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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第七章:輝く“星”になって
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風向き

「ただいま……」


「おか……どうしたんだアレン、そんなに萎れて……」


 ケネット商店から戻った私とアレンくん。しなしなになった彼に驚いたらしい、アーサーくんが心配そうに見つめている。


 気持ちはわかるよ。バーバラさんの部屋でなにを言われたかはわからなかったけど、出てきたときに同じ反応しちゃったもん。


 アレンくんはため息を吐くばかり。アーサーくん、おろおろし始めた。フォローしたいけど私も事情がわからない。どうしたものかと考えていると、オルフェさんが微笑んだ。


「心配し過ぎることはないさ。愛情を受けて育ってきたアレンを感情のままに罵ることはないだろう。そうだね、アレン?」


「え、あ、うん……大丈夫、罵倒されたわけじゃないから。ごめんな、アーサー」


「あ、いや……気にするな、謝ることじゃない」


 アーサーくん、素直に謝られたことに動揺しているな? 視線が泳いでる。居た堪れなさそう。


 それにしてもこの二人、妙なところがぎこちないな……? まあ彼らの関係が今更壊れたりすることもないだろうし、私が心配することでもないね。アレンくんとアーサーくんの間には揺るがないものがある。だから大丈夫。


「ほら、いつまでもしみったれた顔してんじゃねぇ」


「うわっ……!?」


 ずい、と迫ったイアンさんがアレンくんの頭を撫でる。優しくはないし、乱暴な手付き。だけど、これが彼なりの気遣いなんだと思う。


「あの歓声と拍手が聞こえなかったのか?」


「え、えっと……っ」


 あ、思い出して泣きそうになってる。それくらい、身に余るものだと思っているんだろうな。そんなことないのに。


 あの歌を聞いた人たちは、誰もが思うはず。歓声も拍手も足りないくらいだって。もっともっと浴びるべきだって。あんまり自信がないみたいだけど、それだけのものをアレンくんは持っている。それは確かなんだ。


「私は言ったはずですよ。貴方は歌うために生まれてきたと。過言ではないとも言いました。ですから、あの反響は必然であると思います」


 ネイトさんの淡々とした言葉にさえ熱を感じる。この人の声に感情を持たせられるんだ、相当の歌だってわかる。ギルさんもいまは好奇心の眼差しを向けていた。


「正直、アレンがガチで歌ってるとこ見たことねーから素直に驚いたわ。お前の歌唱力、素人じゃねーよ。だからそんな顔すんなよな。胸張ってろよ、センター」


「や、やめてくれよみんな……オレ、出来ることをやってるだけなんだからさ……」


「アレンくんの言う『出来ること』は、みんなにこう言わせるだけのものなんだよ。素直に受け取っていいんじゃないかな?」


 私の言葉さえ素直に聞き入れては貰えないんだろうけどね。こう言う考え方もあるよ、くらいに捉えてほしい。歓声も、拍手も、これからもっとたくさん浴びることになるだろうから。


 逃げ道を塞がれたアレンくんはおどおどし始める。そんなに褒められ慣れてないのかな。意外……と思ったけど、人前で歌うこと自体少なかっただろうから、納得ではあるのかも。


 不意にエリオットくんが彼に駆け寄った。がしっと力強く手を握り、真っ直ぐに見つめる。


「アレンさん、ぼくにも歌を教えてください! 約束、守ってくれますよね!」


「あ、ああ。オレなんかでよければ……」


「アレンさんがいいんです! 次、オレなんかって言ったら怒りますからね!」


「わ、わかったよ! もう言わない!」


 半ばヤケになってるな、この子。まあこれくらい威勢がいい方が安心出来る。エリオットくんは(よう)の子だなぁ。みんなが沈んだときに照らしてあげられる、太陽みたいな子。この世界に太陽ないけど、たぶん。


「はあ……ごめんな、弱気になっちゃって」


 俯いて謝るアレンくん。こればっかりは本人の気持ちが前に向かないと……と思ったら、すぐに顔を上げた。どこか儚く、だけど確かに火の灯った顔だった。


「もうやめる。自信がなくて卑屈なオレとは今日でお別れだ。こんなセンターじゃ、見に来てくれた人を笑顔になんて出来ないよね」


 まだ弱い。だけどいつか、とても力強く輝ける。そう予感させるものが、彼の言葉には宿っていた。元より不安だとは思っていなかった。だからより安心させられた、と言った方が正しいんだと思う。


「それでこそ私のアイドルだね」


 ぐっと親指を立てて笑う。この世界、サムズアップって通じるのかな? まあ万国共通……なのかな? 世界観すら違うけど、大丈夫?


 アレンくん、目がまんまる。お目目がキラキラかわいいね。じゃなくて。


「えっと、いい仕事したね! ってときのハンドサイン、みたいな……」


「リオの故郷って本当に不思議な文化があるんだね……? でも、ありがとう。これからもっといい仕事していくよ、頑張る」


 少しだけ困ったような顔をするアレンくん。だけど、期待したいと思う。応えてくれるって、ちゃんと信じられる。つい笑顔を誘われた。エリオットくんが揚々と手を挙げた。


「ぼくたちもですよ! ねっ、アーサーさん! ネイトさん!」


「は、あ、ああ。勿論だ。お前にだけいい格好はさせないぞ」


「私も尽力させていただきます」


 元気一杯なエリオットくんに乗せられるがまま、二人も頷く。アーサーくんとネイトさんがやる気を出しているんだ。あとの三人だって乗ってくる。


「我らがセンターがやる気とあらば、手は抜けねーよな」


「頑張るきみを独りにはさせないさ」


「そういうこった。俺らは一蓮托生、全員で頑張んだよ」


 当初はわかりにくいと思っていた不安材料の三人も前向きだ。本当にこの七人に託してよかった。自然と笑顔になる。


 みんなの意志が見えたからだろう、アレンくんが「よし!」と声を上げた。


「発声練習やろう! みんなで!」


「はーい! みんなで頑張りましょう!」


 エリオットくんが拳を突き上げる。友達のアーサーくんとネイトさんが続いた。うわぁ、すごい違和感。この二人は育ちがいいからだろうけど、こういうノリがすごく似合わない。ぎこちなさも愛嬌なんだろうけどね。


 ギルさんたちも合わせてくれる。微笑ましい光景だなぁ、これ。


「じゃあ、オレたち行ってくるね!」


「うん、頑張ってね。私は私で仕事してるから」


「手伝いが必要ならすぐ呼べよ」


「はい、ありがとうございます。イアンさんも頑張ってくださいね」


 七人が事務所を出ていく。一人残った私は、人の気配がないことを確認して、呟く。


「スタートアップ、“ニジイロノーツ”」


 今日をきっかけに知名度は爆発的に上がっていくはずだ。アレンくんの歌声にはそれだけの影響力がある。観客の数も多かった、拍手や歓声も大きかった。絶対に話題に上がっている。


 案の定“データベース”上に表示された“ニジイロノーツ”の情報は以前よりも多かった。やはりアレンくんの歌とオルフェさんの演奏は大きい。ギルさんの話題もいまだ根強い。


 これならいける。後はアーサーくんとエリオットくん。そして最難関のイアンさんとネイトさん。彼らが無事に実れば、きっと出番を貰える。未来は明るい。


「……風向きはこっちだ」


 記憶を取り戻してから苦難の連続だったけど、いまは確信を持って言える。帝国を照らす光は、春の暮に生まれる。その日を思い描くと、笑みを隠し切れなかった。

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