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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第七章:輝く“星”になって
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感動の共有

「だっ、ええっ!? ストップストーップ! なにやってんですかあんたたち!?」


 慌ててステージに駆け出し、ネイトさんに後ろから掴みかかる。無理矢理引き剥がそうとするが、そこは戦士の体。私程度の力じゃびくともしない。アイドルなんだから顔に傷がついたらどうするの!?


 焦っているのは私だけじゃなく、ジェフさんもだった。なぜか私をネイトさんから離そうとする。止めるんじゃない! 私のアイドルになにかあったらどうするつもりだこの人!?


「落ち着いてリオちゃん! これ芝居、芝居だから!」


「アイドルッ、アイドルの顔に傷がついたら! ……って、しば、芝居? え?」


 しばい? これが? いまにもドンパチ始めようとしてるのに? ……って、二人が驚いたようにこっち見てる。あれ、本当にお芝居だったの?


「リオ様? 如何されましたか?」


「お前なぁ……エチュードやるっつったろうがよ」


「はぇ? いやいやネイトさんの顔すごかったんで……『ぶっ殺してやる! ぶっ殺してやるからな!』みたいな顔してましたけど……」


「リオちゃん、結構物騒な言葉使うね……?」


 やばい、ジェフさん引いてる。いや、私が物騒な言葉使うよりネイトさんの顔の方が衝撃的だったと思うんですけども。それより、あんな顔ができるくらいには表情筋が息を吹き返してきたんだ。そこに驚き。


「まあ、試みとしては手応えありじゃねぇか?」


「試み?」


「ネイトさんには“天涯孤独”、イアンさんには“殺人犯”っていう設定で演じてもらったんだ。念のため、最初から見てもらおっか!」


「や、やり直すのか……!?」


 どうして渋るんですか。私に見られるのが恥ずかしいのかこの男。格好いいはずなのに、変なところで日和るんだから。ネイトさんは特段恥じらいもないようだし、腹を括ってほしい。


 ――って、こういうときに背中を押すのが私の仕事か。


「見てみたいです。ネイトさんにあんな顔をさせたお芝居」


「……っ、わかったよ。やりゃあいいんだろ」


「リオ相手に恥ずかしがってたら路上でなんてできないから! さ、思いっ切りやっちゃいな!」


 ジェフさん、私が敢えて言わなかったことを言わないでください。事実なんですけどもね。これにはイアンさんも覚悟を決めたらしく、ネイトさんと視線を交えた。


「いけるか?」


「無論です」


「――っし、始めるぞ」


 その言葉をきっかけに、ネイトさんの空気が変わった。普段の無機質さはなりを潜め、どこか儚げで消え入りそうな繊細さを纏う。ここまで変わるなら、役者としてはもう完成しているのでは……?


 イアンさんもまぶたを閉じて集中する。ジェフさんが私に手招きした。離れて見ていろ、ということか。彼の隣に移動する。そうして、手を叩いた。始まりの合図だ。


「『ごきげんよう、一人ぼっちのお兄さん』」


「『……? あなたは誰?』」


 そこにいるのは、私の知る人物ではなかった。最初の一声でわかる。イアンさんはどこか含みのある、幻影のような不安定さを放っている。ネイトさんは本人の気質に近しいところもあるが、頼りなさやか弱さが出ていた。


 このやり取りだけで、いったい誰が二人を芝居の素人だと思うだろう。世界が狭まるのを感じる。私の世界は、彼らが作る世界と一体化していた。


「『なに、きみの家族の顔見知りさ』」


「『父さんと母さんを知っているんですか?』」


「『ああ、鮮明に覚えているよ。忘れようもない。幼かったきみを僕の目が届かないところへ隠し、命と引き換えに守った。勇敢で聡明なご両親だったね』」


「『……? あなた、なにを……』」


「『随分大きくなったものだ。あのとき殺さなくて正解だった』」


「『……! まさか……』」


 男の素性を察しただろう、ネイトさんが掴みかかる。なるほど、この場に私が居合わせたわけだ。そりゃ誤解もする。ネイトさんの顔、怒りと恨みで歪んでる。言葉通り、親の仇を前にしているのだ。こうなるのも当たり前。


 イアンさんは口の端を釣り上げる。見たことのない、邪悪な顔だった。悪意と狂気が唇の隙間から漏れるような、根っからの悪。全ての元凶。思わず肌が粟立った。


「『一人で寂しかっただろう? 安心するといい、僕が送り届けてあげよう』」


「『ふざけたことを言うな……! 両親の下へ逝くのはあなただ! 殺してやる……死んで二人に詫びろ! この人殺しが!』」


 ネイトさんの手がイアンさんの首に伸びる。次の瞬間――ジェフさんの手が再び乾いた音を鳴らした。


「はい、終わり!」


「……! は、終わり……ですか」


「はー、台本がねぇから冷や冷やしたぜ……」


 まばたきした一瞬、ステージにいるのは“天涯孤独”と“殺人犯”ではなかった。紛れもなく、ネイトさんとイアンさんだ。ジェフさんの声で戻ってきたのだろう。なんだかんだ、私も現実に引き戻された気がした。


 ジェフさんがステージに駆け上がり、二人の手を握り締めた。エリオットくんみたいに尻尾が生えてたらぶんぶんだと思う。それくらい、機嫌が良さそうだった。


「二人とも本当に素人!? ちゃんと芝居になってたよ! ネイトさんが声荒らげるのなんてミカエリアの誰も見たことないんじゃない!? イアンさんもそう! ガラ悪そうに見えるけど、怪しい男を演じられてた! すごい、すごいよ二人とも! センスの権化か才能の化け物か……! 俺、めっちゃ感動しちゃった!」


「感動? こんな殺伐とした内容なのにか?」


「いい芝居見ると感動しちゃうんだよ役者は! グッとくるもの見せられたらさ、胸の奥がじーんとしてくんの! 体がうずうずして居ても立っても居られなくなんの! 二人の芝居にはそれくらい力があった! 熱を感じたよ! わかる!? この気持ち!」


「めっちゃわかります」


「リオちゃんマジで!?」


 二人を差し置いて即答する私。きょとんと目を丸くする二人を他所に、ジェフさんの体がぐるんと勢いよく私の方を向いた。オタク、怖い……いや、私も似たようなものなんだろうけど。


 アイドルのライブに行ったり映像で見たりするとね、胸が熱くなって感動が込み上げてくるんだよね。息が漏れて、涙も流れてくる。これ、衝動なんだよね。感情を突き動かすだけの魅力があるって、すごいことなんですよ二人とも。


 それからは二人を置いてけぼりにして、ジェフさんと噛み合ってるようで噛み合ってないオタク語りをした。ジャンルは違えど心が震えた経験に関しては共有できる……と、思う。

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