★家族みたいに大切だから
「――よし、今日はこの辺りにしとこう。明日はアメリアさんの稽古が待ってるから、感覚忘れないように復習しといてくれよ」
気が付けばもう十六時。真剣に取り組むみんなを見てオレも刺激されていた気がする。それに、二日間の自主練習ではみんなのことがより見えた気がした。
アーサーとネイトさん、イアンさんは少し遅れてたけど、コツを掴んでからの成長は早かった。最低限、アメリアさんが望むラインには達していると思う。喉声になることもあるけど、二日間でここまで成長したのは純粋にすごい。
エリオットは早々にコツを掴んでいたし、元々要領のいいギルは一番に成果を出していた。発声に関して、オレから見れば特段問題もなさそうに見える。エリオットは真っ直ぐな発声でくせがなく、ギルは少ししゃくりが入っているように聞こえる。それはみんなとのバランスを見て矯正すればいい。
オルフェはアイドルになる前から歌っていた身だ、なんの心配も要らない……と思ってたけど、声量に少し難がある。吟遊詩人とはいえ、ステージで歌うよりは語って聞かせる発声方法だから、そこはアメリアさんからまた指示を貰った方がいいかもしれない。
「みんな、オレが思ってたよりずっと早く変わってると思う」
「そりゃどーも、お褒めに与り光栄です」
「アレン様からそのお言葉を頂けたのは僥倖ですね」
茶化すようなギルの口調と、丁寧を尽くすネイトさん。対照的ではあるけど、これも個性だろうか? アイドルとしてデビューしたら、どっちが好きかで分かれたりするんだろうな。
「正直自信はないが、お前が言うなら成長しているんだろう。素直に受け取っておく」
「卑屈になっても仕方ねぇからな。少しは良くなってると思っておく」
アーサーとイアンさんは舞い上がることもなく、むしろ控えめ過ぎるくらいの姿勢だ。なにをそんなに気後れすることがあるんだろう? 現実的というか、変に冷めてるように感じる。
「ぼくたち、みんなで稽古受けられるかな……!?」
「発声という点で秀でたアレンが言うんだ、誰一人欠けることなく次のステップに行けるさ」
「だといいなぁ……! えへへ、楽しみです!」
エリオットは素直でいい。飲み込みも早かったし、教えた甲斐があったと全身で表してくれている。オルフェはやっぱり達観しているというか、一歩引いた目線だなぁと感じる。一緒に歌う仲間なのに。
「一応、オレが感じたみんなの課題も一人ずつ説明していくね。アーサーから……」
「あ、ああ。よろしく頼む……」
またこれだ、どうしてこんなに及び腰になるんだろう? 負い目を感じてる? もういいって、母さんと三人で話したのに。
まあここで指摘する必要もない。ひとまず目を瞑って、一人一人の課題を伝えていった。意外……っていうのもおかしいけど、オレの言葉を素直に聞き入れてくれた。オルフェやギルなんかは反論してくると思ってたけど。
「……とりあえず、そんな感じ。頭の隅にでも置いておいてくれれば」
「サンキュ。持つべきものは有識者の友だわ」
「勉強になるよ。知らないことを知るのは幾つ歳を重ねても新鮮でいい」
「オルフェ様は現在お幾つなのですか……?」
ネイトさんの質問に、なぜかオレが肝を冷やした。みんなは特に気にしていないようだ。
なんか……エルフに年齢を尋ねるのって、女性に年齢を尋ねるのにすごく似ている気がする。話したくないこともあるというか、知られたくないこともあるというか。
オルフェは笑う。気のせいか、少しだけ愉快そうだった。
「僕は今年の秋明で六十歳になるよ」
「六十歳……人生の先輩ではあると思っていましたが、三十歳以上も離れていたとは……」
「オルフェさん、おじいちゃんだった……!?」
「そう、おじいちゃん。気持ちは若く在りたいものだね、ふふっ」
驚きを隠せない様子のエリオットにも寛容な態度を見せるオルフェ。六十年で積み重ねた心の余裕みたいなものを感じる。他のメンバーがどう思っているかはわからないけど。
「そういえばリオ、帰ってきてから部屋に籠ってるね」
「すげぇ顔してたけど、なんかあったんすか? イアンさん、一緒に返ってきてましたよね?」
ギルの問いかけにイアンさんは曖昧な声を出しながら視線を逸らす。言っていいものかと悩んでいるみたいだ。まあ女の子だし、あんまり触れてあげない方が紳士的かな?
やがてイアンさんはため息交じりに口を開く。視線は外したまま、少し言いにくそうに。
「俺らを管理するなら大人になってくれ、って注意しただけだよ。あいつもまだガキだからな」
「まあ、リオはオレとそう変わらない年齢に見えますし…子供といえばその通りかもしれないですね」
「僕たちと共に成長していけるということだろう? それはそれで喜ばしいじゃないか。僕たち八人、皆で歩いていける。足並みを揃えて進んでいける。美しい関係性だと思うよ」
リオと、オレたち。歌って踊るのはアイドルの七人だけど、寄り添ってくれるのはリオだけ。七人まとめてじゃなくなることもあるだろう。一人一人に寄り添う時間だって生まれてくるかもしれない。
リオにかかる負担だって、オレたちが活躍すればするほど大きくなっていくるはずだ。一人じゃ疲れてしまうと思う。
――そういうとき、オレが力になれたらいいな。
センターに据えられたからとか、アイドルに誘ってくれたからとか、そういうのじゃない。リオのことは家族みたいに大切で、なんだか放っておけない。いっぱい助けてもらえたから、これからはオレがあの子を助けていきたい。強く、そう思う。
「じゃあ、解散しよっか。みんな、お疲れ様」
「お疲れ様。そうだ、エリオット。少し僕に付き合ってくれないか?」
アーサーの誘いにエリオットはぴょこんと耳を立たせた。嬉しそうに手を挙げて駆け寄っていくのは友人というより兄弟にも見える。境遇は真逆にも見えるのに。
「はーい! アーサーさん、今日はどこに行きますか?」
「ダンスの基本的なステップだけは教えておきたいと思ったんだ。市街地に大きな運動場があるから、一緒にどうかと思って」
「体動かせるんですね、やった! 行きます!」
「アレンもどうだ?」
「は? オレも?」
誘われるとは思っていなかったせいで、ものすごく気のない返事をしてしまった。後悔は先にできないもので、アーサーは少しだけ表情を翳らせる。エリオットも耳をしょんぼりと垂れさせた。
「僕らと一緒は……」
「嫌ですか?」
「ちがっ、違う! 誘われると思わなかったからびっくりしただけだよ! 一緒に行こう!」
「門限は十八時だからな、忘れんなよ」
イアンさん、本当にお父さんみたいだよなぁ……十八時は早すぎると思うけど、言わない方がいいかな……?
三人で返事をすると、満足げに頷くイアンさん。示し合わせたわけではないが揃って苦笑を見せて、市街地へ向かっていった。