私じゃなきゃ嫌だと
「私の仕事、って……」
「んーと、マネージャー? なにやるか知らないけどさ、あんたみたいな人が出来るならあたしらにもできそうだし」
三人の女性はげらげらと笑う。この子たちはなにを言っているんだ? 芸能人のマネージャーがそんな軽い気持ちで務まるものか。
だいたいなんだ? 私みたいな人にできるなら? なにも知らないのによく言えたものだ。この世界よりよっぽど芸能人を身近に感じていた私でさえ全うできていないのに。
「で、返事は? オッケーでしょ?」
「……お断りします」
「はあ? なんで?」
断られる理由がわからないようだ。芸能人のマネジメントなど、言ってしまえば彼らの人生に寄り添う覚悟がなければ務まるはずがない。自分の人生を擲って、彼らの現在と未来を常に考え、彼らの幸せに尽力する。それがマネージャーだろう。
それに、あの七人は私が選んだアイドルだ。おいそれと他人に任せるような無責任なことはしたくない。彼らに対して失礼極まりない。
「私が選んだからです。あなたたちのような軽薄な方には任せたくありません」
「あたしらのどこが軽薄そうに見えるわけ?」
声に怒気を感じる。ただ、その程度で引き下がるようなやわな精神ではない。こちとら十年近く精神攻撃に遭い続けた筋金入りの社畜だぞ。ちゃちな脅しに怯むものか。
「彼らのことも知らず、なにをするかも知らず。明確な目的やビジョンを持たないあなたたちに務まるはずがないと思ったからです」
「じゃあお前はあんのかよ!」
脇にいた一人が吠える。視線を交えるが、怯んだのは相手の方だった。迫力が出ていた? なんにせよ、いま畳みかければ立ち上がれないだろう。社畜の魂は隙を逃さない。
「私の目的は帝国の芸能界に新たな風を吹かせること。そして、この世界に星より目映い光を見せることです。人々に笑顔を届ける――人々の心の支えになれるエンターテイナーを輩出する。そのための七人です」
「……! なんだ、饒舌になりやがって……」
「ふーん、じゃあそれいただき。あたしらは、あの人たちで帝国変えちゃう。あんたじゃなくてもできそうじゃん?」
「……っ!」
私じゃなくてもできそう……? アイドルの管理も、プロデュースも……私じゃなくてもいい?
ふざけるな。私がどれだけ考えて、苦しんで、迷って、みんなと向き合ってると思ってるんだ。私だけじゃなく、アイドルたちも軽んじるような発言に堪忍袋の緒が切れた。
拳を握り、振り被る私。もう誰にも止められない――そう思った矢先、振り下ろそうとした腕を掴まれた。男性の、大きくたくましい手だった。
「お前じゃなきゃ無理だ」
「イアンさん……?」
振り返ると、心配そうな面持ちのイアンさんがいた。練習はどうしたんだろう? どうしてここに? 私を追いかけてきたのだろうか。少しだけ呼吸が乱れている。
思わぬ人物の登場に、三人組は一歩たじろいだ。やはり弱そうな私を狙っていたのか、姑息な人だ。
「も、元宰相!?」
「おう、正解だ。それよりお前ら、こいつになんて言った?」
「なっ、なにも言ってません!」
「私の仕事を全部くれ! 私程度にできる仕事なら誰がやってもできるでしょって言ってましたよ!」
言い逃れなどさせてやるものか! 人に危害を加えるならば報復を覚悟して来い小娘共! 社会の厳しさと大人の狡猾さを教えてやる!
私の告発を予想していなかったらしい、慌てて逃げていった。もう少し知恵をつけて出直してきなさい!
騒ぎが収束し、深いため息。なにはともあれ助けてくれたイアンさんにお礼を言わないと。
「イアンさん、ありが――」
「お前、殴ろうとしたな?」
その声は鋭く、怒りが滲んでいた。見たことのない表情と、聞いたことのない声。以前、文化開発庁に帰らなかった日とはまた違う。純粋に怒っている。
「あ……え? いや……」
「はぐらかすな。お前、殴ろうとしただろ」
「っ……は、はい……」
ただただ威圧的な声音に、たまらずどもってしまう。彼の怒りの原因が私にあるのは確かだが、ここまで怒っているのは初めて見た。
イアンさんは呆れたようなため息を吐き、直後――私の脳天に拳を振り下ろした。
「痛ったぁ!?」
「……お前が手ェ出してどうすんだ。俺らに示しがつかねぇと思わなかったのか」
「だ、だって! あの子たち、皆さんのことなんてなにも考えてなかった! 許せなかったんです! 私に人生を預けてくれた皆さんのことを軽んじてたんですよ!?」
「だとしても暴力は駄目だ。……俺が言えた義理じゃねぇけどよ」
居心地悪そうに視線を逸らすイアンさん。まさかこの歳になって暴力駄目、絶対と諭されるとは思わなかった。
――だけど、助かった、かな。
ここで“私”を肯定するようなことがあれば、この人と“私”の関係性などその程度だったのだろう。彼はきちんと心配した上で、叱ってくれている。それがわかる。だから、助かった。私が増長しないように、落ちぶれてしまわないように。引き留めてくれたんだ。
「……ありがとうございます、イアンさん」
「礼を言われる筋合いはねぇ。ほら、一旦帰るぞ。ここにいるってことは、ジェフには会えなかったんだろ?」
「ええ、お察しの通りで……」
「頭冷やしてから行け、いいな」
そう言って私の頭を撫でるイアンさん。うっかり、目頭が熱くなる。
みんなを支えていかなきゃいけない立場なのに、こうして助けられてしまっている。頼りなさ、無力さを実感した。
悔しくはある。だけど、そのままうずくまる私じゃない。もうみんなに心配をかけさせないよう、一層大人で在ろう。みんなの人生を預かっている身なのだ、足場が揺らいでいては話にならない。
やることは一つ。私じゃなければできないことを証明する。他ならぬ私自身に。もう二度と、自分を疑わないように。みんながステージで輝けるように、私にできることを模索する。
「イアンさん」
「あ?」
「マネージャーは私じゃなきゃ嫌だ、って。心の底から思わせます」
決意を示す。口だけにならないように。私にとっても意地の張りどころだ。イアンさんはずっと、私に意地を張ってくれている。それに応えるのは私にしかできないこと。
彼は沈黙の後、頭を乱暴に掻いた。むず痒そうに唸るイアンさん。
「……最初っからお前以外いねぇと思ってるよ、バァカ」
「はぇ……ふふっ、はい。ありがとうございます。もっと頑張ります」
「おう、頼んだぞ」
恥ずかしかったのか、イアンさんは顔を私の逆方向に向ける。男らしさはあるのに、妙なかわいさを感じるときがある。強面な見た目とは裏腹に、内側は意外とシャイなのかもしれない。
でも、男の人に「かわいい」と思っていいのかな……? ティーン組はともかくとして、イアンさんは……?
まあ、二一歳なんて若造か。かわいいかわいい。私の方が年上だもの。イアンさんだってかわいいものです。