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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第七章:輝く“星”になって
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★思い出に浸るより

「じゃあアレン、しっかり体を休めるんだぞ。喉もちゃんと労われよ、いいな」


「わかってるよ。母さんみたいなこと言うなよな」


 アーサーの部屋の前で小言を聞き流す。心配してくれてるのはありがたいんだけど、なんか説教されてるみたいで腹が立つ。もう少し言い方を考えられないのか、こいつは。


 わかってくれたか、呆れたか。アーサーは部屋の扉を閉める。オレの部屋はその隣だ。発声練習初日が終わって、部屋に一人。ミランダさんから教わったトレーニングを始める。


「……上手く行き過ぎてるなぁ、いろいろ」


 ぽつりと零れた本音。


 リオと出会ってから、いろんなことが好転してる。アーサーとの関係、諦めた夢の続き、“スイート・トリック”の稽古、そしてデビューライブ会場の提供。オレにとって都合のいいことばかり起こっている。


 ――“あの子”が見たら、なんて言うんだろうな。


 アーサーとエリオットには前に言ったこと。一緒に歌おうって約束して、いつの間にかいなくなっていた子。オレと同い年で、オレよりもっと歌が上手かった女の子。


 約束を忘れたことなんてない。いまだって、叶うなら一緒に歌ってみたいと思う。出会ったのはアーサーの後だけど、“あの子”がいたから頑張って来れた。歌うことを諦めずにいられた。


 最後に話せたのはいつだったっけ? アーサーと離れたのが七歳の頃、“あの子”と出会ったのは八歳の頃だった。


 同い年のはずなのにどこか大人びていて、女の子なのにかっこいいと思っていた。歌だって無意識に拍手してしまうくらいで、得意げに笑う“あの子”の顔が好きだった。


 負けたくないし、オレだって拍手してほしい。頑張ってた理由は、そんな単純なもの。口にはしなかったし、十歳のときにいなくなったから拍手は貰えなかったけど。“あの子”は嫌な顔も見せずにオレに付き合ってくれた。


 だからいま、オレは歌ってる。憧れたステージに指がかかってる。あと少しで届くはず。もし夢が叶ったら――真っ先に“あの子”に伝えたい。


 頑張ったよ、って。きみのおかげだよ、って。


「……どこにいるんだろう」


 会えるなら会いたい。いまのオレを見てほしい、これからのオレも。いつか認めてほしいって思う。


 ふと、窓際に置かれた写真立てに目をやる。そこには八歳のオレと、女の子が映ってる。オレよりも深い赤色の髪、意志の強そうな力強い真紅の瞳。体の特徴が似ていたのも、仲良くなれたきっかけだったかもしれない。


「……きみも、どこかで歌ってるよな……?」


 歌を辞めた、なんて考えたくない。“あの子”の歌声は宝物も同然だ。リオなら絶対プロデュースしたいって思うだろうし、専属のトレーナーになってくれたら“ニジイロノーツ”の歌唱力は段違いに上がる。間違いない。オレがその証明なんだから。


 手紙を送るくらいのことはしたい。ただ、住所を知らない。家族で引っ越してしまったのかな? 両親は? ミカエリアにいたりしないかな。考えれば考えるほど想いは募る。


「って、なに考えてるんだ……」


 写真立てを置く。いまオレがすべきはこんなことじゃない。公演で出番を貰えるように全力を尽くすだけだ。


「よし、発声。中庭でやった方がいいのかな……? 迷惑じゃないかな? まだお昼前だし大丈夫かな?」


 念のためイアンさんかネイトさんに確認した方が良さそう。部屋にいるかな? 一番近いのは隣の部屋、ネイトさんだ。


 部屋を出て、扉を叩く。寝てる……かな? 耳をそばだててもなんの音も聞こえてこない。やっぱり休んでる? イアンさんの方がいいか。振り返って――


「わああああっ!? ネイトさん!?」


「はい、ネイト・イザードです。私の部屋にご用件が?」


 淡々と喋るネイトさんがいた。この人、気配が全くなかった。騎士って言ってたけど、暗躍する仕事の方が似合うんじゃないかな……? いや、そんなことより。


「発声練習しようと思ったんですけど、中庭でやって大丈夫ですか? うるさくないかな」


「ふむ、なるほど。一度イアン様に伺ってみましょうか」


 やっぱりそうなるか。ネイトさんはあくまで騎士という立場であって、お城の管理については関わってないんだ。なにはともあれイアンさんの部屋に行かないと。


「私も同行してよろしいでしょうか?」


「付き添ってくれるんですか?」


「はい。よろしければ発声練習にも」


「へ? それも?」


 ネイトさん、あんまり話す機会がなかったから少し怖いんだよな。アーサーと喧嘩した日も剣向けられたし。あれはオレが悪かったんだけどさ。


 ……っていうか、ネイトさんの雰囲気変わった? なんだろう、怒ってるわけじゃない、と、思うけど……。


「……私と発声練習はお嫌でしょうか……?」


「えっ!? ……あっ、ごめんなさいそうじゃなくて! なんか、こう、ネイトさんって一人が好きそうっていうか……あ、でもエリオットとは友達なんだっけ……!? あの、ごめんなさい、嫌とかそういう意味はないですよ……!?」


 しどろもどろになったからか、余計に怪しいし嘘臭い。いや、本当に嫌とかそういうのじゃなかったんだけどな……!?


 ネイトさんには伝わってなさそうだ、なんとなく表情が重い。絶対信じてもらえてない。気のせいか、肩の周りにどんよりした空気が見える。くるりと踵を返しても、その背中はどこか悲しそうだった。


「イアン様の部屋へ参りましょう……」


「は、はい……あの、本当に違うんです……なんの意味もなかったんですよ……?」


 聞き入れてもらえなさそうだ、これ。一緒に発声練習して、そのとき話そう。この人、出会った頃より相当感情が豊かになってる気がする。気付いてるのかな……? いや、気付いてなさそう。教えてあげた方がいいのかな、これ……。

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