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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第七章:輝く“星”になって
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★逃げない理由

「さて、と。一通り揃えたが……なにから手をつけりゃあいいんだか」


 稽古に一区切りをつけて、一人。自室で頭を抱えていた。目の前に積まれているのは芝居の教本。ジェフに稽古つけてもらうとはいえ、必要最低限を身に着けるなら稽古外の時間で済ませちまった方がいい。


 リオの手前、大見得を切っちまったとは思う。芝居の素人が制御不能の役者をコントロールするなんざ大博打もいいところだ。失敗すればネイトに食われる。それじゃ意味がない。


 元宰相イアン・メイナードと、アンジェ騎士団のネイト・イザード。二人が揃って認められなけりゃあ春暮公演で出番を貰えない。


 ――そのために、出来ることはやっとかねぇと。


「……初心者向けのこれから読んでみるか」


 手に取ったのは『演技初心者がまずやるべきこと』。わかりやすいタイトルだ。いまの俺に一番必要なものが書いてあるはず。


 まず最初に目につくのは体作り。ストレッチやトレーニングのやり方が写真付きで記されている。この辺りはミランダの稽古をこなしてきたから大丈夫だろう。復習と合わせてやっていけばいい。


 続いて、発声の仕方。これについてはアメリアの稽古があるから手を抜けない。芝居と歌の発声に違いがあるかはわからないが、両方とも気合いを入れなければならない。


 となると……芝居に必要なものは? ジェフが言っていたのは、脚本と役への理解。体作りは継続するとして、これに関しちゃ場数が必要か……? 芝居の教本よりも、市場に出てる脚本集を漁るべきだったか。


「効率悪ィな、クソッタレ……」


 元より頭の出来がいいわけじゃない。カインの企てで教育は施されてきたが、質より量の人間だ。人の倍努力しなきゃ、人並みにすら至れない。こんな人間に宰相を任せてたのか、あいつは。


 ため息一つ。そのとき、扉が叩かれた。来客? まさかカインか?


「誰だ?」


「あ、いた。俺っす、ギル」


「ギル……? なんだ、とりあえず入れ」


「失礼しまーす」


 ギルの声は良くも悪くも軽い。オルフェとはまた違う底知れなさを感じてしまう。腹の底でなにを考えているのか、どんな意図があってそう言ったのか。


 そういうところがカインに似ていて、少しだけ苦手意識がある。俺の気など知る由もなく、ずかずかと近寄ってきた。


「芝居の教科書っすか、これ?」


「ああ。“スイート・トリック”のジェフに稽古つけてもらうことになったからよ。最低限、やれることはやっとくべきだろ」


「お、やったじゃないっすか。あの人の芝居はミランダさんとアメリアさんのお墨付きだと思いますし、ガッ! と伸びるかもしんないっすね」


「どうだかなぁ……お前と違って要領悪ィからよ」


 正直、こいつに対する苦手意識は言動よりもそこにあった。稽古に対して手を抜いているとは思わない。ただ、要領がいいだけだ。コツを掴むのが段違いに早い。だから成長も早い。


 その上、油断もしない。浮かれるわけでもなく、自分を正当な評価から少し下に見ている。自分に対して冷めた目を向けているんだ。失敗することもそう多くはないはず。


 ――羨ましいし、妬ましい。


 俺みたいな要領の悪い人間の気持ちなんざわかりっこないだろう。内心、俺のことを嗤っている可能性だってある。それを暴けるだけの口の巧さも俺にはない。


 なにか、嫌なものが込み上がってくる。落ち着け、こいつに悪気はない。俺が怒ったって仕方がない。


「イアンさん、顔怖いっすよ」


「あ? 元々こういうツラだっつったろ」


「っ、すんません……」


「あ、いや……悪い、いまのは良くなかった」


 こういうところで抑えが利かない自分が恥ずかしい。思えば、他の連中と違って誇れるところなんざなにもない。


 アレンやオルフェのような音楽方面の才能もない、エリオットのような身体能力もない、アーサーやネイトのような可能性もない。ギルの要領の良さや余裕もない。


 ――俺、どうしてここにいる?


「……悪い、八つ当たりだ」


「八つ当たり?」


 この際だ、吐き出しちまおう。リオには言えない弱音。ギルなら嗤ってくれるはずだ。いっそ馬鹿にされた方がスッキリする。どう思われてもいい、なんとでも言ってくれ。そんなつもりで口を開く。


「……俺にはなんにもねぇんだよ。歌も、ダンスも、将来性だってない。お前みたいに要領も良くねぇんだ。最年長なのに格好つかねぇ、ダサい奴なんだよ」


 ギルはなにも言わない。黙って俺の話を聞いている。情けなくて、惨めで、目を伏せる。感情のままに吐き出し続けた。


「お前らが羨ましいよ。期待に応えられるだけの力があって、それだけのものを持ってて。なんにもねぇ俺には、お前らが眩し過ぎるんだ。見栄張って強い言葉を使ってたって、そんなもん虚勢に過ぎねぇんだよ」


「んなこと言ってるいまのあんたが一番ダッセぇと思いますけどね」


 その声に顔を上げる。初めて、ギルの表情が心と一致したように思えた。


「あんたがなにも持ってない? だったらリオちゃんはあんたを選んじゃいねーよ」


「だけど俺は穴埋めで……」


「ならなんで頑張んだよ? 自分の意志でやってねーならテキトーにやってりゃいいじゃねーっすか。リオちゃんに言われたから? やりたくねーなら絶対やらねーって突っ撥ねちまえばよかったんだ」


「……黙れ」


 拳を握る。ギルの言葉がうるさい、耳障りだと感じてしまう。


 なにもない俺を選んだのは、人数合わせのため。突っ撥ねようと思えば突っ撥ねることも出来た。アイドルなんてやりたくてやったわけじゃなかった。


 なのに――なんで俺は頑張ってんだ?


 ギルは笑う。煽るように、顎を突き出して。


「キレてんの? 図星突かれたからっすか? 気持ちはわかりますよ。俺も同じこと言われた身なんでね」


「ああ……?」


「俺も言われたんですよ。『どうして手品師をやってるのか』って。故人に頼まれたから、それだけだって答えました。そしたら、イアンさんに言ったことそのまんま言われたんです。突っ撥ねちまえばよかったんだ、って」


 こいつはなにを言おうとしてる? ギルの言葉の意図がまるで読めない。ただ、俺を悪く言うために言葉を尽くしているわけじゃないのはわかる。


「……で、決めたんす。自分に嘘吐かねーようにしようって。怖かったけど、ずっと逃げてきたけど、自分と向き合おうって思ったんすよ」


 ギルが笑う。今度は苦々しく。初めて見た表情に喉を詰まらせた。突っかかることも出来なかった。


「だから、マジになって考えてみてください。なんにも持ってないあんたが、どうしてここで頑張ってんのか。眩しい奴らばっかの中で、あんたが頑張る理由を見つけてください。そしたら、そのダッセぇ顔も男前になると思いますよ」


 俺が頑張る理由。なにも持たない、泥に塗れた男だ。帝国の未来を変える、魅力的なエンターテイナーの素質なんざ持ち合わせちゃいない。最初(はな)からわかりきってたこと。それでも俺が逃げない理由?


 ――それこそ、わかりきったことじゃねぇか。


「……よく口が回るな、テメェはよ」


「これも俺の売りなんで。いまはね。そんじゃ、この辺でお暇しますわ。すんませんね、生意気な口利いちゃって」


「おう、反省しとけ」


 参ったね、と両手を上げながら部屋を去るギル。腹は立ったが、あいつに救われた部分もある。


 なにも持たない俺が頑張る理由、それでも“ニジイロノーツ”にしがみつく理由。そんなもん、自分のためだ。


 どん底から救ってくれた、這い上がる勇気をくれたリオ。あいつに格好つけたいから。あいつの力になると約束したから。あいつの期待を裏切りたくないから。それだけ。


「――情けねぇツラすんな」


 鏡に映る自分を殴る。俺はいつだって、みっともなく足掻いてきた。そうして結果を出してきた。意地と根性だけでどうにかしてきた。


 だから今回だって出来るはずだ。芝居だって身に着けられる。ネイトを完璧にコントロール出来る。それだけの力を、身に着けることが出来る。


 ――そうしたら、やっと、あいつに胸を張れる。


 その日が来て初めて、俺は俺を認められる。なにかに願うことはしない。ただ叶えるために全てを捧げるんだ。これからも、その先もずっと。

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