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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第七章:輝く“星”になって
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★優しくてあったかい

 自室に戻り、一息。リオ様たちが夕飯の買い出しに出ている間、なにをすべきか。


 リオ様は休息を命じた。だが、私からしてみれば物足りない内容だった。自身を追い詰め、酷使して、その先にこそ結果が在ると考えてしまう。


 騎士として、剣として生きてきたからか、休息らしい休息に慣れていないのかもしれない。エリオット様やギル様のように、人としての日常の在り方はいまだに模索中だ。


「……私に務まるのか」


 ふと、弱音が漏れる。いままでは考えたことがなかった。騎士として在る間は義務感で生きていた。私にしか為せない、私だから為せる。そう思い、剣を取っていた。


 迷いはなかった。民を守る、外敵を排除する。明確な役割を演じている間は、空虚な自分から目を背けられた。


 ――ただ、人間としての在り方ではなかったのかもしれない。


 ずん、と胸に重りがのしかかる。人として在るために、私は心を知る必要がある。心、感情。言葉で定義出来ないなにか。私がそれを知るために、いったいなにが必要なのだろう。


 掴むだけでいい。掴みさえすれば、芝居にも活かせるかもしれない。嘘を本当に見せかける――そのためには感情が必要のはずなのだ。


 真に迫るなら頭で考えるだけでは至れない。感情を理解出来れば、それを刺激するためのアプローチが出来るはず。


 なにが……なにが必要だ。私はいったい、なにを経験すればいい?


 口から漏れる重たい息。アイドルは民を笑顔にする仕事だというのに、こんな不完全な人間になにが出来るというのだろう。


 そんな折、扉が叩かれた。


「ネイトさーん、いますか?」


「は……エリオット様? どうぞ」


「お邪魔します!」


 突然の来客はエリオット様だった。なにか御用だろうか。なにはともあれ、もてなす準備をしなければ。


「如何なさいましたか? ひとまず紅茶を淹れますので、掛けてお待ちください」


「いいんですか? やった! ありがとうございます!」


 椅子に座り、耳を動かすエリオット様。自宅から持ち出した叡煙機関を起動し、準備をする。が、一つの疑問が生じた。


 ……エリオット様は、紅茶で喜ぶ方なのだろうか……?


 彼の体が獣人化したのはつい先日のことだ。つまり十五歳。十五歳の少年は、果たして紅茶を好むのだろうか? 私はどうだっただろう。母の逝去以来、記憶に蓋をしていたせいで鮮明には思い出せない。


 ルーカス曰く、大量の砂糖を加えたものを好んでいたようだが、エリオット様にそのようなものをお出しするのか? リオ様に叱られてしまいそうだ。


「ネイトさん? 怖い顔してます」


「は、失礼いたしました……」


「なにか悩み事ですか?」


「あ、いえ……いや、そうですね。つかぬことを伺いますが、紅茶はお好きでしょうか?」


「うん? はい、好きですよ。お砂糖がないと飲めませんけど」


 恥ずかしそうに笑うエリオット様。十五歳で成人とはいえ、まだまだ子供なのだ。なにを恥じることがあるのか。安心させるためにも、私は告げる。


「それでしたらココアにしましょう。私も昔、好んで飲んでいましたし」


「ネイトさん、ココア飲んでたんですか……?」


 エリオット様は驚いたような顔を見せた。私の印象と齟齬(そご)があったのかもしれない。たまらず苦笑する。


「はい。幼い頃はココアに角砂糖を三つも加えていました」


「全然想像つかないです……」


「私もです。執事から聞いた話ですので、自分でも驚いてしまいました」


 他愛のない雑談が続く。少し前までなら考えられなかったことだ。騎士に余計な言葉は不要だったから。剣を取り、脅威を打ち払うことが最優先。雑談など必要がなかった。


 ――それ故の欠陥でもあったのか。


 いま思えば、騎士として在るべき姿ばかり追いかけていた。民を見てこそいれど、人間を見ていなかったのかもしれない。だからいま、私は人間として至らない。心も感情も育ててこなかったのだから。


「……さて、ココアのご用意が出来ました。お砂糖は?」


「ありがとうございます! でも、お砂糖は要らないかなぁ……」


「かしこまりました。どうぞ召し上がれ。熱いのでお気をつけて」


「はーい! いただきます!」


 飲む前に息を吹きかけ、一口。「あつっ」と小さな声が聞こえてきた。そんな姿さえ微笑ましく思う。私も久し振りに飲んでみるとしよう。用意している間、エリオット様が「そういえば」と呟いた。


「どうして紅茶が好きか聞いてくれたんですか?」


「好みでないものをお出しするのは失礼かと思いましたので。それがなにか?」


「やっぱり。そうだったらいいなぁって思って聞きました。ネイトさん、優しい人ですね」


「優しい……?」


 優しい。何故だろう、あまりしっくり来ない。優しさというのは、どういった行いのことを言う? 私はただ、エリオット様をもてなすならば彼の好みに合わせた方がいいと判断しただけなのだが……。


 胸にまとわりつく(もや)を払うように、エリオット様は笑った。


「はい、優しいです。ぼくのことを考えてくれて、ぼくを喜ばせようとして聞いてくれたってことじゃないですか。それって、心があったかい人じゃないと出来ないことだと思ってます」


「私はまだ、心というものを理解しておりませんが……」


「じゃあ覚えてください。誰かのために思いやれるのは、優しくて、あったかい心を持った人だけですよ」


 ――この方は、私には見えないものが見えている。


 他ならぬ自分のことだというのに、他者の方がよく見えている。奇妙なことだとは思う。ただ、エリオット様の言葉を否定する気にはなれなかった。


 先日、アレン様へ送った言葉。彼は私の言葉をとても大きなものであるかのように捉えていたように見えた。礼こそ口にしていたが、自分にその言葉は似つかわしくないとでも言いたげだった。そう言われるだけのものが、彼自身には見えていなかったのだと思う。


 彼へ向けた言葉が、いま。エリオット様から私に向けられているのだ。自分自身には見えないものがあると、身を以て思い知らされた。このような形で返ってくるなど、考えもしなかった。


 ――であれば、私にも。


「……はい。胸に刻んでおきます」


「えへへ、やっと届いた。やっぱりネイトさんはいい人です」


 はにかむエリオット様を見て、私も表情が緩む。いまの私は、きちんと笑えているだろうか。鏡を見ても、微々たる変化。


 それでよかった。些細な、ほんの僅かな一歩に過ぎない。けれど、私にとっては偉大な一歩でもあった。私はまだ強くなれる。


 この方と、皆と共に在れるなら。欠けた剣は唯一無二の宝剣にもなれる。その日が訪れることを、切に、願っている。

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