★友達の在り方
「それじゃあ始めよう。アメリアさんの言ってたこと、オレなりに噛み砕いて教えていくね」
「はい! よろしくお願いしまーす!」
一列に並ぶぼくたちと、向かい合って立ってくれるアレンさん。アメリアさんのときとは少し違う。あんまり緊張しない。それなりに知ってる人だから、っていうのもある。
でも一番は、男の人だからだと思う。女の人はわかりにくい。リオさんも、ぼくたちのことを見守ってくれてはいるけど、たまにすごく難しい顔をしている。心配で声をかけても、大丈夫だよ、しか言わない。
――ぼくだって、力になりたいんだけどな。
なんとなく気持ちが落ち込むけど、練習はちゃんとやらなきゃ。アレンさんの教え方はすごくわかりやすい。実践出来てるかはわからないけど、こうかな? っていう感覚を掴みやすかった。
始めてから、一人一人についてアドバイスしていくアレンさん。先生みたい。歌は一番上手だし、先生っていうのも間違いじゃないと思う。
「みんな、コツ掴むの早いね……?」
アレンさんがちょっとだけ驚いたような顔をする。他のみんなもわかりかけてるみたい? ちらりと見ても、誰がコツを掴んでるかなんて、ぼくじゃ見てもわからない。
ギルさんが口笛を吹いた。どこかおちゃらけた雰囲気を感じる。
「アレンの教え方、堂に入ってんじゃん。これもお師匠さんの請け売りなわけ?」
「そんな感じかな。オレも“あの子”も子供だったから。同い年だし、どう言えば伝わるかわかってたのかも」
「とは言え八歳の頃の話だろう? 聞けば聞くほど末恐ろしい才能じゃないか……?」
アーサーさん、深刻そうな顔をしている。言われてみれば、そっか。八歳でもう歌う人の体だったんだもんね。才能、っていう言葉が一番しっくり来る。
才能。持って生まれたもの。なんだろう、すごく引っかかる言葉。才能を持って生まれられたら、きっと大事にされていたと思う。ぼくも、姉さんも。
「エリオット」
「あ、は、はい?」
「教えてくれってせがんできたのに、上の空はないんじゃない?」
アレンさんのいたずらっぽい笑顔を見て、気付く。たぶんいま、ぼくの話をしてた。失礼なことしちゃった。慌てて頭を下げる。
「ご、ごめんなさい。ちょっと考え事してて……」
「大丈夫だよ、謝らなくても。なに考えてた?」
……笑って許してくれるんだ。
優しくて、あったかい人だ。姉さんにちょっとだけ似てる。傍にいると心が安らぐ、秋宵の焚き火みたいな人。寒くてかじかんだ体も、緊張した心も包み込んでくれるようなあったかさ。
「えっと、アレンさんは、あったかい人だなぁって思って」
「あったかい?」
「はい。なんていうか、姉さんみたいで、安心します」
「ね、姉さん? オレが?」
驚いたみたい。ちょっと慌ててる。説明してあげないと。
「なんていうか、優しくて、ぼくなんかにも怒ったりしないから。姉さんもそうだったなぁって思って」
両親は、ぼくのことをすぐに叩いた。その度に姉さんが庇ってくれたけど、代わりに姉さんを叩いていた。ぼくが抵抗しても簡単に振り解かれて、なにもしてあげられなかった。
ごめんね、って謝っても、姉さんは「大丈夫だよ」って笑っていた。「痛かったね」って抱き締められもした。姉さんの方がずっと、ずっと痛い思いをしてきたのに。ぼくの前じゃ絶対に弱音を吐かなかった。
――でも、姉さんのは、優しさじゃなかったのかもしれない。
「ごめんなさい。姉さんみたいなんて言っちゃって」
「……オレたちはエリオットのお姉さんにはなれないけどさ」
そう言ってアレンさんは、こつん、とぼくの頭を叩いた。突然のことで言葉も出てこない。だけど怖くはなかった。叩かれたのに、痛くもなかった。アレンさんは笑う。いつもの、真っ直ぐで安心する笑顔。
「仲間として、お前を叱ることは出来るぞ」
「叱る……?」
ぼく、叱られるようなことしたっけ。上の空だったこと? でも、大丈夫って言ってくれた。アレンさんの笑顔が変わる。少しだけ、意地悪そうな顔だった。
「ぼくなんか、なんて二度と言うなよ? 次言ったら本気で怒るからな」
「あ……」
――上手くやり返されちゃった。
でも嫌味だとは感じなかった。ぼくの言葉がちゃんと届いてたっていう証拠だと思う。じゃなきゃ、こんな言い方はしないはず。
ーーそれは、嬉しいなぁって思う。
「えへへ……はい、ごめんなさい」
「やれやれ、僕の友人はどうしてこう卑下が癖付いてているんだ」
アーサーさんが呆れたようにため息を吐く。いま、友人って言ってくれた。自然と笑顔になっちゃう。アレンさんは、ちょっとだけ険しい顔をしてる。
「お前たちは優れている。歌、ダンス、人柄だってそうだ。だからここにいる。誇らしく思え。リオにも、これから僕たちを応援してくれる民にも失礼だろう」
「はい、誇らしく思います」
「お前と違ってなんでも肯定されてきたわけじゃないんだよ、馬鹿野郎」
アレンさん、つっけんどんな態度。いつもの光景と言えばその通りだけど、ちょっとだけ不安になる。この二人はきっと仲良しじゃないんだと思う。でも、目に見えるところよりもっと奥で繋がってるんだってわかる。
「――いいなぁ」
二人がぼくを見る。あ、やっちゃった。声に出てた……!? たまらず慌てて否定する。
「ご、ごめんなさい、つい……!」
「僕とこいつの関係に羨ましいところがあるか?」
「口喧嘩ばっかりしてるのに羨ましいのか?」
アレンさんもアーサーさんも、目を丸くしている。羨ましいと思われる理由がわからないみたい。こんなふうに言い合える関係がどれだけすごいものか、どれだけ大事なものか。二人はきっと知らないまま、いま一緒にいるんだと思う。
「それでも羨ましいです、二人が」
「私とではその関係は築けないでしょうか……?」
ネイトさんがじっとぼくを見つめる。気のせいかな、少しだけ落ち込んでるように見えた。アレンさんとアーサーさんの関係を、ぼくとネイトさんで……?
うーん、全然イメージ出来ない。ぼく、ネイトさんにつっけんどんな態度取るの? それともネイトさんがぼくに?
どうしよう。なんて答えるのが正解なんだろう? 少し困っていると、ギルさんが笑った。
「ネイトさんとエリオットじゃ無理じゃね?」
「向き不向きはあるだろうな……」
「な、何故ですか……私たちは友人であるというのに……!」
「友人の在り方は一つじゃないよ。アレンとアーサーに特別な関係があるように、きみたちだけの特別な関係があるはずさ。焦ることはない、これから見つけていけばいいんだよ」
オルフェさん、すごく綺麗にまとめてくれた。さすがというか、格好いいなぁ。ネイトさんも納得してくれたみたいで、今度はちゃんと凛々しい顔に戻ってる。よかった。
「私とエリオット様だけの関係……」
「これから見つけていきましょう、ぼくとネイトさんだけの特別な関係」
「ええ、是非とも」
ネイトさんが頭を下げる。うーん、友達って考えると、これもしっくりこない。これもぼくたちの在り方になるのかな? いまはまだわからないや。
そのときアレンさんが手を叩く。ハッと目をやると、安心したように微笑んでた。
「一区切りついたし、発声練習に戻るぞ。大丈夫だな、エリオット?」
「はいっ! いっぱい頑張っちゃいましょう!」
いまのぼくは、きっと幸せなんだと思う。叱ってくれる人がいて、友達だって言ってくれる人もいて、応援してくれる人も、見守ってくれる人もいる。
――姉さんにも、そういう人がいたらいいな。