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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第七章:輝く“星”になって
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正解のない世界の正解

「ごきげんよう、調子はいかが?」


 翌日。アメリアさんの問いかけに、みんなは力強く頷く。塞ぎ込んでいたネイトさんだったけど、いまの彼はどこかいつもより頼もしく見えた。表情自体はそう変わっていないけど、纏う空気が違う気がする。


 みんなの変化に気付いたか、アメリアさんは意味深な笑みを湛える。楽しみね、とでも言いたげに。


「さあ、始めましょうか。前回と同じ内容から、ね」


「よろしくお願いします!」


 そうして発声の稽古が始まる。七人の声は以前よりも力強く、深みがある。アレンくんの指導が上手くハマったのだろう。それに、みんなの心境にも変化があったはずだ。


 アーサーくんとエリオットくんはより絆が深まったようだし、ギルさんやオルフェさんもコツを掴んだからか手探りするようなぎこちなさを感じない。


 とりわけ変わったのは、ネイトさんとイアンさんだ。昨日のうちになにがあったのか、二人は語らなかった。だが、確かにいい作用があったのだと思う。獣人のエリオットくんを除けば最も身体能力に恵まれていた二人だ、こと発声においてはアレンくんにも引けを取らない。


 アメリアさんの瞳に、彼らはどう映るだろう。稽古の行く末を、私は見守ることしか出来ない。やはりもどかしいと思う。デビュー前のアイドルを抱えたプロデューサーの仕事って、なにがあるんだろう。


 先日の復習を終え、アメリアさんが手を叩く。緊張感の漂う空気に思わず固唾を飲んだ。彼女の口からは柔らかく艶っぽい息が漏れた。


「あなたたちは誰?」


「は、は? 僕たちは……」


「アイドル、“ニジイロノーツ”」


 迷うべくもなくそう告げたのは、他ならぬイアンさんだった。戸惑うアーサーくんたちだけど、続いたのは誰より眩しいセンター。


「オレたちはアイドルです。七人で、アイドルなんです」


 アメリアさんが目を細める。口の端には、微かに笑みを浮かべて。アレンくんに続いたのは意外にもネイトさんだった。


「一人として欠けては成立しません。七人で一つです」


「こういうのも悪くないね。初めての感覚だ」


 どこか嬉しそうな声音のオルフェさんが続いた。そうなればギルさんだって黙っていない。頭の後ろで手を組んで、不敵な笑みを浮かべてみせる。


「どうです、アメリアさん。期待が持てるっしょ?」


「期待してください! ぼくたち、本気です!」


 拳を作って訴えるエリオットくん。はつらつさはそのままに、動物的な危なっかしさはなりを潜めていた。彼の有り余る元気は、期待を刺激する。友達がこの様子なのだ、アーサーくんだって腹を括るしかない。


「……出遅れましたが、僕たちの誰一人として、無為に時間を過ごしていたわけではありません。僕たちの意志、伝わっていますか?」


 彼の問いかけにアメリアさんは頷く。そうして彼女は私たちを一瞥する。その目に、成長した彼らの顔が映っているはずだ。大丈夫。私のアイドルは、ちゃんと実をつけている。


 目を伏せるアメリアさん。ま、まさかお気に召さなかった……!? 緊張が走るが、彼女は私たちの背後に声をかけた。


「いいんじゃないかしら。ね、先生?」


「先生……? あっ!」


 いつの間にか、私たちを見守るようにミランダさんが立っていた。気付かれたのが嫌だったのか、彼女は目を逸らしてしまう。意外と照れ屋さんなのだろうか。口が裂けても言えないけど。


「ま、最低限じゃねぇの……」


「そうやって素直に褒めてあげないから新人さんが伸びないのよ? そろそろ自覚してほしいところね」


「うるせぇ、向き不向きがあるだろうが」


「はいはい、そうね。それで、どうしてここにいるの?」


「……振り付けができた」


「本当ですか!?」


 アイドルたちにも負けないレベルの発声で驚いてしまう。昨日の段階でもうすぐ出来そうと言っていたのがせめてもの救いだ。前情報がなければ驚愕の声で稽古場を破壊してしまっていたかもしれない。


 ミランダさんはどこか居心地悪そうな顔をしながら舞台に上がる。そうして私たちに向き直った。傍らに、貸し出した叡煙機関(えいえんきかん)を置いて。


「そこまで難しい振りにはしなかった。だから、気合い入れて覚えろ」


「よろしくお願いします……!」


 舞台上で深呼吸するミランダさん。そうして、踊り始めた。


 アイドルという文化が存在しない世界。そのはずなのに、ミランダさんの体が見せる輝きは、日本のアイドルに引けを取らない。異世界人だからとか、そんな安っぽい理由じゃない。


 彼女が思い描く“偶像(アイドル)”を表現しているんだ。私たちの、彼らの楽曲が橋を渡した。それがいま、最高峰のダンサーによって具現化している。


 私たちはみんな、言葉も出てこなかった。みんなからしてみれば、これがアイドルのダンスかどうかなんてわかるはずがない。だけど、想像はしたはず。馴染みのない旋律、思わず体が動いてしまいそうなステップ。不鮮明だった“アイドル”という存在が輪郭を持ち始めただろう。


 私は日本のアイドルを知っている。ベテランも、中堅も、若手だって網羅していた。その私でさえ、感動と興奮で言葉を失ってしまった。正解のない世界だ、これを正解にすればいい。これが、帝国がプロデュースするアイドルの姿だ。


 ミランダさんが動きを止める。しんとした空気の中、私の拍手が響いた。続くようにアレンくん、他のみんなも手を叩く。


「どうだ? アイドルらしくできてるか?」


「……感動、しました」


 声は震えている。目の奥から込み上がってくるものを感じた。いずれ目の当たりにする輝きに満ちた未来が、目から溢れようとしているんだ。


「この振り付けで、お願いします。この振り付けがいいです」


 多くを語ることができない。言葉を尽くして称賛することができない。感情ばかりが湧き上がってきて、言葉は形になる前に溶けてしまう。ミランダさんは機嫌を損ねるだろうか。私が妥協していると思うだろうか。


 そう思われたとしても、私はあのダンスを、七人に踊ってほしいと思った。心の底から、嘘偽りなく。


「……新鮮な気持ちだよ、あたしにとっちゃ」


「はぇ、それはどういう……?」


「そうよね。あなたを褒めるとき、誰もが飾った言葉を贈るものね」


「アアッ!? ごごごごごめんなさい! あのっ、違うんですよ!? なにも言えないくらい感動してしまって! その、私の故郷特有のアレなんです! 聴き馴染みのない表現で恐縮ですが、マジで尊いって思ってしまって……!」


「尊いってなんだ、あたしは神様か」


 そう言って笑うミランダさんの表情はただ愉快そうだった。気を悪くしているわけではないらしい……? アメリアさんの言葉は少し意地の悪いものに聞こえたが、どちらも不愉快になっていないならいいか。


 実際のところ、ツテのない状態で稽古のみならず振り付けまで手伝ってくれているのだ。神様という表現もあながち間違ってはいない。


「っし、なら明日からはこの振り付けの練習だ。お前ら、体は鈍っちゃいねぇだろうな?」


「とーぜん。おっかない先生の期待には応えたいもんでね」


 ニヤリと笑うギルさん。こういう挑発的なところは彼らしいし、彼が作り出した空気にみんなも乗ってくれる。ムードメーカー……という表現よりは切り込み隊長と言った方が適切かもしれない。


 勿論、それに本気で怒るミランダさんではない。彼女もまた意味深な笑みを浮かべて七人を睨み付ける。


「虚勢じゃねぇって証明してみな」


「証明してくれますよね、皆さん?」


「うん。オレたち、半端な気持ちでやってないです。見せつけます、本気。そうだろ、みんな」


 アレンくんの言葉に頷く六人。本当に頼もしいセンターに育ってくれたと思う。彼は今一度ミランダさんを真っ直ぐに見据え、告げる。


「よろしくお願いします!」


 彼の礼に六人が続く。ミランダさんはなにも言わず、アメリアさんも微笑むばかり。彼らは止まらない。どこまでだって走っていける。世界の果てまで、進んでいける。


 アイドルを見る目だけは確かなんだ。彼らの成功を信じ、楽しみにしているのは、いつだって私が一番。それくらいの気持ちで、みんなのためにできることをやっていこう。成長した彼らの背中が、そう強く思わせてくれた。

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