家族と衣装
「さあ、たんとお食べ!」
バーバラさんの威勢のいい声。食卓に並ぶは豪勢な食事。アレンくん以外の面々は皆、その圧倒的な量に驚いているようだった。
かくいう私も、作り過ぎではないかと思ってしまうほど。まあ男の子だし食べ盛りの子もいるし、大丈夫だとは思うけどね。
初めて目の当たりにするであろうエリオットくんはやや興奮気味だった。
「こんなにたくさん出来たんですね……! いっぱい食べていいですか?」
「当たり前だろ? エリオットは頑張ったからオレの分も食べる勢いでいいよ」
「やったー! ありがとうございます!」
兄弟っていう感じがして本当に和むな、この二人は。
アレンくんは店の立地的に年下の子と触れ合う機会もそう多くなかっただろうし、こういうの新鮮なんじゃないかな? エリオットくんも持ち前の天真爛漫さでいい弟ポジションに落ち着いたみたい。
ところでアーサーくん、ネイトさん。そわそわしないでください。エリオットくんになにかしてあげたいのはわかりますけどね。純真無垢な彼は、ある意味で魔性の男なのかもしれない。
大人組を一瞥すれば、ギルさんは笑っている。ちょっと引きつってるけど。
「食い切れるかねぇ、これ……ま、基礎練をやり切ったご褒美ってことで」
「家庭料理なんざ食った記憶がねぇからなぁ、存分に味わわせてもらうか」
「宿舎の食堂を思い出します。食欲が掻き立てられますね」
「ふふ、きみたちはまだまだ成長の兆しがある。食べられるときにしっかり食べておくといい」
オルフェさんだけ少し目線が違うけど、彼の言うことは尤もだ。みんなはまだまだ発展途上、これからもっと成長していける。そのために、たくさん栄養を蓄えてもらわないと。
――それはオルフェさんもなんだけどね。
彼はやっぱり、どこかみんなを俯瞰して見てる。そういう役回りも必要ではあるんだろうけど、あなたが見ている輪にはあなた自身も含まれているんですよ。
なんて、いまはピンと来ないかもしれないけど。いずれはちゃんと、自分の居場所として認めてほしいものである。簡単にいなくなったりしないだろうけど、輪の外にいるとは思わないでほしいな。
「さ、皆さん。料理が冷める前に召し上がってくださいね。感謝の気持ちを込めて」
「いただきます!」
教育の賜物か、ちゃんと手と声を合わせて言ってくれるアイドルたち。いい子だね、きみたちは。私は嬉しいよ。
早速料理に手をつけていく面々。イアンさんの反応が面白かった。大袈裟で、初めて高級料理を食べた庶民みたいな顔してる。あなた、仮にも宰相閣下だった人でしょうに。
「イアンさん、どうですか? あんまり食べたことないみたいですけど」
「あ、そうだな……いや、なんだ。立場上、いいものを食ってきてはいたが……いままで食ってきたものより、ずっと、めちゃくちゃ美味ぇ……」
んん? 気のせいか、声、震えてない?
気のせい、じゃないのかもしれない。イアンさんは過去を決して語らないから。もしかすると、家庭料理みたいな“説明出来ない温かさ”を知らなかったのかもしれない。
初めての味は、彼のなにを刺激しただろう。私たちにはきっと明かしてくれないとは思う。それでも、私だけでも、理解しようとする人がいる。それだけは伝わってほしい。不本意かもしれないけどね。
一方で、ものすごい勢いで食べ進めるエリオットくん。ネイトさんがふっと微笑んだ。
「エリオット様は本当によく食べますね」
「美味しいご飯、大好きです! 買い食いじゃ味わえない幸せ、感じてます!」
「可愛い子だねぇ、エリオットは! もっと食べなさい! あんたはこれからでっかくなるよ!」
「えへへ、はーい!」
バーバラさん、こういう素直でわかりやすい子の方が好きそう。エリオットくんはドンピシャかもね。やっぱりこの子、マダムキラー的な要素を持っているのでは……?
その傍らでアレンくんが苦笑いしていた。やきもちとか妬くのかな?
「オレも負けてられないなぁ。そのうちエリオットに身長抜かされちゃったりして?」
「やめろ、アレン。僕、いまから怖くなってきた……」
すごく前向きな苦笑いだった。一方でアーサーくんは戦々恐々としている。まあ中身がエリオットくんのままイアンさん並みに大きくなったら不思議な威圧感ありそうだもんね。それともただのプライド?
ギルさんやネイトさんたちも休めることなく手を動かしている。気に入ってくれたかな?
「アレンママ、マジで料理上手いっすね。ガンガン食えそうっすわ」
「宿舎の料理もなかなかでしたが、家庭的な味は特別感がありますね。その秘訣とは?」
「愛情じゃないかな? 大勢に振る舞うための効率より、美味しく食べられる一手間が込められているんだと思うよ。家庭を持つ者ならではの工夫だ、毎日味わいたいくらいさ。素敵なマダムだね」
「やだねぇ、褒めたってなにも出しゃあしないよ」
オルフェさんにもなびかないのはバーバラさんらしい。ミランダさんといい、強い女性ってみんなこうなのかな?
ぼんやり眺めていると、旦那様が笑った。ただ、少しだけ違和感を覚えた。
「麗しいエルフさん、人妻を口説くのはいただけないな」
「口説くだなんてとんでもない。素敵な伴侶と共に在れる貴方は幸せだと思っただけさ。彼女の存在を誇りに思うといい」
「言われなくてもそうしているよ。母さんは昔から僕一筋だからね、胸を張って自慢できる最高のお嫁さんさ」
「あんた! 余計なことを言うんじゃないよ!」
あ、違和感ってこれか。旦那様、オルフェさんに牽制したんだ。確かに、こんな美形に褒められたら普通の女性はコロッと落ちちゃいそうだもんね。心配は杞憂に終わったみたいで何より。それよりも――
「二人とも、みんなの前で惚気ないでくれない……?」
こっちの心配もしてあげて。アレンくん、ものすごく居た堪れなさそう。みんなも見ないであげて。そんな微笑ましい顔を見せないで。気持ちはわかるけどね。
それからは穏やかな時間が過ぎた。家庭料理に舌鼓を打ち、談笑したりして。親睦が深まったんじゃないかな、って思う。アーサーくんとエリオットくんも、前よりよく会話するようになっていた。嬉しい変化である。
「で、あんたたち七人がアイドルになるんだっけ?」
ふとバーバラさんが尋ねる。みんなは力強く頷いてくれた。もうそれだけで感激してしまう。ちゃんとアイドルになる覚悟を決めてくれたんだなぁって。未知の文化だっていうのに。
「帝国初のアイドル、名前は“ニジイロノーツ”です。でも、なんでいまその話を……?」
「いやね、衣装はもう用意してあるのか気になったんだよ。私服で踊るわけじゃあないだろう?」
「アッ……!」
しまった、完全に失念していた。歌と踊りを鍛え上げて、会場を押さえたとしても、ステージ映えする衣装がなければインパクトに欠ける。いまから発注して間に合うもの? どうしたらいい?
一人、動揺する私。バーバラさんの笑い声すらいまは遠い。
「あたしが作ってやろうと思ったんだけど、どうだい?」
「はぇ……え? えええっ!? いいんですか!?」
どうした!? “スイート・トリック”の件といい、流れが来ている! いままで苦労した分が報われているのか!?
ありがたい話だ、願ってもみない提案。協力してくれるなら是非頼みたい。バーバラさんはまた笑った。本当に、どうしてこんなに協力的なんだろう?
「息子の晴れ舞台になるんだ、あたしたちに出来ることなら手伝ってやりたいと思ったっていいだろう? 服飾の経験を活かせそうだしねぇ」
「あ、あ、ありがとうございます……! ただ、その……時間が……」
仮に出番を貰えたとして、公演日は春暮の二十七日から三十日までの三日間。二週間程度しかない。間に合うものなのか?
私の不安を感じ取っただろう、今度は苦笑を浮かべるバーバラさん。
「前の職場で知り合った子たちにも頼むつもりだよ。誰かしら手伝ってくれるだろうさ」
「僕の方からも声をかけてみるよ。まあ鎧だったり剣だったりの職人が多いから、あまり力にはなれないかもしれないけど」
旦那様まで……アレンくん、やっぱり愛されている。当の本人はくすぐったそうだった。そういえば記憶を取り戻した初日、バーバラさんが自分の服を作ってくれたことがほとんどないって言ってたもんね。嬉しいに決まってる。
「よろしくお願いいたします、お二方……!」
「恩に着ます。それじゃ、俺らはお暇するか」
イアンさんが立ち上がる。あ、確かにもういい時間だね。さすがに全員は泊まれないし、城に帰った方がいいか。アレンくんは残ってもらおうかな? せっかくだし、親子水入らずで話してほしい。
「そっすね。明日はアメリアさんの発声練習だし、気合入れてかねーと」
「彼女も真摯なエンターテイナーだ。優しくはないだろうし、気を引き締めて臨もう」
「ぼく、頑張ります!」
「私も皆様に置いていかれぬよう励みます」
「それで、アレンはどうする? たまには家で過ごしても……」
アーサーくん、同じこと考えていた。さすがである。いや、さすがってなに? 私、最近本当におかしい。彼らを見る目がときどき変。自覚はある。
私としても、アレンくんは実家に泊まってほしい。頻繁ではないけど家には帰っている。それでも一度、ゆっくり過ごしてほしいと思う。だけど――
「ううん、みんなと帰るよ」
アレンくんの声に迷いや躊躇はなかった。みんな驚いているようだったし、私もそう。ご両親だけは、優しい顔をしていた。
「……いいの?」
「うん。オレたちは大丈夫。だよね?」
「勿論。僕に似て、いい男の顔になってきたね」
「なにを言ってんだかねぇ。まあ、この人の言う通り。最高の男になってくるまで、うちで夜は明かさせないよ!」
「なんだよそれ、実の息子にひどいと思わない?」
困ったように両手を広げるアレンくん。その様子になんとなく笑いを誘われる。
ケネット家のみんなが納得しているなら大丈夫。私たちがとやかく言う筋合いはない。家族の絆、って感じ。少しだけ――羨ましいな、って思っちゃう。
それから私たちはご両親にお礼を告げ、城に帰った。稽古の疲れもあるだろうし、出かけたりもしただろう。心地良く揺れる馬車の中、アイドルたちはぐっすりと眠っていた。