「信じているぞ」
城の入り口には既に馬車が停まっていた。しなしなになったギルさんを連れて三人で降りると、アレンくんとアーサーくん、表情が瓜二つ。そんなに怖がらないでほしい。私、怖い人じゃないよ。隣の人は怖い顔してるけど。
「うっし、じゃあ行くか。ギル、いつまで萎れてんだ」
「あんだけこってり絞られりゃあ誰だってこうなりますよ……」
「人を玩具にするとどうなるかよーくわかったじゃないですか。いま知れてよかったですね、ギルさん」
「ハイ……」
声を震わせないでください。ティーンエイジャーが怖がるでしょう。まあこれを指摘しても余計怖がるだろうしあの子たちにも悪い。敢えて言及しないでおこう。
現在、時刻は正午過ぎ。馬車での移動になるし、一時までには到着する。お店のピークが終わる頃か、続いているか。私とアレンくんで手伝えばなんとかなる。
「そういえば、オルフェはどうして楽器を持ってるの?」
ふと、アレンくんが尋ねる。本当だ、楽器持ってる。やっぱりこの姿がしっくり来るなぁ。美形と楽器の組み合わせ、ハッピーセット。
オルフェさんはくすりと微笑む。うーん、ここまで微笑が似合う男性に私は出会ったことがないよ。ネイトさんのは破壊力抜群だけど、似合うってなるとオルフェさんがダントツだ。
「ただの移動時間にするのも勿体ないだろう? アレン、道すがら合わせてみないかい?」
「合わせ……え? えええっ!?」
驚くアレンくんにこっちが驚いてしまう。でも、オルフェさんの提案も悪くない。
元々この二人はギルさんと同じで、先陣を切ってもらう予定だった。ケネット商店に向かうだけでは時間が勿体ない。どうせなら有効活用するべきか。二人の間では披露する曲が決まっているのかな?
「オ、オレたち、打ち合わせしてないけど……!?」
「怖がらなくていい、きみが歌いたい曲を教えて。僕らが奏でる音色は褪せることなく観客の心を彩るだろう」
そう言ってオルフェさんはアレンくんの頬に手を添えた。美形のお兄さん、まだお昼ですよ。アーサーくんは咄嗟にエリオットくんの目を覆うしネイトさんが庇うように立った。あなたたちは本当に気が利くな。“ニジイロノーツ”の良心でいてね。
「だから安心して。目の前の男は、きみの歌声を世界で一番綺麗に聞かせる僕だ。きみは前だけを見て歌えばいい」
「あ、え、えっと……? わ、わかった……背中は任せ、た……うん?」
落ち着いて、アレンくん。きみたちは戦場に出るわけじゃないんだよ。死地に赴く二人組みたいになっちゃってる。オルフェさん巻き添えだ。でも彼、ふらっといなくなってそう。
なんとなく心配ではあるけど、まあ上手くやってくれるだろう。オルフェさんのことだし。一段落ついたと判断したか、イアンさんが「おっし」と声を上げた。
「そんじゃ行くぞ。アレンも腹括ったみたいだしな」
彼の言葉に従い、みんなが馬車に乗る。道すがら歌うって話だけど、どの辺りでやるんだろう? 昼時だし、休憩時間中の営業くらいだと思うけど。
でもアレンくん、結構緊張しちゃう子だし人目が少ない方がちょうどいいのかも。オルフェさんもそれを見越して提案したのかな、そんなことある?
ちらりと視線をやれば、適当に笑うばかり。顔の良さだけでどうにかしてきたな、この人。生まれ持った美貌の使い道を熟知している。弊社の後輩にこんな子いたな、女の子だけど。
「――ここで降ろしてくれるかい?」
「え? ここ、って……」
アレンくんの喉から変な音が聞こえてきた。ヒュッ、って。呼吸もままならないか、この場所は……。
「ミランダさんの稽古終わった帰り、俺が出てった場所じゃんね」
「ミカエリアの中心、か……」
面白そうだ、と笑うギルさん。対照的に重たい表情のアーサーくん。
昼時だから人通りが少ない、なんて思っていたけどそんなこともなく。休憩中と思しき社会人の皆様、ランチを楽しむ女性たち、買い物に勤しむ主婦様エトセトラ……。
人目はばっちりだ。人々の好奇心や関心を集めるのに絶好のシチュエーションではある。ただ問題は……。
「こ、ここで歌うの? オレが?」
「うん、勿論。きみの歌声はこの場の視線も心も奪えるだけの魅力がある。そうして近い将来、もっと多くの人がきみに恋をする。そのための第一歩だ、やれるね?」
「え、えっと……」
アレンくん、完全に及び腰になってる。こんな弱々しい姿、見たことないよ。チワワみたい。庇護欲を掻き立てられるのは私がアラサーだからだろうか。
やっぱりそうなんだろう。アーサーくんは鼻で笑ったし。
「ほう、そうか。出来ないんだな」
「は……?」
「僕の前で父上に啖呵を切ったアレンはどこへ行ったんだろうな? 見る影もない。所詮は人前に立つ度量もない凡人か。僕は悲しいよ、同じ夢を見ていたと思っていたんだがな」
「はあ?」
いつかの仕返しのつもりだと思う。アーサーくんなりにアレンくんを焚きつけようとしたんだろう。
でも、ちょっと煽り方がガチすぎるな……? これはちょっとハラハラする。イアンさんが私に目配せしてる、わかってるんですよヤバイのは!
「まあ、出来ないというなら仕方がないんだろう。エリオット、僕と踊るか?」
「えっ?」
得意げに顎を突き出すアーサーくんと、困惑するエリオットくん。そりゃそうなるよね、エリオットくんは二人のこういうところ、まだ理解しきれてないだろうし。
「で、でもアレンさんとオルフェさんが……」
「アレンは震えて使い物にならないだろうからな。少なくとも、怯えたアレンよりは拍手を貰えると思うぞ」
「あの、え?」
「ちょっと待てよ……」
あ、良かった。上手に釣れたみたい。アレンくん、顔真っ赤。アーサーくんはしてやったりと笑う。
「随分適当なこと言ってくれるじゃん。誰が怯えてるって? オレが凡人? 同じ夢を見てない? 本気でそう思ってるのか?」
「異議があるなら行動で示せ。成果が出なければこけおどしに過ぎない」
「へぇ……!? 言うようになったなぁアーサー? わかったよ、見せてやる! ここにいる人全員から拍手貰ってやる! お前が泣くまでごめんなさいって言わせてやるからな!」
「そうか、信じているぞ」
安心したように微笑むアーサーくん。彼の言葉と表情で、アレンくんも乗せられたことに気付いただろう。長い、長いため息を吐いて髪を搔き乱す。
「お前のそういうところ、本っ当に性格が悪い……」
「なんとでも言え。それで? どうするんだ」
アレンくんは答えず、馬車から降りる。オルフェさんも無言で続いた。如何せん顔がいい、数名の女性が足を止めて二人を見ている。オルフェさんは弦を弾く。深呼吸を繰り返し、顎を引くアレンくん。
「オルフェ」
「うん」
「ダリウス・ノーランドの“一番星に願うなら”」
背中からでもわかる決意と気迫。周囲に好奇心が満ちていく。その中心、アレンくんは胸一杯に息を吸い込んで――歌い始めた。