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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第七章:輝く“星”になって
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殺伐なステージ

「いらっしゃい! いやー、最初はリオちゃんだけだったのにね! ネイトさんとイアンさんも来るなんて、やる気満々じゃん! 大好きだよ!」


 自身の楽屋に私たちを招いたジェフさんは、エリオットくんとはまた違ったタイプの天真爛漫さを見せる。二人は突然の告白に少し困惑していた。まあ同性からじゃそうなるよね、恋愛的な意味でないことが明らかだとしても。


 ひとまず路上パフォーマンスの件は後々詳細を話してもらうことにして、私たちは“スイート・トリック”の稽古場を訪れた。明日はアメリアさんの稽古もあるので、出来る限りスムーズに今後のスケジュールをまとめていきたい。


 ジェフさんはまた備え付けの冷蔵庫から適当な飲み物を私たちに差し出してくれる。気が利くのか、世話焼きなのか。おもてなしだと考えるならば、きっと気が利く人なのだろう。それもまた彼の人柄に好感度を上乗せする要因であると思う。


 ……女性人気はワーストらしいけど。


「それで、明日に備えての打ち合わせだったよね! きみたちに必要な稽古についてまとめちゃおう! 特に、イアンさん!」


「ああ、よろしく頼む」


 しっかりと頭を下げるイアンさん。コネで宰相という立場に就いたなんて叩かれてたけど、この腰の低さや仕事への誠実さなんて、誰も知らないんだろうな。


 果たして路上でのお芝居でそれが払拭されるのか、いまはわからない。ただ、直向きに取り組んでくれていた。なにかしら人々の胸に残るものを見せてくれるはず。


 ネイトさんだってそう。彼はお芝居にのめり込むタイプの役者のようだし、それはつまり真に迫るものを提供できることの裏返しでもある。周りが見えなくなるということもあるだろう。


 そこをフォローするのがイアンさんの役割になる。自分でお芝居を制御できないネイトさんを、イアンさんが操る。お芝居の素人にできるようなことではないはずだ。


 とはいえ私も素人だし、否定するのは簡単なこと。実際に可能かどうかは二人の頑張りに委ねられている。二人とジェフさんが主体になって始まった打ち合わせは、意外にもとんとん拍子で進んでいる。


 やる気も目的も明確だからこそ、前向きな意見が溢れるように出てくる。わあ、すごい。企画会議みたい。こういう会社、両極端だよね。やる気だけが先行して空回りするパターンと、じっくり煮詰めて成功を収めるパターン。


 この三人はどちらだろう。考えてはみるものの、失敗するビジョンは見えなかった。路上でのお芝居は、ジェフさんの許可が下りてから実行する方向に話が固まっていたから。


 じっくりと、慎重に。名が知れている分下手なものは見せられない。私含め、この場の全員がわかっている。だから失敗しないと確信できた。


「――よっし! 二人とも、ステージ行こう!」


「あ、あれ? どうしてそんな流れに?」


 思考に割いていたからか、話の流れが見えなかった。三人の視線が私に集まる。うっ、居た堪れない。ジェフさんがニカッと笑った。あ、死ぬ……?


「エチュードしに行くんだ、イアンさんの練習!」


「えちゅーど……?」


「即興劇のことだ。人物設定だけ割り当てられて、そっからは自由に芝居する練習法。本で読んだ程度の知識だが、間違ってないか?」


「大正解! イアンさん、勉強してきてんじゃん!」


 イアンさんの素早い回答に、ジェフさんニッコニコ。素人だと思っていた人間が多少なりとも知識をつけているのを見ると、やる気が感じられるんだろうな。仕事では勉強熱心な子が嫌われることなどそうない。


 ネイトさん、気にしてないかな……? 表情が固い。緊張している……ようには見えないけど、焦りは感じてるかな? イアンさんとはスタート地点が同じなだけに、余計に。


 機嫌が一段階上がったジェフさんに押されてか、イアンさんはむず痒そうに目を逸らす。素直じゃないんだから、この人。


「ま……ただの付け焼刃だよ」


「いい、いい! 知識があるのとないのとじゃ全っ然違うんだから! さあ、ステージ行くよー!」


 ぐいぐいと二人の背中を押すジェフさん。うーん、この二人に関しては強引に動かすくらいの人がちょうどいいのかもしれない。公演が終わったらまた各地を飛び回るんだろうけど、タイミングが合えばまた指導していただきたいところ。


 三人の後を追う。そのとき、ステージ側からミランダさんが歩いてきた。私に気付き、いつものさっぱりとした顔を見せる。うーん、改めて見ると本当に綺麗だな、この人。


「よう、お疲れさん。あいつらなにする気だ?」


「お疲れ様です。お芝居の稽古……みたいです。三人で話が弾んじゃって、ジェフさんがぐいぐいとステージへ運んでいきました」


「ハハッ、元宰相と騎士が振り回されるとはなぁ。うちのピエロは怖いもの知らずもいいとこだわ」


 愉快に笑うミランダさん。ジェフさん、確かに躊躇も遠慮もなさそう。人懐こさと、子供のような純粋さがそうさせているのかもしれない。


 楽しい方がいい、楽しむことに全力。オフの場では特に彼の本質が出ているような気がした。ステージ上のジェフさんももっとしっかり見てみたいと思う。


「そうだ、リオ。振り付けの件なんだが、もうすぐ完成しそうだ」


「ええっ!? 本当ですか!? 七人分の振り付けですよ!?」


「七人分っつっても、なにからなにまで未経験の奴らだ。時間もないし、ひとまず覚えやすい形になるように動きのパターンを抑えた。ダンスのキレと歌唱力でごまかすことになるな」


 さすがに最初から高度な振り付けを押し付けはしないか。出番を与えるなら成功率の高そうなものを選ぶよね、納得。


 とはいえ、アイドルの振り付けは各々がバラバラに動くことも少ない。全員が共通のものを踊ることが多く、慣れるまではオリジナルの振り付けは控えた方がいいかもしれない。


 ゆくゆくは振付師も雇いたいところだけど、アイドルに似合うものは現状私にしか再現できないし、しばらく保留かな。


「なにからなにまで……お力添えいただきありがとうございます」


「かしこまんなよ。あんたらの借りはオルフェに拳骨でチャラだ」


 実質最年長にここまで体を張らせることに申し訳なさを覚える。オルフェさんの意見も尊重してあげたいんだけど、なんか彼、長生き故に大概のことを「些末な問題さ」で片づけてしまいそう。


 アイドルの負担になるようなことはなるべくさせたくないけど、彼のコネに甘えなければままならないのも現状か。デビューライブを成功させて、パイプを太くしていきたいものである。


「んで、あいつらのとこ行くのか?」


「はい、そのつもりです」


「そうか。振り付けが完成したら連絡するわ。アイドル……ってのを知らねぇから、それっぽく出来てるかチェックしてくれ」


「は、はい……! よろしくお願いします……!」


「おう。じゃあな、お疲れ」


 ミランダさんの背中を目で追い、ステージに向かう。歩いて一分とかからないのに、私の頭は信じられないほどの速さで回転していた。


 私がミランダさんの振り付けをチェック……? アイドルらしい振り付けじゃなかったら、駄目出ししなきゃいけないの……? 花形相手に……素人の私が……? ええ……心が死んでしまう……。


 深い、それはもう深いため息を吐きながらステージに着くと――口から心臓が飛び出そうになった。


 ネイトさんが、イアンさんの胸倉を掴んでいたのだ。

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