拳骨と愛
「ただいま、バーバラさん」
ケネット商店に到着する頃にはピークが過ぎていたようだ。売り場で陳列するご両親が私に気付き、笑顔を向けてくれる。
「おかえり、待ってたよ! ……で、アレンはどこだい?」
「あ、いえ、アレンくんは……」
「アレンは後から帰ります。少し一人になりたいそうで」
言いにくそうにする私の代わりに、アーサーくんが前に出た。バーバラさんとこんな風に話す光景はやっぱり感慨深い。和解出来てよかったね、と本気で思う。
バーバラさんも邪険にするわけでもなく、ため息を吐くだけ。それはきっと、アレンくんに対するものだと思う。
「なんだい、案外ナイーブな子だねぇ」
「僕に似たんだね、はっはっは」
旦那様が朗らかに笑う。バーバラさんはやれやれと困り顔だった。
「じゃああんたたちから先に始めるかねぇ。上においで」
彼女の案内で二階に上がる。売り場は旦那様に任せるようだ。最初は誰から始めるんだろう?
「じゃあ、宰相さん。あんたから先にやるよ」
「うっす、お願いします。あと、もう宰相じゃないんで……」
イアンさんが後ろめたそうに付け足す。宰相という肩書になにかしら思い入れがあるのかもしれない。なんだかんだ民のためには働いてたしね。
それからメンバーの採寸が始まった。イアンさんから始まり、ネイトさん、ギルさん、オルフェさん、エリオットくん、アーサーくんの順番だ。年長組はもう体が完成していることもあり、すんなり済んだみたい。
オルフェさんが気がかりっぽいけどね。エルフの採寸なんてしたことないだろうし。エリオットくんは少し大きめに作ってもらうそうだ。まだまだ成長期だしね。アーサーくんはアレンくんと体格が然程変わらないみたいだった。
「まあ、こんなもんかね。坊ちゃんはアレンと体格近いし、あの子の目安にもなったわ。それにしても、いつ帰ってくるんだか」
「アレンの気持ちが落ち着き次第、になるかと……」
「あの子、いったいなにやったのさ……?」
「まあもうすぐ来ると思うんで大丈夫っすよ。んじゃあリオちゃん、俺ら先に戻ってるわ」
ギルさんがフォローを入れ、お暇宣言。アレンくんが泣いているところはみんな見ていたし、泣き腫らした目で帰ってくることも考えられる。彼なりに気を遣ったんだと思う。そういうことも出来るのね、意外に。
「はい、お気を付けて。私はアレンくんを待ってますので」
「おう、こっちもこっちでやれることやっておく。終わったら連絡しろよ、いいな」
「そんなに心配しなくても大丈夫ですってば、もう」
イアンさんの過保護さも当分は抜けなさそうだなぁ……“ニジイロノーツ”が仲間である以上に、家族的な意味合いも強くなっているのかもしれない。
彼の言葉から推測するに、家庭に馴染みがない環境で育ってきたようだし。それにしたって心配し過ぎかなぁとも思う。仕方ないことと割り切ろうか。
みんなが帰ったのを確認すると、バーバラさんが話を切り出した。
「で、なんでアレンがいないんだい?」
「それが……」
路上パフォーマンスで歌ったこと、拍手喝采を浴びたこと、嬉しくて泣いてしまったこと、後悔や自責の念に駆られていたこと。
バーバラさんの表情は少し怖い。アレンくんのことを大切に思っているからこそ、言いたいこともあるんだろう。だけど怒らないでほしいとは思う。
アレンくんにはアレンくんの想いがある。それを尊重してほしい。親として言いたいことはあっても、子供の気持ちも汲み取ってあげてほしい。なんて、他人の私が思うことじゃないんだろうけど。
「あ……ただいま」
そんなとき、アレンくんが帰ってきた。案の定、目の周りが赤い。声も少し枯れてるし。思い切り泣いてきたんだろうな。少しはスッキリ出来たならいいんだけど。
ちょっと待って、バーバラさんが無言でアレンくんに近づいていく。足音が大きい、怪獣のそれだ。ヤバイ、これはヤバイ!
「あんたねぇ、一丁前なこと考えてんじゃないよ!」
「痛ったぁ!?」
あーあ、容赦のない拳骨がアレンくんを襲った。つい目を覆ってしまう。痛ましい呻き声が聞こえてくるが、次に耳に飛び込んできたのはバーバラさんの怒号だった。
「今日からあたしらに罪悪感持ってたら拳骨じゃ済まないからねぇ! あんたは自慢の息子なんだ、堂々としてりゃあいいんだよ! 申し訳なくなる暇があるならもっと人前で歌いなさい! いちいち泣いてたら身が持たないよ! いいわね!?」
「は……はい……」
アレンくん、母親にさえ敬語。なんだろう、すごく不思議な感じがする。バーバラさん、親としていいことを言ってる。それはいいんだけど、やり方が荒々しい。これがあの穏やかな旦那様の奥さんなんだから、人生ってよくわからない。
「ほら、採寸するからこっちにおいで! 姿勢を正しな!」
「わ、わかったよ! わかったから引っ張らないでってば!」
アレンくんがバーバラさんの部屋に連行されていく。その背中を見送る私、呆然。階下から足音が聞こえてくる。旦那様だった。ただならぬ怒りを察知したんだろう、なにか出来ないかと様子を見に来たようだ。
「はは、アレンは連れて行かれちゃったか」
「わ、笑い事なんですか……?」
「うん、笑ってしまうね。あの子は本当に僕に似てるよ。母さんにはどうやったって敵わないんだ、ずっとね」
「母は強し、とはよく言ったものですね……」
たまらず苦笑い。旦那様もバーバラさんには勝てないのか。なんだかんだ激高した彼女を引っ張って行ったりと、頼りになる人だとは思うんだけどなぁ。
「妻はね、強い人。だけど完全無欠じゃない。そのための僕なんだよ、ときに諫めて、ときに励まして。勿論、妻も僕にそうしてもらっている。夫婦ってね、支え合うものなんだ。リオちゃんのご両親だってそうだっただろう?」
「はぇ、あははそうですね……」
日本に置いてきた両親は……そういうわけでもなかった気がする。ケネット夫妻の方が珍しいと思ってしまうのは私が日本人故か。
思えば、私は“リオ”の両親についてなにも知らない。日記にも両親の姿は映っていなかったし、どんな人だったのか調べることが出来ない。名前すら知らないし。
いつか、どこかで出会うことがあるかもしれない。なんとか、なんとか予習だけしておかないと……両親との再会が試練になるなんて、思いもしなかったよね。