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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第七章:輝く“星”になって
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★重なる音と零れた感情

 真昼のミカエリア、その中心。アレンの歌声が響く。人々の往来を阻む、圧倒的な歌唱力。写真を撮ろうとする者の姿も多い。リオにとっては好都合なのだろう。


 誰かが誰かに話せば、連鎖が始まる。アレンのことを知らない人が、アレンを見に来る。歌を聞きに来る。そうしてまた、彼の歌声に興味を持つ者が増えていく。帝国に“ニジイロノーツ”の名が広まるのは、もう間もなくとなるはずだ。


 のびのびと歌うアレン。その声に迷いはもうなく、どこからか彼の歌を聞きつけた住民が徐々に集まってくる。人垣を為してなお、アレンの歌声は変わらない。力強く、訴えかけるような声だ。


 魅力的な歌声の前では、僕の演奏は添え物に過ぎない。それでいい。元より吟遊詩人として歌っていたときも、雰囲気を作るためのものだった。それがいま、彼の歌を引き立てる音となっている。


 ――自分本位に生きてきたのにね。


 自分ではない誰かと共に在る、共に生み出す。ずっと恐れ、避けていたことを自ら提案するなんて。僕を変えたのは誰だっただろう、なにがきっかけだっただろう?


 そんなこと、いまはどうでもよかった。弦を弾く音、心を震わせる歌声。二つの音が混ざり合う旋律にずっと浸っていたくなる。


 ねえアレン。きみはいま、どんな気持ちだい? 高揚している? それとも虚勢を張っている? 


 僕は――


 =====


 アーサーには大口叩いたけど、正直怖い。少しでも気を抜いたら膝から崩れ落ちてしまいそうで、必死に強がって見せた。不安も恐れも掻き消すように歌っていた。


 目に映る人影がどんどん増えていく。写真を撮られていることにも気が付いた。なんて言われるだろう、どんな風に伝わっていくんだろう? 考えたら歌えなくなる。雑念を吹き飛ばすために、強く、強く歌い上げる。


 オレの歌を聞いて。オレを応援して。オレに拍手して。


 そんなわがままを声に乗せる。アイドルはみんなを楽しませる、笑顔にさせる存在。リオはそう言ってた。


 この歌は、それが叶えられてるかな? こんなに身勝手な感情を乗せて、がっかりされないかな?


 そのときはそのとき。いまこの瞬間だけは、自分のために歌う。興味と好奇心の壁、その向こうを見据えて。真っ直ぐに、力一杯、世界の果てまで届かせるように。


 オルフェの音は寄り添ってくれている感じがした。オレの感情を読み取ったように切なく、あるいは奮い立てるように勇ましく。


 弦を弾くだけでこんなに豊かな表現が出来るんだ。オレの歌だってもっとやれる。もっともっといい歌を届けられる。まだまだ未完成で、アーティストとしては至らないのはわかってる。


 だけどオレは――オレたちは変わっていける。進化し続けられるはずなんだ。いつか帝国を明るく照らせるような光になれる。輝いていける。そう信じてる。


 ――そうして、一曲を歌い切った。


 途端、息が乱れる。視界がぼやけて、全身の力が抜けた。みっともなく尻餅をついてしまう。オルフェの肩を借りて、なんとか立ち上がれた。彼は荒い呼吸を繰り返すオレに笑顔を向ける。


「皆に言うことがあるだろう?」


 言うこと? 言うこと……ああ、そうだった。大事なこと、忘れるところだった。


「え、えっと……あ……ありがとうございました!」


 一瞬の沈黙。そのすぐ後――背後から拍手が聞こえた。振り返ると、リオが手を叩いてくれている。その姿を見て、観客も続いてくれた。聞いたこともないような、割れんばかりの拍手。


 観客はみんな笑顔だった。それに、興奮してるのがわかる。男性も、女性も、感情の高まりを抑えられずにいるのがわかった。この笑顔も、拍手も、オレとオルフェに向けられたものなんだ。


 ――あ、駄目だ。


 込み上がってくるものを感じる。咄嗟に唇を固く結ぶけど、鼻の奥が鳴る。目が熱い。このままじゃ――


「うわっ……!?」


「情けない顔を見せるな」


 いつの間にか馬車から降りてきたアーサーがジャケットを被せてきた。さらりとハンカチも渡してくれる。こいつのこういうところ、本当に腹が立つ。だけど、いまはありがたくも思えた。


 馬車に乗っていた他のメンバーも降りてくる。イアンさんが頭を撫でてくれたのがわかった。いまそれは駄目ですってば……! (せき)を壊す大きな手に、たまらず涙が溢れてきた。


「真っ昼間にすみませんね! いい歌だったっしょ? こいつが俺らの顔なんですわ! 歌って踊るエンターテイナー、“ニジイロノーツ”! 名前だけでも覚えてくださいな!」


 背中からギルの声が聞こえてくる。観客の声援も。怖いのに、嬉しい。どうにかなってしまいそうだった。


「アレンくん」


 リオに手を引かれ、馬車に戻る。扉を閉めた瞬間、抑え込もうとしていた感情が全部溢れてきた。


「オレ……いいのかな? こんな、こんなにいっぱい、拍手、貰って……歌、歌って……いいのかな……?」


「いいんだよ。みんなアレンくんの歌を楽しみにしてる。ご両親だってそう、私もね」


 リオの言葉もいまは素直に入ってきてしまう。悪いことじゃないのに、悪いことのように思えてしまう。思いのまま、吐き出した。


「ずっと、我慢してた、からっ……ずっと、ずっと……! 叶わなくていい、って……思ってた、のにっ……!」


「うん」


「歌っちゃ、駄目、だって……思ってた……! わがままなん、て、言っちゃいけない、って……思ってたよ!」


「……うん」


「……っ、こんな……幸せ、で……オレ、いいのかなぁ……?」


 とめどなく溢れてくる。リオはなにも言わない。ただ聞いてくれるだけ。それが申し訳なく思う反面、嬉しい。


 ずっと誰かに言いたかった。歌いたい、わがままを言いたい、許してほしい。両親に対する後ろめたさが心に蓋をしていた。それがいま、どこかへ飛んで行った。


「頑張ったね」


 リオの小さな手がオレの頭を撫でる。優しくて、あったかい。耐えきれなくなって、声を殺して泣いてしまった。


 ――オレ、センターなのにな。


 弱くて頼りない自分が嫌いだと思う。だけど――こんなオレでも、真ん中で歌うことを許してくれる人がいる。


 そこだけは、誇らしく思ったっていいよね?

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