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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第七章:輝く“星”になって
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★「信じろ」

 リオたちの姿が見えなくなったのを確認して、扉を叩く。ネイトから返事はない。部屋にいないのか? だとしたらいったいどこに?


「ネイト、いるか? いるなら返事だけでいい、してくれ」


「……はい、います」


 扉の向こうから聞こえる声は弱い。あれほど凛々しく、騎士の鑑と言われた男とは思えない。扉を隔てた先にあるのは帝国の剣ではなく、ネイト・イザードという人間だった。


 ひとまず、ネイトの心情を聞き出さないことにはどうにもならない。話してくれるとも考えにくいが、ここで踏み込めなければ俺は二人を裏切ることになる。


「なにがあった? お前がそこまで塞ぎ込む理由がわからねぇ」


 ネイトは悩みを打ち明けるには覚悟がいると言っていた。気持ちが整っていないなら答えられないとは思うが、こちらとしても悠長に待っているわけにはいかない。


 明日にはアメリアの稽古も待っている。こんな調子で臨めば、ネイトだけ先に進めないなんてこともあり得る。リオはそれを望むはずがない。俺になにができるかなんてわからない。


 それでも、いま。目の前で仲間が困っている。見て見ぬ振りなんてできなかった。


 少しばかりの沈黙。扉の向こうから小さな音がした。傍まで近づいてきたのだと思う。


「……情けない話(ゆえ)、覚悟が必要だったのです」


 そう語るネイトの声は微かに震えていた。こんな姿、一度も見たことがない。かつてはロボットのようだと思っていたが、短期間でここまで人間らしさが芽生えていることに驚いた。


 覚悟が必要だった。その言葉から、覚悟は決まったのだと理解する。話をしてくれるなら、俺もしっかり向き合わなければならない。


「話してくれ」


「……エチュードの際、私は私じゃなくなっていました。正直なところ、あの一瞬の記憶が曖昧です。ジェフ様が終わりと告げなければ、私は……イアン様の首を絞めていたと思います」


 それは俺も感じていたことだ。役に入り込むタイプの証明にもなった。それはネイトの武器でもあるし、暴走しないためにも俺がいる。


「そういう流れを作ったのは俺だ、お前が気に病む必要はねぇ」


「気に病むという表現も正確ではありません。……少し、怖くなってしまったのです」


「怖く……?」


 役にのめり込むことが怖い。俺には想像がつかない。あれだけ没頭できるなら、役者として確かな評価をもらえるだろう。なにを恐れている?


 言葉を失っていると、ネイトは消え入るような声で続けた。


「……騎士として、戦ってきました。私の意志で剣を取り、守るために戦ってきました。全て“私”が決めたことです。ですが、役に呑まれて誰かを傷つけてしまったら? それは私の意志と言えるのか? 私の体で、私ではない何者かが誰かを悲しませたら? ……そう考えて、怖くなってしまったのです」


 ネイトの役への入り込み方は尋常ではなかった。自分を捨て去るような、役に全てを委ねるかのような。捨て身の芝居とも言えるかもしれない。


 その結果――文字通り、我を忘れて役を全うしたら? 題材によっては、人を傷つけてしまうかもしれない。ネイトが不安に思うのも仕方がないとは思う。


 だが、こいつは気付いていない。その悩みが、他ならぬ俺を傷つけていることを。ぐっと拳を握り、悔しさから唇を噛む。こっちの気など知る由もなく、ネイトは続けた。


「私が芝居に溺れた結果、イアン様を傷つけてしまったら? リオ様は悲しむでしょう、エリオット様は私を恐れてしまうかもしれません。……私は、本当に芝居をしていいのでしょうか?」


「――おい、開けろ」


「は……?」


「ツラ突き合わせて話せ。俺の顔を見て、同じことが言えるか」


「……合わせる顔など……」


「逃げるな。お前と向き合おうとしてるんだぞ。騎士が礼儀を欠く気か」


 ネイトは真面目な奴だ。ずる賢いやり方ではあるが、こうすれば応じてくれるはず。沈黙が続くが、やがてドアノブが音を立てた。鍵が開いたのだとわかった。


 俺にしかできない仕事だ。絶対にやり遂げる。ネイトを立ち直らせられる奴なんて、俺しかいない。意を決して、扉を開く。


 照明は点いている。ネイトはベッドに腰を下ろしたまま俯いていた。俺に一度目を向け、浅く礼をする。


「……失礼いたしました、お見苦しいところをお見せして……」


「んなことはどうでもいい。俺の話を聞け」


 大股でネイトに歩み寄り――胸倉を掴む。突然のことで驚いただろう、初めてこいつの目に動揺が映った。その目を真っ直ぐに射貫いて、告げる。


「テメェ、舐めてんのか」


「は……は?」


「俺はそんなに頼りないか? 俺は無力か? お前が役に呑まれて、俺を殺してしまうかもとか考えたのか? 驕るんじゃねぇよ!」


 怒声はネイトの胸に届いただろうか。元々表情に乏しい奴だが、いまは見たことのない顔をしている。微々たる変化ではあるが、俺にもわかる。


「いいか! テメェが一人で出来ねぇことは俺がフォローしてやる! 絶対だ! 俺がテメェを完璧にコントロールしてやる! 俺に任せろ! テメェは堂々と役を全うすりゃいいんだよ! わかったか!?」


「で、ですが、私の至らなさが……」


「ごたごた抜かすな! 言い訳ばっかうるっせぇんだよ! 俺がテメェを信じさせてやる、テメェを名優に仕立ててやる! だから! ……俺を、信じろ」


 口にするのを嫌った言葉。信頼に足る生き方ができているなんて思っていない。ただ、ここで言わなければいけない気がした。一生、自分を信じていられなくなりそうで。


 なにより、リオが俺に任せてくれた。この瞬間だけは、あいつと自分に誇れる俺でいなきゃならねぇ。


「……し、信じ、ます……」


 ネイトの声には混乱が滲んでいた。正常な判断が下せていないのかもしれない。


 だが、それでいい。こいつは真面目で素直な奴だ。いま納得しきれなくても、いずれ納得する。させてやる。それは俺の責任だ。半ば騙すようなやり方になってしまったが、間違っていなかったと証明しなければならない。


 ひとまず距離を取るべきか。幾らなんでも凄み過ぎだ。


「すまん。感情的になっちまったな」


「あ、いえ……正直、意外でした」


「意外? って、なにがだ?」


 問い質すが、ネイトはなにか言い淀んでいる。また覚悟が必要なほど言いにくい内容なのか?


「その……私にそこまで真剣に向き合ってくださるとは思わず……」


「はあ? なんだそりゃ、エリオットだってやってることじゃねぇか。なにがおかしい?」


「いえ……私は、人間らしくないので、一人の人間として接してくださることが、なんと言いますか……」


「なんなんださっきから、はっきり言え」


 あれだけ機械的にものを言っていたネイトがここまで躊躇するとは思っていなかった。この反応こそ、こいつの人間らしさも同然だとは思うが、本人はそれを自覚していないようだった。


 急かさず言葉を待っていると、俯くネイト。深い呼吸音の後、絞り出すような声で語った。


「……嬉しかった、のだと、思います」


「――っ、そうか」


 思わず言葉を失った。ネイトの口から「嬉しい」という言葉が出てくることに驚いてしまった。心が芽生えていなきゃ、そんな言葉は出てこない。


 帝国の剣として生きてきたネイトが、嬉しさを感じることができている。こいつの目的は叶ったも同然だ。いまここにいるのは、紛れもなく“ネイト・イザード”だった。


「お、おかしいでしょうか?」


「いや、んなことねぇよ。まあなんだ、気の利いたことなんざ言えねぇが……お前はちゃんと、人間らしくなってるよ」


「さ、左様でございますか……」


「なんだよ、疑ってんのか? グループの中じゃあお前と俺が一番長い付き合いだろ。見てりゃあわかる。だから、なんだ。お前はありのままいればいい。リオもエリオットも、それを望んでると思うぞ」


 ネイトは黙る。納得しようとしているのだと思う。あまり喋り過ぎても疑わしくなるか? こちらも黙っていると、やがてネイトは控えめな笑みを浮かべた。


「リオ様も同じことを仰っていました。ありのままでいいと」


「ならちょうどいいじゃねぇか。余計なこと考えねぇで、お前はお前のまま突っ走ってけばいい。お前が走り続けられるように俺たちがいるんだ、もう迷うんじゃねぇぞ」


「かしこまりました。ありがとうございます、イアン様」


 改まって礼を言われるとむず痒いものがある。なんとなく視線を逸らしてしまうが、これもいい加減やめた方がいいんだろう。


 役目は全うした。後は本番、ネイトとの芝居を完璧にやり遂げる。そうして初めて、俺は自分を認めてやれる気がする。そのためにやれることは山ほどある。


 ――全力を尽くせ。俺にできることなんざ、それしかねぇだろ。

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