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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第七章:輝く“星”になって
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見届けてください

「はあ……」


 イアンさんに助けられて文化開発庁に戻りはしたものの、みんなへの挨拶はそこそこに自室へ直行。引き籠っていた。ため息が止まらない。それくらい、昼間の行いを悔やんでいた。


 自分を否定されるのなんて約十年でどれだけあったか、耐性はついていたはずなのに。軽く流せるはずだったのに。どうして暴力に訴えようとしてしまったんだろう。


 枕に顔を埋め、またため息。私、こんなに煽り耐性低かったっけ……? この世界に来てから強烈な精神攻撃にあんまり出くわさなかったし、平穏に慣れ過ぎたのかもしれない。


「……情けない」


 独り言ち、ベッドに寝転がる。ジェフさんとの打ち合わせもあるのに、こんな気持ちじゃ彼に失礼だ。しっかり仕事モードに切り替えないと。


 そう思った矢先、扉が叩かれた。誰だろう? 発声練習は終わったのかな?


「リオ様、よろしいでしょうか」


「……ネイトさん? はい、どうぞ」


「失礼します」


 まさかと思いつつも聞き間違えることはなく、姿を現したのはネイトさんだった。どうしたんだろう、相談事? ……が、あるようには見えなかったけど。


 客人は客人、ベッドから起き上がってネイトさんを迎える。


「お疲れ様です、びっくりしました」


「は、驚かせてしまい申し訳ございません」


 表情は相変わらず。感情が窺えない以上、用件が皆目見当つかない。沈黙で向かい合うのもまずいし、ひとまずおもてなしの準備だ。


「えっと、飲み物淹れますね。少々お待ちを」


「いえ、お構いなく。リオ様の様子を確認しに来ただけです」


「はぇ? 私の様子……?」


 もしかしてこの人、私を心配してくれている? 表情からは全くそんな気持ちが窺えないものの、嘘を言えるような人じゃないのも知っている。恐らく、言葉通りだ。


 予想外の出来事ではある。だから呆然と立ち尽くしてしまった。ここでようやくネイトさんの表情筋が動く。あ、少しだけ眉が下がった。目も細くなった。さては落ち込んでるな?


「浮かない顔をしていらっしゃるように見えましたので、お体が優れないのかと……」


「……ありがとうございます、ご心配おかけしました」


「お気になさらず。それで、体調の方はいかがでしょうか?」


「ばっちりです。ほら、元気」


 両腕を曲げて力こぶを作ってみせるが、ネイトさんにこの伝え方が正解かどうかはわからない。ただ、少しだけ表情が和らいだ……ように見えた。


「つ、伝わってます……?」


「ご安心ください、伝わっておりますよ」


「あ……」


 微かにネイトさんの口角が上がったのを見逃さなかった。ケネット商店で話したときからは想像もできない進歩だ。本人が自覚しているかはさておき、確実に人間らしさが出てきている。


 言葉を詰まらせた私を見て、ネイトさんは再び不安を滲ませた。


「なにかご不満が……?」


「アッ! イエ! 違います! すごく自然な笑顔だったもので……!」


「は……私、真の笑顔を見せられていましたか……?」


 やっぱり無自覚だったようだ。そもそも彼の言う“真の笑顔”を自覚した上で意図的に作れたとしたら、その笑顔は偽物だ。彼にとっては知らないままでいいのかもしれない。


 心が動いたとき、湧き上がってくる感情が笑顔を生む。ネイトさんにはその都度、最高の笑顔を見せてほしい。まだ見ぬファンだって、きっとそう思ってくれるはずだ。


「はい、心からの笑顔でしたよ!」


「ど、どのような表情でしたか?」


「教えません」


「な、何故です……!?」


「そのままでいいんです。自然な笑顔が出てくるくらい、ネイトさんは変わりました。だから、そのままでいいんですよ」


 ネイトさん、ピンと来ていないようだ。でも、それでいい。この人はきっと、不器用なままでいいんだ。笑顔を知らなくても、ふとした拍子に見せる衝動的な微笑みだけでファンを魅了できる。


 いずれは笑顔でステージに立つことも覚えてほしい。だけどいま、デビューの前のいまはありのまま、小細工なしのネイトさんで臨んでほしい。


「……このままで、いい……」


「はい。少なくとも、ここにいるネイトさんはアンジェ騎士団の“ネイト・イザード”じゃない。あなたが知りたいと願った“ネイト・イザードさん”ですよ」


 依然、釈然としていない様子のネイトさん。彼がアイドルを目指したきっかけは「騎士でも剣でもない自分自身を知りたい」という衝動からだ。そのための一歩はとっくに踏み出せている。


 まだまだ序盤。だけど、これからも進んでいける。そうしていつか、目的地に辿り着けるはずだ。いまのネイトさんなら。


「だから大丈夫です、そのままで。それが一番の近道です、きっと」


「……知らないままでいいこと、というのもおかしな話かと思います」


 あまり納得しきれない、かな? そりゃそうか、心の底から知りたいと願っていたことだから、余計に。


 ――と思っていたら、笑った。今度ははっきりと、少し困り気味に。


「ですが、それも私らしさでしょうか。至らぬ身でどこまで行けるか、見届けていてください」


「……! はい、楽しみにしてます」


 いまの笑顔も良かった。とは、敢えて言わなかった。真面目で不器用なネイトさんは、きっと考えてしまう。そうなると、いまの一番いい状態の彼が色褪せてしまうかもしれない。


 手探りで挑戦を続けられるネイトさんでいてもらうために、いまの笑顔は私の中で大切にしまっておくことにした。


「ところで、話を戻してしまうのですが……ジェフ様とは会えたのですか?」


「ああ、いえ。さすがに稽古中だったので時間を改めて向かおうかと。十八時に到着するようにするつもりです」


「なるほど。差し支えなければ、私も同行させていただいてもよろしいでしょうか?」


「構いませんよ、ジェフさんにご用ですか?」


「ええ、お芝居についてご助言を頂きたく思っておりまして」


 つくづく真面目な人だと思う。聞いた感じ感覚派の役者になりそうだけど、なにか参考になるかもしれないし。あらかじめジェフさんに連絡を取っておこう。


 ネイトさんの気遣いに元気を貰えたことだし、ひとまず伝煙で話だけしておこう。ああ、彼も成長している……喜ばしいことです、本当に。

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