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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第七章:輝く“星”になって
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★「叶ったよ」

 時刻は十九時を折り返す頃、事務所には殺伐とした空気が漂っていた。門限が十八時の文化開発庁だけど、イアンさんがピリピリしてるのはわかった。リオが出掛けているからだと思う。隣にいるエリオットもどこか居た堪れなさそうだ。


 イアンさんは父さんよりも時間に厳しいと感じてしまうけど、夜に港に向かう理由もなくなったしオレとしては特に不自由はない。リオは旅人だって言ってたし、あんまり縛られる生活は好きじゃないのかな? 今回は“スイート・トリック”に話があるみたいだったけど。


「リオさん、“スイート・トリック”になんのお話しに行ったんでしょうね?」


「なんの話なんだろうな? オレたちに関係することなのは間違いないと思うけど」


「これからのこと、でしょうか」


 呟くや否や、エリオットは視線を落とす。これからのことになにか不安がある? イアンさんには話を振れそうにないし、話聞くのはオレの役目か。


「不安?」


「あ、いえ……そうですね。不安は不安、かもしれないです」


「話してみな。オレじゃ気の利いた言えないかもだけど」


「……アイドルになって、たくさんの人がぼくを知ってくれたとしても、姉さんに見つけてもらえるかはわからないですよね」


 そっか、エリオットがアイドルになったのってお姉さんに見つけてもらうためだった。不安になるのも仕方ないか。


 いまでこそ現実味を帯びてきたアイドルっていう仕事だけど、聞いたこともない仕事だ。オレだって最初は不安だった。ただ、エリオットが抱えるものは確実に成果が出るものじゃない。だから不安なんだ。


「ぼくが頑張ったとしても、姉さんに出会えるかはわからない。それが、ちょっとだけ……怖くて」


「エリオット……」


 なんて声をかけてあげればいいのか、オレにはわからない。別れを経験してはいるけど、エリオットと違って肉親じゃない。出会わなかった可能性がある子だ。また会いたいとは思うけど、エリオットのものとは比較にならない。


「頑張らないと、って思います。でも、頑張っても会えなかったら……? ぼく、なんのために頑張ったんだろうって思うのが、怖いです」


「――だからこそ頑張るんだよ」


 いままで黙っていたイアンさんの声は、どこか落ち着いているように聞こえた。彼の方を見ると、オレたちを真っ直ぐに見詰めている。


「だからこそ……?」


「頑張っても報われなかったら? 誰だってそう思うことはある。ただ、そこで頑張ることをやめる奴に未来はねぇ。これは事実だ」


 イアンさんの声は力強い。身に覚えがあるのかな、エリオットも感じ取れているみたいだ。でも、そこまで言い切るってことはイアンさん自身のことなんだろうな。


「俺がそうだった。先の見えねぇ中で、やれるだけのことはやった。報われなかったら? 無駄になったら? んなこと考えたってなにも生まれやしねぇんだ。未来を変えられる可能性があるのは、努力し続けた奴だけなんだよ」


 そう語る声に感情が乗っているのがわかった。ただ、読み解けはしない。前向きな言葉なのに、どうしてか切ない。切ないのに、悲しそうには見えない。イアンさんの言葉の裏に、どんな心が隠れているんだろう。


 未来を変えられる可能性があるのは、努力し続けた奴だけ。それで言えば、オレたちはみんな未来を変えられる。いい方向に、幸せに向かって歩いていけるはずだ。オレも、エリオットも、イアンさんも。


「ぼく、姉さんに会えますか?」


「会えるかどうかはお前のいまの努力次第だ。会いたいなら頑張れ、死に物狂いで頑張り続けろ。そうすりゃいつか、積み重ねてきたもんがお前の願いに応えてくれるはずだ」


「……頑張ります。ぼく、姉さんに会いたい。だからいっぱい頑張ります」


「オレたちみんなで頑張ろう。お前一人に頑張らせたり、置いてけぼりにはしないからさ」


「アレンの言う通りだ。お前が一人で頑張ったところで“ニジイロノーツ”は成功しねぇからな。俺たち全員が頑張り続けりゃ、お前の姉貴にも会えるはずだ」


「はい。ありがとうございます、二人とも」


 エリオットの表情は少しだけ晴れた気がした。オルフェを覗けば最年長なんだ、やっぱり頼りになる。


 でも、気になることがある。エリオットがいる中で聞くのは答えづらいだろうけど。いまのうちに知っておきたかった。


「イアンさんの願いは叶ったんですか?」


 オレの問いかけに、イアンさんは押し黙る。やっぱり言いにくいかな。エリオットもどこか期待したような視線を向けている。


「すみません、言いにくかったら……」


「叶ったよ」


 その声はいやにあっさりしていたように聞こえた。安心しているのか、あるいは本当に望んだ形じゃなかったのか。嘘を吐いているようにも聞こえるけど、その声が全てを物語っている気がした。


 不思議な人だと思う。オルフェやギルとは違った掴めなさがあるというか、二人が雲、幻と言うならイアンさんは煙のようだ。二人より身近なのに、結局触れることはできないような。


「理想の形じゃなかったが、ずっと願ってたもんは叶えた。いまはその願いの続きを歩いてんだよ」


「願いの続き、って?」


「……お前らと一緒にいたい、って話だ」


 思いがけない言葉に絶句してしまう。嫌だからとか、そうじゃない。イアンさんがオレたちを大切に思ってくれているのはわかっていた。門限だって、オレたちを守る手段の一つだとも思っていた。


 だからかな、繕うことのない純粋な言葉に驚いてしまった。オレたちと一緒にいたい、それがイアンさんのいまの願い。上手く言葉が出てこないけど、嬉しかった。


「お前ら二人も、アーサーもまだガキだ。一人で出歩かせたくねぇ。ギルやオルフェは危なっかしくて、つい気に掛けちまう。ネイトだってそう。あいつが折れちまわねぇようにできることはしてやりたい。それと……」


 言い淀むイアンさん。誰のことを言いたいかなんて、もうわかってる。エリオットだってそうだろう。そして、きっとオレたちと同じ気持ちだ。


「……リオを喜ばせてやりたい。あいつに笑っててほしい。だから、そのために本気でやってんだ。お前らみたいに目立った取り得なんざねぇが、あいつのために頑張ってんだよ。意地汚く縋ってんだ、お前らにな」


 どこか自嘲めいた声音。元とはいえこの国の政治に関わっていたような人が、オレたちみたいなちっぽけな存在に縋っている。知らない人が知れば、悪く言う人もいるだろう。笑う人もいるだろう。


 ――だけど、オレたちが笑えるはずない。


「嬉しいです、オレと同じ気持ちで」


「嬉しい……?」

 

「オレだってそうでした。歌の先生にも、アーサーにも見捨てられたと思ってた。だけどいま、夢の続きを走ってる。みんなと一緒に。リオが繋いでくれた縁で、リオが示してくれた道なんです。だから、リオのために頑張りたいって思ってます」


「ぼくも同じ、です。リオさんは身寄りのないぼくを心配してくれた。オルフェさんは背中を押してくれた。そうやってみんなと出会えました。だからみんなと一緒に頑張りたいです。リオさんのためにも」


 イアンさんは驚いたような、困ったような顔をする。オレとエリオットのものとは、少し違うのかもしれない。


 だけど、リオがいてくれたから――リオが繋げてくれたいまだから頑張れる。見えない未来のために、これからもずっと頑張っていけるはずだ。


「……生意気なガキ共め」


 イアンさんがオレたちに近づいてくる。表情は険しいけど、オレもエリオットも退いたりしなかった。大きな手がオレたちの頭に乗る。そうして不器用に、乱暴に髪を搔き乱した。


「頼りたくなっちまうよ。最年長だってのに情けねぇ」


「頼ってくださいよ。オレたち、そんなに頼りないですか?」


「ぼくはお手伝いする気でいっぱいですよ! これからも一緒に頑張りましょうね!」


「おう、頑張ろう。みんなで一緒に、な」


 そう呟いたイアンさんの声は、少しだけ震えていた。

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