、こんな男に私は負けを告げられたのか? 腹から得も言われぬものが湧き上がってくる。剣を持ち、ゆらゆらと近づく。


 男は驚いたように一歩、また一歩と退いた。おどけた顔も、仕草も、なにもかもが目障りだ。いっそ黙らせてしまえば――


「――ネイトさん!」


「……っ、は……」


 その声が、その名が、全身に染み込んでいくのを感じた。


 ネイト。懐かしさすら覚えるその名は、紛れもなく“私”のものだ。背中に小さな温かさを感じる。振り返れば、桃色の髪をした少女がいた。


「……リオ様?」


「よかった、戻ってきてくれた……!」


「冷や冷やさせやがって」


「イアン様……」


 安心したように息を漏らすお二方。私はいったいなにをしていた? どうして彼女たちは安心した? 安心していたということは、不安だった? いったい何故……。


「も~! 超怖かったんだけど!? ネイトさんめちゃめちゃ入り込んじゃってんじゃん! びっくりしたよマジで!」


「は……ジェフ様、申し訳ございません。私、お芝居は出来ていましたか?」


「いやもう十分過ぎるくらいだったよ……ほんとに殺されるかと思ったよね」


 胸を撫で下ろすジェフ様。大仰な反応だとは思うが、仮にこの声と仕草に嘘偽りがないのだとしたら、そうさせるだけの芝居が出来ていたと捉えていいだろう。


 だが、そうなると問題が生まれる。あのままリオ様が止めなければ、私はジェフ様に切りかかっていただろう。私の意志に反して。となれば、最も恐れていた暴走の可能性がある。


「……申し訳ございません」


「おら、謝ってんじゃねぇよ」


 イアン様の手が私の頭に乗った。ぐしゃぐしゃと雑な動きで撫で回される。初めての感覚に驚いてしまった。振り向くと、イアン様が呆れたような顔で私を見ていた。


「俺が信じられねぇのか」


「……いえ、そのようなことは」


「なら堂々としてろ。お前は誰も傷つけない。俺がいるから」


 その言葉を素直に受け止め、胸を借りることが出来ればどれだけ楽だっただろう。私は依然、恐れたままだ。私ではない“誰か”が人を傷つけることが。


 そんな折、リオ様が「そうだ」と声を上げた。


「ネイトさん、合言葉決めませんか?」


 リオ様の提案の意図がわからなかった。合言葉? 果たして、なんの? イアン様は理解しているようだった。


「なるほど、合言葉ねぇ」


「失礼ですが、合言葉とは……?」


「“ネイトさん”を連れ戻すための合言葉です」


 “私”を連れ戻す。それはつまり、役に沈んだ私を呼び起こすための言葉。そんなものが必要な役者は、役者と呼ぶに相応しいものか。


 ――だが、なりふり構っている場合ではない。


 審判のときは迫っている。情けない自分を憂う時間さえ惜しい。合言葉一つで舞台に立つ可能性が上がるのであれば、私の安い矜持など無用。


「……私の名を」


「名前ですか?」


「ええ。私の名を呼んでいただきたいです。貴女たちの声で、私の名を呼んでください。貴女たちが求めるならば、暗闇の底からでも馳せ参じます」


「わかりました。私も、イアンさんも、あなたの名前を呼びます。だから、ちゃんと帰ってきてくださいね」


「無論です」


 彼女たちが信じてくれている。その事実から目を背けることなどあってはならない。期待されているならば応える。恥じるならそれが叶わないことを恥ずべきだ。


「合言葉はネイトさんの名前……! いい、いいね……! 役から役者を連れ戻すなんて、超ロマンチックじゃん……! よっしゃ! ちゃんと帰って来れるって信じて、もっとどっぷり浸かれるようになろうね! 頑張ろう!」


 ジェフ様も感情豊かに我々を応援している。私の願いは、夢は――もう私一人のものではない。背負うものは多く、決して軽くはない。


 だからこそ、励もうと思える。皆に報い、民を笑顔にするために。やれることをやるだけだと。胸に湧くものを、より熱くさせられる気がした。

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