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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第七章:輝く“星”になって
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明かす覚悟

 あれからジェフさんとの打ち合わせも終わり、文化開発庁への帰路に着いた私たち。馬車の中では二人とも沈黙している。


 気のせいだろうか、なんとなく空気の固さを感じた。お芝居はお芝居だけど、役を引き摺っているのかな?


 どちらかといえば、ネイトさんの空気がいつもと違う。エチュードが終わってから様子が変だ。なにがあったんだろう。それとなく探り入れてみようか。


「お二人とも、予定にないエチュードでしたが成果はありましたか?」


「あ? まあ、今回は即興だったから流れが強引だったが、脚本さえしっかりしてりゃあどうにかなりそうじゃねぇか? なあネイト」


「……は、ええ。そうですね。イアン様がリードしてくださっているので」


 やっぱり調子が悪そうだ。イアンさんに目配せすると、彼も同じことを感じていたらしい。小さく頷き、二人でネイトさんを見詰める。


「なにかありましたか?」


「俺に遠慮するな。至らないところは改善する。思ったことを言え」


 真っ直ぐに、真摯に問いかければ答えてくれるはず。ネイトさんは嘘を吐けない人だ、誠実さには誠実さを返してくれる。


 ネイトさんは目を伏せた。これも見慣れない。落ち込んでいる……とも違う。どこか暗く、弱々しい。いったいなにがあった?


「……申し訳ございません」


「言えねぇ、ってことか」


「はい。口にするには、私としても覚悟が必要です」


「それなら無理強いはしねぇ。だが、一人で抱え込むなよ。必ず話せ、いいな」


「……かしこまりました」


 正直予想外だった。ネイトさんがこうも言い淀む原因がさっぱりわからない。彼の中のなにが躊躇させているんだろう。この様子だと、落胆したというよりはなにかがショックだったようにも思えるけど……。


 それから城に帰るまでの間、ネイトさんは一言も発さなかった。元々口数の少ない人だったけど、今回は毛色が違う。どちらかといえばネガティブな沈黙だった。イアンさんにとっても異例の事態なのだろう、敢えて触れることはしなかった。


 なにがあったのか、後でちゃんと話してもらわないと。アイドルの精神面のケアも私の仕事だ。ネイトさんはこちらから尋ねなければ話してくれない気がするし。


 =====


「お先に失礼します……」


 城に到着すると、ネイトさんは真っ先に部屋へと戻っていった。あんまり一人にしたくないんだけどなぁ……彼としても自分の中で整理する時間が必要なのだと思う。食事の後にでも部屋に行こう。イアンさんも一緒に。


 事務所までの階段を上っていると、イアンさんがため息を吐いた。大方ネイトさんのことだろう。


「参ったな……」


「イアンさんも初めて見たんですか?」


「ああ、あいつは一本芯が通ってた。それは帝国の剣としてのプライドからくるものだったんだろう。それがいまは“ネイト・イザード”っつう人間に偏ってる。だから、人間らしく迷ったり落ち込んだりするようになったんじゃねぇかと思う」


「……喜ばしいことではあるんですけどね」


 人間としての在り方に迷っていたネイトさんに人間らしさが芽生えるのは、素直に喜ぶべきことだと思う。だけど、ここで気持ちが落ちるのは少しだけ不安だ。


 明日はアメリアさんの稽古がある。本調子で臨めなかった場合、彼女には努力不十分に映るかもしれない。それは私としても、本人としても不本意のはずだ。なるべく早く話を聞いて、回復してもらわないと。


 事務所に戻れば、先程の三人に加えてギルさんとオルフェさんの姿があった。五人集まるのは珍しく思う。


「ただいま戻りました。珍しいですね、五人も……」


「おかえり。リオとイアンさんだけ? ネイトさんは?」


「先に部屋に戻っちゃって……少し落ち込んでたっぽいんだ」


「ネイトさん、落ち込んだりすんだな。意外だわ」


「僕にも想像がつかないな……感情の起伏が穏やかな人だと思っていた」


 驚くギルさんとアーサーくん。その気持ちもわかる。ネイトさん、しっかり向き合わないと本質に辿り着けないもの。その点ではエリオットくんが一番近いところにいるのかな?


 彼を一瞥すると、然程驚いた様子もなかった。この子は最初からネイトさんのことを人間として扱っていたし、そういう時期が来るのもすんなり理解できるんだろう。幼いのに、そういうところはしっかりしている。


「彼もれっきとした人間だ。気持ちが不安定になることもあるだろう。塞ぎ込んだ心を解き放つのは自分自身だけど、僕たち他人はそれを手伝うことが出来る」


「じゃあオルフェはなにが出来んの?」


「泣けるエピソードを歌って聞かせよう。涙はストレスの発散に最適だ、任せてほしい」


「すごく効果はありそうですがネイトさんのはそういう類いの落ち込み方ではないので……」


 オルフェさんの語りで泣けるエピソードはものすごく効きそう。弱ってるときならうっかり胸を借りたくなるかもしれない。


 とはいえネイトさんが塞ぎ込んでいる原因はわからないままだ。いまの彼を余計に混乱させるようなことは避けるべきだと思う。となると、やはり少し時間を置くべきか。


 とか思っていたら、エリオットくんが唸り始めた。うーん、この子もなにをするかわからない。


「ネイトさん、心配だなぁ……ぼく、ちょっとお部屋に行ってきますね」


「いやぁいまは……って、もういない!?」


「善は急げか、俺たちも行くぞ。あいつ一人じゃ力不足だ」


「は、はい! それじゃあみんな、ご飯はもう少し待っててね!」


 お母さんみたいな言葉だなぁ、などと思いながらエリオットくんの後を追う。余計なことをする子じゃないとは思うけど。


 エリオットくんはネイトさんの部屋の扉を控えめに叩いている。返事はないようで、扉は開かない。私とイアンさんも駆け寄り、扉の向こうに声をかける。


「ネイトさん、いま大丈夫ですか?」


 やはり返ってこない。相当塞ぎ込んでるようだ。本当に、彼の中でなにがあったんだろう。それを話してくれないと手の施しようがない。


 なんとかしたい。気持ちだけが逸り、扉を殴りそうになる。察したイアンさんが腕を掴んだ。あれ、デジャブ……。


「お前らは戻れ。俺が対応する」


「はぇ? イアンさんが?」


「ぼく、ネイトさんの力になりたいんです!」


「気持ちは汲む。だが、それがネイトにとって重荷かもしれねぇだろ」


「っ……! ぼく、邪魔ですか……?」


「邪魔とは言ってねぇよ。お前の優しさはちゃんと伝えとく、安心しろ」


 イアンさんはエリオットくんの頭を優しく撫でる。いつもの乱暴さはなく、子供を諭すような大人の手だった。エリオットくんもそれに逆らうことはせず、か細い声で了承した。


「リオ、ネイトのことは俺に任せてくれ」


「はい、よろしくお願いします」


 いま、私たちの出番はない。ここはイアンさんに任せるべきだ。私の言葉も、エリオットくんの言葉も、彼に寄り添いこそすれど立ち上がる力は与えられない。


 それはきっと、イアンさんだからできることなのだ。肩を貸すとも違う。彼らの間にあるのは“友情”ではない。それ以上のなにかで繋がっている気がする。


 エリオットくんの肩に手を添え、離れるよう促した。信じていればいい。イアンさんもネイトさんも強い人だ。必要以上に干渉することもない。“ニジイロノーツ”の年長組だもん、絶対に大丈夫。

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