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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第七章:輝く“星”になって
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“本物”を見せて

「……っと、もういい時間ですね」


 気が付けば夕方。そろそろ門限が迫る頃だ。煙が覆い隠しているにも関わらず、時計を見なくても日暮れを感じられるようになった。慣れるものなんだなぁと思う。


「っし、じゃあ飯にするか。ギル、お疲れさん」


「アレンさん、アーサーさん! これからです、いっぱい頑張りましょう!」


「オルフェ様、今後ともよろしくお願いいたします」


 コーチに選んだだけあって、三人は比較的元気だ。ミランダさんの基礎をしっかりものにしているのもある。ただそれ以上に、運動することに特化した体なんだと思う。


 エリオットくんは獣人化したからだろうか、身体能力は抜群に高い。ネイトさんは騎士としての鍛錬が体作りに貢献している。イアンさんだけは相変わらずわからないけど、初めて会った夜の身のこなしを見るに動けない人ではないことはわかっている。


 一方で、アレンくんたち四人の生徒はくたくただった。いままでは体の動きを教え込むだけだったし、急に音楽に合わせて踊れっていったってそう上手くはいかないよね。ちゃんと労ってあげないと。


「皆さん、お疲れ様でした」


「だはーっ……この詰め込み感、懐かしく感じるぜ……」


「ミランダさんの稽古ってこんな感じだったなぁ……」


「頭が追いつかないが思考に割くと体が遅れるのは如何ともしがたい……」


「新しいことはいつだって刺激的に感じるよ。心身共に、ね」


 それでも諦めていない。折れていない。彼らにはもう、消えない炎が灯っている。それを焚きつけるのは私の役目か、あるいは七人の相乗効果で燃え上がるか。どちらにせよ、成果は出してくれるはずだ。


 ――それくらい、信頼できるようになったんだなぁ。


 ネイトさんやギルさん、オルフェさんを疑っていた時代が懐かしい。それだって数えられるくらい前でしかないのに。もうずっと長い時間を共にしてきたかのような信頼を抱いている。


 彼らとしても、私を信じてくれている。私に人生を預けてくれているんだ。その信頼に応えるのは私の役目。


「おーいみんなー! って、ちょっと騎士さん!? 俺、あの子たちの知り合いなんだけど!? け、剣向けるのはやめてくれないかなぁ~……あはは……」


 その声は誰のものか。私のアイドルのものではない。男性ではある。そして、聞いたこともある。この騒々……賑やかな声って?


 城門の方を見やれば、騎士様が男性と押し問答を繰り広げている。あの爽やかな短髪、大袈裟なボディランゲージ。見間違うものか、紛れもなく“スイート・トリック”のジェフさんだ。


「なにしてんだあいつ……」


「彼一人ということは、我々に用がありそうですね。迎えに参りましょう」


「ジェフさん、お疲れ様です。騎士様、この人悪い人じゃないですよ」


「リオちゃん! イアンさんとネイトさんも! 助かったー! やっぱピエロの格好じゃないと信じてくれないのかな? 素の方が怪しく見えるってなに? それだけピエロがハマってるってことなのかな? それならいいんだけどね!」


 本題に入るまでが長い人だな。この饒舌さが彼の売りなんだとは思うけど、それはあくまで“ジェフ・キッドマンさん”の話。ステージ上の彼は無言でも人々を沸かせるだけの力を持っている。


 こういうところはギルさんに通じるところがあると思う。ちらりと彼を見れば、どこか痒そうにしている。前々から“スイート・トリック”に思うところがあるような素振りを見せているけど、いったいなにがあったんだろう?


「それより、なんの用だ? あんたの方から出向くなんて考えもしなかった」


「そう! 公演までもうそんなに時間ないからさ、俺が出張して見てあげた方がいいと思って!」


「幾らですか」


「出世払いで!」


「ジェフさん、最高にいい男ですね」


 つい親指を立ててしまう。すぐにお金で解決しようとするのは大人の悪い癖だとも思いつつ。


 仕方ないじゃない、社畜ってお金の使い道ないんだもん。でもこの世界じゃまだ無職に等しいのか……アイドルが成功したら陛下ももっと羽振りよく支援してくれるのかなぁ。


「ちょっと中入ってもいい? さすがに表でやったら二人も気が気じゃないでしょ?」


「まあ……まだ、ちょっとな」


「私は特段問題はありませんが、お二人の意向に沿います」


 入り込むタイプのネイトさんにはあまり関係がないようだった。イアンさんは冷静な自分を残したまま演じなきゃいけないから、まだ抵抗があるみたい。それもいずれ……というか、近いうちに払拭してもらわなきゃいけないんだけどね。


「それじゃあ行きましょうか。みんなも、夕飯の準備はもう少し待っててね」


「はーい!」


 元気よく返事をするエリオットくん。アレンくんとアーサーくんの手を引いて駆け出した。ああいうのだよ、私が彼らに求めているのは。かわいいね、あの三人は派生ユニットとしてデビューさせても悪くないかもしれない。


「んじゃま、俺らは先に戻ってるわ。なんかあったら呼んで」


「待っている間に今日の内容を反芻しておこう。一緒にどうだい、ギル」


「そーすっかね。へろへろのご老体を見守る係が必要だろ?」


「ふふ、甲斐甲斐しいじゃないか。いい男になったね」


「へいへい、どーも」


 オルフェさんには敵わないと判断したのか、ギルさんの態度が軟化しているように思える。憎まれ口を叩き合っていたような二人だけど、意外といいコンビになる……? 派生させるにしても様子見が必要かな、まだ。


「それじゃあジェフさん、よろしくお願いいたします」


「はいはーい! どっか借りれる場所ってある? そこまで広くなくても大丈夫! ってか、お城に狭い部屋なんかないか! あははっ!」


 確かにお城に住んではいるけど、私たちに与えられた北の尖塔が荒れていたことや寂れていることは私とイアンさん、エリオットくんしか知らない。かろうじてネイトさんも知ってはいたのかな?


 ちらりと視線を投げかければ、イアンさんは微妙な顔、ネイトさんは変わらずの鉄仮面、特になにも感じていない顔に見える。この顔から心情を窺えるのも私くらいのものだと思う。


 それからジェフさんを北の尖塔に案内する。思っていたのと違ったようで、徐々に表情が気まずそうになっていた。まあ、舌の調子がいいとこういうことにもなるんだね。ギルさんに教えてあげたいところである。


 そうして案内した部屋にはなにもない。鏡もなければデスクもない。だだっ広いだけの空間だ。広さだけで言えば“スイート・トリック”でミランダさんやアメリアさんと話した控え室くらい? 七人、それ以上で利用しても窮屈さを感じない程度の広さだ。


「よしっ、じゃあ気を取り直して始めよう!」


「気を取り直すのはあんただけだぞ。思ってたよりしょぼかったんだろ、ここ」


「そっ、そんなことないよ!? いいじゃんか、趣があって!」


 こんな寂れた空間を「趣がある」って評するのは苦し紛れにも程がある。まあ、彼なりの気遣いだと思って敢えて触れないでおく。二人とも大人だ、私の意図を察してはくれたみたい。


「それでね、ちょっと拙いけど台本書いてきた!」


「ジェフ様が直々に筆を執ってくださったのですね。恐縮です」


「だ、大丈夫ですか? ハッピーコメディになってませんか?」


「リオちゃんが俺のことそういう奴だって思ってるのがよくわかったよね……でも大丈夫! ちゃんと二人をリスペクトして書いてみたよ!」


 この二人をリスペクトして書いたならそれはそれでまずい気がする。恐らく温かい話じゃない。十中八九シリアス台本だ。映えるのは間違いない。ただ、真に迫り過ぎる。


 宰相を追われた者と、アンジェ騎士団の秩序そのもの。この二人から想像しうる台本なんて……。


「イアンさんは訳ありの逃亡者! ネイトさんがそれを追う復讐鬼! しかも剣と剣による大立ち回りもあり! どう? 絶対映えるでしょ!」


「映えちゃ駄目じゃないでしょうか! この二人だとガチに見え過ぎる!」


 思わず声を大にして抗議する。イアンさんとネイトさんはなにも言わないで、これはある意味一世一代の大博打になってしまう! これ以上ギャンブルはしたくない!


 それも声に出さなきゃ意味がない。二人は顔を見合わせ、あっけらかんと。


「いいんじゃねぇか?」


「特に異論はありませんが」


「黙らっしゃい! あなたたちが誤解されるなんてあってはならなことですから!」


「誤解させてなんぼだろ」


 イアンさんのその声に、熱が引くのを感じた。あまりにもあっさりしていたから。まるでそれが自分の役目だと言わんばかりに、当たり前のように。


 ネイトさんを見ても、彼は頷くだけ。そこに迷いや雑念は一切感じられなかった。以前ならば私の語気に逆らえず尻込みするような人たちだったはずなのに。


「役者は“嘘を本当に見せかけること”が仕事だろ? なら、ガチに見える方がいいじゃねぇか。お粗末なもんで興覚めさせる気もねぇ。批判も邪推も、俺とネイトで黙らせりゃあいい。それだけの話だろ」


「イアン様の仰る通りです。彼を信じ、役者を全うする。私の為すべきことはそれだけです」


 二人からは固い決意を感じる。必ずやり遂げる。成功させる。もうそれしか見えてないくらい、真っ直ぐな声音。私が黙らされてしまった。迷いのない声も、眼差しも。私に“信じたい”と思わせる力が宿っていた。


 彼らになにがあったんだ? きっかけがあるとすればネイトさんが塞ぎ込んでいたあの日。結局イアンさんがどうやって彼を再起させたかは聞けなかった。その日がきっかけならば――私が水を差すわけにもいかないか。


「……やれますね?」


「上等」


「無論です」


「わかりました。観客には“限りなく本物に近い嘘”を、私には“本物”を、必ず見せてください。私から言うことは、他にありません」


 この言葉で伝わるはずだ、いまの二人なら。期待、信頼、重圧。エールも重荷も、彼らなら力に変えてくれるはず。私が信じれば、必ず応えてくれる。そう思えることが、思わせてくれることがどれだけ嬉しいか。いまはわからないかもしれない。いつかわかってくれればいい。


「ジェフさん。二人をよろしくお願いいたします」


「……グスッ」


「はぇ……」


「ちょっと待ってよ~! なにその信頼感!? 多くを語らなくてもいい仲って超熱いな!? 絶対成功させてあげたい……! 俺、きみたちが笑顔になる瞬間が見たいよ! 任せて、本気で教えてあげるから! 絶ッッッ対! 成功させてあげるからね! マジで!」


 わかっていたことだけど、本当に感情表現が豊かだな。まあこうなる気持ちはよくわかる。なんなら部外者なら私がジェフさんの立場にもなり得る。内側で悶えるだけに留めるかもしれないけど、自信はない。溢れ出てきてしまうかもしれない。


 二人と顔を合わせ、苦笑い。ここまで本気で感情を出すほど応援してもらっているんだ。絶対に下手なものは出せない。この重圧も、彼らを育ててくれる。そう信じるしか道はない。少なくとも、いまは。

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