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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第七章:輝く“星”になって
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“プロジェクター”

 “スイート・トリック”から振り付けの映像を持ち帰った私。文化開発庁の階段を飛ぶように駆け上り、事務所に特攻。


 ……するつもりだったんだけど、アーサーくん? 扉の前でうずくまってなにしてるんだろう。顔を手で覆って深いため息を吐いてる。なんとなく見覚えのある光景だけど、気のせいかな。


 なにか思い詰めてるなら話を聞いてあげた方がいいか。そっと歩み寄り、彼の肩に手を置く。


「アーサーくん? なにしてるの?」


「は……リオか。いや、なんだ。特になにも」


「嘘おっしゃい。なにもなくてそんな顔するもんですか」


「僕、どんな顔をしていた……?」


「むずむずしたような顔」


 それ以外適当な表現が思いつかなかったのもあるけど、貴族に対して「むずむずした顔してるね」なんて言えるのはきっと私くらいだと思う。それくらいアーサーくんがみんなと馴染んできた証拠とも言えるけど。


 アーサーくんはどう受け取っただろう。怒らせたりはして……なさそう。くるりと表情を変え、なんとなく恥ずかしそうにしていた。痒そうな顔だ。


「……悪いことは言わない。いまは事務所に入らない方がいい」


「はぇ、どうして?」


「お前の話をしているからだ」


 私の話をしている……? けど、入らない方がいい? え、なに? 悪口でも言ってるの?


「アーサーくん」


「なんだ」


「そこを退きなさい」


「話を聞いていなかったのか!? いま入るのはまずい!」


「いいから退きなさい。言いたいことがあるなら面と向かって言えってのよ」


「待て、早まるな……!」


 必死に壁を担うアーサーくんを力任せに退かし、蝶番を吹き飛ばすほど力強く扉を開く。道場破りかなにかか、私は。


「言いたいことがあるならハッキリ言いなさい! 私は受けて立ちますよ!」


「はあ? なんなんだ帰ってくるなり喧嘩腰で……」


 面を食らったような顔をするイアンさん。彼はアレンくんとエリオットくんを抱き締めるように立っている。え、なにこの状況? 私の悪口言ってるんじゃなかったの? 全然そんな雰囲気じゃないし。めっちゃ温かい。三十九℃のお風呂みたい。


 アレンくんとエリオットくんも、ぽかーん。そりゃそうか。いきなり果たし状押し付けられたら誰だってこうなるね。ごめんね、でも私もぽかーんだよ。この三人で本当に私の話をしていたの?


 扉の向こうに隠れたアーサーくんを無理矢理引っ張り、事務所へ連行。私、最近本当に遠慮がなくなってきているな。


「アーサーくん、これどういう状況?」


「あ、いや……お前の話をしていたのは事実だが……その、入らない方がいいというのもまた事実で……」


「ほう? 貴族の坊ちゃんが盗み聞きか。いい趣味してるじゃねぇか、ええ?」


「ランドルフ家のご子息様は盗み聞きが趣味なんだな、へぇ~」


「でも聞かれて困る話はしてませんでしたよ? ね! アレンさん、イアンさん!」


「エリオットの心遣いが時折なにより鋭く感じてしまう……」


 状況が状況ということもあるだろうけどアーサーくんって結構尻に敷かれるタイプなのかもしれない。この場においては抵抗の余地がないし、なんなら一番力が弱い。エリオットくんにだって頭が上がらないだろうし。


 なんとなく空気が和らいだところでアレンくんが笑う。少し、悪戯っぽさを含ませて。


「リオの話をしてたのは事実だよ、教えてあげないけど」


「えっ、どうして……」


「知らなくていいことだから。だよね、イアンさん、エリオット?」


「はい! 知らなくても大丈夫です!」


「世の中知らなくていいこともあんだよ」


 なんだ、この団結力は。いったい私のなんの話をしていたんだ。みんなの表情から察するに悪口ではないはずなんだけど、隠されると気になるのは人の性。


 でも、別に悪口じゃないならいいか。空気も悪くないし、アレンくんとエリオットくんは割と素直に“出る”タイプだから警戒する必要もなさそう。


 だとしたらどうしてアーサーくんは止めたんだろう……? 未解決の謎は新しい謎を生む。これに関しても問い詰める必要はないか。アーサーくんが可哀想だし。


「で、門限を破ってまで稽古場に行った理由はなんだったんだ?」


「あ、そうでした。これです」


「映像端末だね、なにが映ってるの?」


「ミランダさんの振り付け。せっかくだから自主練習用に撮ってもらったの」


「稽古場以外でも踊れるんですね、やった!」


 飛び跳ねて喜ぶエリオットくん。この子は本当に体を動かすことが大好きなんだなぁ。元々の気質なのか、それともエンノイドとして体を得られたからなのか。それか――思い切り甘えられる人たちに囲まれているからか。


 彼の心情を思えば、喜ばしくもあり切なくもある。お姉さんのことを忘れた日なんて一度もないだろう。いまが幸せなら、きっとお姉さんにもそう在ってほしいと願っているはずだ。


 ――きっと、大丈夫。どこかで幸せにやってるはずだ。


 それもそれでお姉さんは複雑なのかもしれない。エリオットくんとはもう何年も会っていないはずだから、彼のことを思えば気が気じゃないだろう。一日でも早く再会させてあげたい。そのためにも、春暮公演で出番を勝ち獲らなければ。


「七人で見るには画面が小さいので、ダンスの適性の高いイアンさん、ネイトさん、エリオットくんを主導で自主練習してもらおうと思ってるのですが……」


「こ、こらっ! なんだお前は、どこから……!?」


 背後から聞こえてきたアーサーくんの声。まさかの侵入者!? いったい誰が……と思えば、彼の膝より背の低い不思議な生き物。アミィだった。


「アミィ? どうしたの?」


「リオのシゴトのおテツダい!」


「リ、リオの知り合いなのか……?」


「うん、友達。手伝ってくれるのは嬉しいけど、なにしてもらおうかなぁ……」


「それ、カして!」


 アミィのかわいいおててが示したのは、ミランダさんから借りた映像端末。“データベース”専用のデバイスって言ってたけど、この世界のものとも接続できるのかな?


 私でさえわからないんだ、他のみんなもぽかーんである。よくわからないけど、一度預けてみてもいいかもしれない。手渡すと、アミィはにっこりと満面の笑みを浮かべて――映像端末を頬張った。


「ワアァァァァアアァァッ!? なにしてるのアミィ!? ぺっ! ぺっしなさい! 他所様からの借り物なの! ぺっ、ぺっ!」


 私が吐き出させようとするより早く、ごくりと威勢のいい音が聞こえた。た、食べた……借り物の機械を食べたよこの子……いったいどう落とし前付ける気なんだ……?


 私含め、皆絶句。そりゃ機械を食べる妖精さんなんか見たことないでしょうしね、そもそもいくら異世界とはいえ機械を食べるっていう概念が存在しないでしょうに。


 絶望に打ちひしがれる私をよそに、アミィの様子が変化する。“データベース”と接続したときのような、機械的な音声が響いた。


『“プロジェクター”をインストールしました。“データベース”の機能としてお役立てください』


「……? え、これもしかして……」


「どうしたの、リオ? いや、まあ混乱するのもわかるけど……」


「さっきの機械、どうなっちゃったんでしょう……?」


「吐き出させるのも酷だよな、こいつは……」


「世界は僕の知らないことで溢れているんだな……」


 どうやらアミィの声は聞こえていないようだ。私――というより“データベース”と接続したときの音声扱いなのだろう。


 だけど“プロジェクター”? 映像を壁に映し出す機械のことだよね。まさかとは思うけど……。


 ものは試し。飲み込んでしまったものはもう仕方ない。立ち上がる私、事務所のなにもない壁に手を翳し――告げる。


「“プロジェクター”」


 するとどうだ、壁にミランダさんの姿が映し出された。凛と佇む彼女に息を飲む私たち。そうして、踊り出す。今朝見せてもらったダンスそのままだ。


 またも言葉を失う私。みんなも同様らしく、初めて見たもののように感動の息を漏らしていた。やっぱりこの世界、映像の技術がそこまで高くないみたい。帝国だけかもしれないけど。


「す、すごいです……! 壁にミランダさんが映ってる!」


「練習しやすくなる、けど……」


「機械はどうすんだ……」


「ゴチソウサマでした!」


「……弁償、だろうな……」


「大切な映像が入っていないことを祈るばかりです……」


 自主練習も効率化できるのはいい。問題は映像端末そのものであって……満足げなアミィの頭を一応は撫でておく。


 それからはイアンさんのツテで同様のものを取り寄せてもらい、翌日ミランダさんの前で床にキスをすることで事なきを得た。顔を上げたとき、彼女の顔が引きつっていたのは早めに忘れたいと思う。

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