「ちょーだい」
「おや、リオ様。本日はどういったご用件で?」
「こんにちは。ジェフさんとお話したかったのですが、お時間取れそうでしょうか?」
「確認して参ります。少々お待ちを」
もはや警備員さんに恐れを抱くこともない。どうしてこうなってしまったのか。ただの旅人だったというのに。
ステージの方へ走っていく警備員さんの背中を目で追いながら“データベース”を起動する。検索ワードは“アーサー”。彼は現状、イアンさんやネイトさんの次に批判が目立つ。
貴族が庶民の見世物になるとはランドルフ家も落ちたものだ。貴族の風上にも置けない。恥知らずのボンボンなど……彼に対して批判的なのは、専ら貴族のようにも思える。
庶民側の意見を取り上げれれば、貴族が身近なエンターテイナーになることを喜ばしいことだ。ランドルフ伯爵はいつも民のことを考えられている。ご子息にも社会経験を積ませようとしているなど……アーサーくんのアイドルデビューを都合よく捉えている者も少なくなかった。
「エリオットくんは……まあ、批判するところがないよね。いまはただの天真爛漫な男の子だし……」
グループ内で最も批判が少ないのがエリオットくんだった。他のメンバーに比べると知名度やインパクトに欠ける部分がある。彼の魅力は人柄、キャラクター性にあると思う。
実際にデビューするまで、あるいはアーサーくんとのダンスを披露するまでは日の目を見ることが出来ないだろう。その分、人目に触れられれば誰もが彼を愛するはず。それだけの魅力がエリオットくんには内在している。
「……どうしたらあの二人、仲良くなれるのかなぁ」
「リオ様、お待たせしました」
奥から警備員さんが戻ってくる。その表情は心なしか申し訳なさそうだ。
「おかえりなさい。どうでしたか?」
「まだ稽古の最中ということもあり、十八時頃にまたお越しいただけますと幸いです」
「かしこまりました、お手数おかけしてすみません」
一礼し、稽古場を後にする。現在の時刻は十一時を過ぎた頃。さすがに早すぎたようだ。まだ七時間もある。時間を潰すにしても一人だと持て余すだろうし……。
「……ケネット商店に顔出してこようかな」
稽古場からは歩いても到着する。そろそろ忙しくなってくる頃合いだし、たまには親孝行しないと。本当の親じゃないけど、肉親のように愛情を持って接してくれるいい人たちだ。恩返しは出来るときにしておきたい。
市街地へ出ると路傍に馬車が並んでいた。陛下が手配してくれたものとは少し異なり、せいぜい二人乗れる程度の小さなものだ。緑色の鞍は少人数が短距離を移動する際に利用するタイプらしい。
馬車は公共交通機関の一種で、緑の鞍はタクシーに近い。人通りの多い路傍に停まって利用客を待つか、あるいは伝煙などで呼ばれるのを待つか。たくさん買い物をした人や長時間歩く体力のないご老人が利用する印象があった。
陛下や“スイート・トリック”が手配してくれたものは大人数を乗せて移動するタイプのもので、鞍の色は金色だった。大きな幌もついており、おかしな言い方かもしれないがVIP御用達の高級車だ。
加えて乗員数も多いので、タクシーの側面もありながら実際の用途としてはバスに近いのかもしれない。
「……あ、いまお金ないや……」
ジェフさんと打ち合わせをするためだけの外出だったので持ち合わせがなかった。となると、歩いて向かうのがいいか。ここからケネット商店までは三十分もあれば到着するだろう。
お昼のピーク前に着けばいい。などと考えていたら、私の前に三人の女性が立ちはだかった。顔に覚えがない、誰だろう? 真ん中の女性――見たところ十代と二十代の境目だ。表情は険しい、因縁でもつけられるのだろうか?
「あ、あの……?」
「あんた、一般人でしょ?」
「はぇ、まあ、そうですね……」
「なんで“スイート・トリック”の稽古場に出入りしてるわけ?」
「アッ……!」
しまった、そういうことか。“データベース”でそのような不満が挙がっていることは知っていたけど、まさか私に降りかかるとは思わなかった。
まあ私以外みんな男の子だしね! 顔もいいし! 因縁つけるなら私が最適よね! 舐めやがって!
落ち着け私、相手は子供。私はアラサー。大人の対応をしなければ。深呼吸を一つして、しっかり目を見て話し始める。
「一般人ではありますが、団員の皆様からは許可を頂いています」
「だから、なんで許可貰ってるわけ? おかしくない?」
「私以外にも男性が七名出入りしておりますが、彼らはエンターテイナーの卵です。私は彼らのマネージャー。傍にいることを許されてもおかしくないと思いますが、如何ですか?」
「やっぱおかしいでしょ。元宰相と関わりがある時点でおかしくない?」
「それに関しましては奇跡といいますか巡り合わせといいますか……」
正直、イアンさんと再会出来なければアイドルをプロデュースするなど夢のままだったと思う。彼がいつかの“私”と出会っていて、この地で再会した。
だからこそ夢の道が拓けたとも言える。条件はかなり厳しく、一歩退けば断崖絶壁の現状ではあるが、やっと手が届くところまで来た。私にとっても奇跡に等しい展開ではある。
納得はいっていないようで、脇に立っていた二人の女性が私の肩を掴んできた。手が出ますか!? 異世界ってやっぱり物騒だ!
「わけわかんねぇこと言ってんじゃねーよ!」
「気に食わねぇんだよお前!」
「……っ! 事実を申し上げたまでです!」
こんなに人通りの多いところで騒ぎを起こせばどうなるか! 騎士様は! なにをしている!? こういう場所こそ警戒すべきでしょうに! 周りにいないなんて!
「やめな」
真ん中の女性が二人を制する。あれ、意外と理性的……? まあそっか、四方八方から視線を感じる。年頃の娘が大きい声で威嚇されたら気にはなるよね。とりあえずどなたか、騎士様を呼んできていただけませんか……?
二人が道を開け、リーダー格であることが判明した女性は私の胸倉を掴む。やっぱり喧嘩する気満々じゃないですか!?
「まあ言えないならいいよ。納得はしてないけど」
「納得させるのも無理な話だと思っております、はい……」
「だからさ――あんたの仕事、あたしらにちょーだい」
「……は?」
無邪気、という言葉がよく似合う。一切悪気の感じられない厚顔無恥な提案に、開いた口が塞がらなかった。