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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第七章:輝く“星”になって
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修羅場と教育

「二人ともずるいです! どうしてぼくに声かけてくれなかったんですか! 秘密の特訓なんてずるい! ずるいですよ!」


「友人であるエリオット様を誘わないとはなんたる不覚……」


「ご、ごめんな、エリオット。なんていうか、その場の流れで一緒に行っただけなんだ……」


 うーん、修羅場。これは修羅場だね。


 正午を迎えて、事務所にエリオットくんの怒号が響き渡る。事の発端はアレンくんとネイトさん、意外な二人が一緒に入ってきたことだ。


 どうやら発声練習をしていたらしく、それを知ったエリオットくんが二人を問い詰めてこの有様だ。除け者にされて寂しかったんだと思う。


 誰も口を挟むことが出来ないでいるが、その実それほど心配はしていない。私だけじゃなく、ギルさんやイアンさん、オルフェさんは微笑ましそうにその光景を眺めていた。アーサーくんだけちょっとハラハラしてるけど。


 それにしても、エリオットくんは本当に素直でかわいい子だな。尻尾はピンと真っ直ぐ伸びている。これは相当怒ってるね。でも全然怖くない。なんて、言っちゃいけない空気だけど。


「エ、エリオット、一旦落ち着こう? な? 今度は一緒に発声練習しような、約束だ」


「約束? いま約束って言いました?」


「は、はい、言いました……」


 アレンくん、敬語になってる。エリオットくんの圧がすごいのは傍目に見ていてもわかる。こんな姿初めて見たけど、よっぽどみんなのことが好きなんだなぁ、メンバー愛に溢れるこの子がとても愛おしい。推せる。


「絶対ですよ? 破ったらどうします?」


「や、破ったら? えっと、そうだなぁ……」


「破ったときのことを考えないでください! そもそも破らないでください! いいですね!」


「は、はいっ! わかった! 絶対やろうな! 男と男の約束だ!」


 アレンくん、相当パニックになってる。男と男の約束とは? 青春って感じがしていいね、状況が状況だからあんまり格好つかないけど。


 っていうかネイトさんはなにをしてるの? あなたの友達がこんなに怒ってるのに……。


「私は……私はなんて不義理な人間なのか……度し難い……」


 いつまでネガティブになってるんですか!? 己を見詰め直すのは自室でお願いします! いまは大切な友人のケアを! 頑張って!


 そろそろ居た堪れない空気になってきた。こういう役回りはイアンさん――と思ったら、アーサーくんが咳払いを一つ。


「リオ、衣装の件で相談なんだが……」


「あ、その話もしよっか。三人とも、一旦終了。いい?」


「畏まりました……」


「う、うん。エリオットもいいか?」


「わかりました、今日のところはこの辺にしておいてあげましょう」


 どこでそんな言葉遣いを覚えて来るんだ、この子。ちょっとだけ心配になる。心象の悪い言葉を使うのなんてギルさんとイアンさんくらいのものだけど……。


「ねぇリオちゃん、なんで俺見たの?」


「俺のことも見たな……? なんだ、言いたいことでもあんのか?」


「いえ、別に……?」


 教育に悪そう、なんて言えたものか。なにされるかわかったものじゃない。意地の悪い大人、怖い。


「ともかく、衣装を仕立てるなら採寸が必要だろう? 公演日まで残された時間は少ない。早い方が都合がいいと思うが……」


「そうだな、オレから母さんに伝えておくよ。ここって伝煙(でんえん)ありますよね?」


「でんえん?」


 田園? 田んぼ?


 初めて聞く単語をおうむ返ししてしまう。するとみんなが一斉に私を見た。信じられない、といった様子で。


 あ、これ“スイート・トリック”のときと同じだ。ワールドスタンダードな単語だ。やってしまった!


「……あっはぁ、疲れてますね。田んぼのことかと思っちゃいましたぁ」


「脅かすんじゃねぇよ……お前の故郷はどんなド田舎かと思っちまったじゃねぇか……」


 とんでもなく失礼なことを言うイアンさん。いや、陛下にあんな口の利き方する人だ。失礼な人ではあるんだと思うけど。この辺りも社会に出る上でしっかり教育しておかないと。


 オルフェさんが可笑しそうに笑う。笑い事じゃないんですよ、こちとら未開の地から来たと思われかけたんですから。


「伝煙は遠くの人と会話が出来る叡煙機関の一種だね。煙管の形をしていて、連絡先を想像して咥えることで発信。すると受信側の伝煙が煙を発する。それを咥えることで会話が出来るようになるんだよ」


「お前にやった耳飾りみたいなもんだ。尤も、帝国内じゃ伝煙が主流だし、安定もするがな」


「じゃあなんで耳飾りくれたんですか?」


「あ? そりゃお前……」


 そりゃお前……から、言葉が続いてこない。いや、なんとなく察しはついてるんだけど。言わせるのも酷かなこれ。みんなの前だしね、大人の対応、大事。


「まあまあリオちゃん! いいじゃねーか理由なんて! 皆まで言うこともねーだろ?」


 とか思ってたのにギルさんが割って入ってくる。その顔には底意地の悪さが十二分に映っていた。私は知らない振りをしたというのに、この男は……。


 ギルさんにも社会的な教育を施した方がいい気がする。最年少のエリオットくんよりよっぽどトラブルメーカーの気質がある。


 イアンさんが笑ってギルさんに歩み寄る。あーあ、第二の修羅場が訪れそう。でも今度は私も当事者だ。


「ギル、ちょっとツラ貸しな」


「イアンさん、私もご一緒しますよ」


 にっこり笑って彼に並ぶ。ギルさんはというと、引きつった笑いを浮かべながら一歩、また一歩と後退りした。


「いやいや、ちょ、え? 軽い冗談じゃんね……? 二人とも、顔怖いっすよ……?」


「ワリィなぁ、生来の悪人ヅラでよ。別に怖い話はしねぇさ、なあリオ?」


「ええ勿論。これから見ず知らずの人と関わる機会も増えますし、トラブルを起こさないようにちょっとした教育を施すだけです」


「ちょ、ちょっと待った! 他所様でこんな悪ふざけしねーって!」


「悪ふざけですって。聞きました、イアンさん?」


「ああ、しっかり聞こえたわ。悪ふざけ、ってなぁ」


「あっ、やっべ……」


 うっかり漏れた小さな声。聞き逃すはずもない。


「皆さんは先に下で待っててください。ギルさんは、私たちとお話。いいですね?」


 二人でギルさんの肩に手を置く。ここまで遊ばれてすんなり逃がしてやるものか。笑顔と声音で圧をかける。


 社畜時代、上司を黙らせるために身に着けた威圧的な笑顔。限界が訪れたときにしか使わなかったけどね。これでもまだ三割。ギルさんが相手なら本気を出すまでもない。


 案の定、ギルさんは縮こまって「ハイ……」と情けない声を上げた。背後からティーンエイジャーの怯えた視線を感じる。怖がらせてごめんね、よっぽどのことがない限り見ることないと思うから許してね。

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