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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第七章:輝く“星”になって
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★ここに在る

 アレンの指導の下、発声練習を行っている。ミランダさんの指導を乗り越えた後だからか、少しばかり生温さを覚えてしまう。しかしおざなりにやっているわけではなく、欠点やミスをきちんと指摘もしている。


 恐らく、アレンがそう教わってきたからだろう。あいつが発声を教わったのは子供の頃だ。いまの僕たちは当時のアレンに等しい。なにも知らない子供を相手に怒声を撒き散らすようなことはしないだろう。


 だからこそ、のびのびと取り組むことが出来る。成長が実感出来る程ではないが、少しずつ、出来なかったことが出来るようになっていく喜びを感じられてはいた。


「アーサー、力入ってる。喉から出てるぞ」


「は……そ、そうか」


「ハミングで感覚掴んで。アメリアさんが言ってたろ、力んだ声じゃ保たないって」


「わかった」


 僕は皆から少し離れ、ハミングを始めた。声を出そうと意識するほど喉が緊張する。それを解消――というより、声を出そうとする意識を取り除くのがハミングだ。


 極めて簡単な練習法で、鼻の奥で音を響かせるように息を送り出す。これを繰り返していると、声を出そうと意識したときより少ない力で音を響かせることが出来る。


 これを続けて気付いたことがあった。“声という音を出す”ではなく、“息に音を乗せる”という考え方だ。息に音を乗せる歌い方は喉で音を作るものと違い、喉に割く意識や力が大幅に減る。


 まだ無意識に出来る領域ではないが、これをものにすれば長時間歌い続けることも可能になってくるだろう。


 ――自然と、笑みが零れた。


「アーサーさん、ご機嫌ですね!」


 視界の端から飛び込んできた天真爛漫な笑顔。エリオットだった。突然のことで、つい上体を仰け反らせてしまう。


「エ、エリオット? どうした? 僕、変な顔をしていたか?」


「嬉しそうな顔でしたよ! 区切りがいいし、休憩しようってアレンさんが言ってました!」


「そ、そうか。皆のところへ行かなくていいのか?」


「アーサーさんは来ないんですか?」


「あ……それもそうか」


 不思議そうに尋ねるエリオットを見て、つい苦笑する。なにも後ろめたいことがないのだから、皆に混じっていればいいじゃないか。いったいなにに怯えていたのか。


 エリオットの素直さ、純粋さは僕にはないものだ。そして、きっと一生かかっても身に着けられない。環境の違いが生んだ差、それが個性というものなのだろう。


 ――だからこそ、気付かされることも多い。


「ありがとう、エリオット」


「うん? えへへ、どういたしまして! さ、行きましょう!」


 手を引かれ、皆の輪に混じる。アレンが笑みを浮かべているが、微かに意地の悪さが窺えた。


「いじけてたのか?」


「違う。練習に夢中で遅れただけだ」


「アーサーさん、頑張ってましたよ!」


「エリオット様も頑張っていましたね」


「それな。正直伸びしろダントツじゃねーの?」


「ほんとですか!? やったー!」


 諸手を上げて喜ぶエリオット。これだけ素直に感情表現していたらすぐに疲れそうなものだが、獣人故の体力ということだろうか? なんにせよ、ボーカルも伸びているなら焦りが生まれる。


 獣人であるエリオットの身体能力はイアンさん、ネイトさんに匹敵するほど高いはず。となれば、二人で踊る難易度も高くなるだろう。


 路上パフォーマンスにおける僕たちの役割は、決まった振り付けのないダンスで観客を盛り上げる。そして、リードするのはエリオットだ。フォローに回るのは僕。こいつに合わせられるだけの身体能力が、果たして僕にはあるのか? 判断する術がない。


 リオはそこまで“視”えるのだろうか? だとしたら彼女に判断してもらうのが正確か。課題も“視”えるようだし、エリオットと踊る上で足りない部分を指摘してもらった方がよさそうだ。


「皆さん、お疲れ様です。休憩中ですか?」


 そんなことを考えていると、リオが降りてきた。途端、アレンの顔が引きつったのを見逃さなかった。彼女もそれには気付いたようで、少しだけ困ったような顔をする。


「私、まだ信用されてない?」


「ち、違うよ!? ただ、反射みたいな……?」


「ふふ、ごめんね。ちょっと意地悪しちゃった。大丈夫だよ」


 昨日は心底から悲しんでいるように見えたが、思いのほかあっさりしているようだ。リオは僕たちとそう変わらない年齢のはずだが、こういうところに妙な余裕が垣間見える。


 元々は旅人だったようだし、精神面は強いのかもしれない。女性は強かだというし、世界各地を回っていたなら肝も据わるものなのだろう。子供扱いされるのはどことなくむず痒くはあるが。


「アーサーくん、エリオットくんとは仲良くやれてる?」


「ああ。エリオットには助けてもらってばかりだがな」


「え? ぼく、助けてますか?」


 心当たりがないのも純粋であるが故か。こいつは正しく愛される人間なのだと実感する。裏表がなく、取っつきやすい。笑顔が多く、感情表現が豊か。こういった等身大の人間は、心の距離を自然に縮めやすい。


 環境や育ちが僕とは正反対に等しいが、エリオットの気質はリオが求めるアイドル像にぴたりとハマっているように思える。アレンがセンターではあるが、エリオットも注目や関心を集める素質があるような気がした。


「お前が知らないところでな。頼りない友人だが……な、仲良くしてくれ」


「仲良くしましょう! ぼくの知らないこと、いっぱい教えてくださいね!」


「ああ、任せておけ」


 エリオットの頭を撫でてやる。こういった触れ合いも、ここに来るまでにはなかったことだ。貴族の社会では毅然と在らねばならなかったから。


 ランドルフ家の子息である僕が舐められてはならない。ここにいる間だけは、その重圧から解放される。僕が求めて止まなかった“僕自身”がここに在るように感じた。


「……そうだ、リオ。僕とエリオットを“視”てもらえないだろうか」


「いいけど、どうして?」


「そろそろ僕たちも動き出したい。現状でダンスの適性の差を確認出来るならそれに越したことはないだろう?」


「そういうことなら。二人とも、並んでくれる?」


「はーい!」


 エリオットと並んで立つ。浅く息を吸い込み、僕たちを見詰めるリオ。


「それじゃあ“視”させてもらうね。――スキャン」

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