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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第七章:輝く“星”になって
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思わぬ提案

「失礼致しました。取り乱してしまいました」


「いやいや、むしろ取り乱してたのネイトさん以外だと思うよ……?」


 深々と頭を下げるネイトさん。私とイアンさんは俯き反省、ジェフさんの乾いた笑いが聞こえてきた。本当に申し訳ないと思う。


 話の腰を派手に折ってしまったけど、ネイトさんの悩みも深刻だ。頭を使って演じる必要がある以上、彼のお芝居のスタイルじゃ難しいはず。ジェフさんは考えて演じるタイプみたいだし、アドバイスは頂けるだろうか……?


「その、ネイトさんはなんていうか……役に入り込むタイプみたいで……」


「あ、そっちか! なるほどなー! そりゃあ思い詰めちゃうよね、頭使うとか言われたらさ! ごめんね!」


 両手を合わせて謝るジェフさん。こういうところ、すごくお茶目だな。天下の“スイート・トリック”だというのに、嫌味が全くない。ネイトさんも幾らか気が和らいだだろうか。少しだけ血色が良くなったように見える。


「入り込むタイプって難しいみたいだねー。考えるより先に体が動いちゃうってことでしょ? コントロールって出来るもんなのかなぁ?」


「グラスの劇団にはそういう役者さん、いらっしゃらなかったんですか?」


「いたと思うけど、あの頃は俺もまだ育ってなかったからなー。上手く説明できないや。ただ、強烈なインパクトはあったよね! 芝居だよね? って思っちゃうくらいのガチさでさ! リーダーではあったけど、結構危なっかしい人でね! 周りがフォローしないと芝居から戻ってこれなくて大変だったんだ! 公演の後とか、よく『憶えてない』って言ってたっけ!」


 それくらいお芝居にのめり込む人がいるのか……日本のアイドルにもそう語る人はいたけど、実際にその様子を目の当たりにしたら声も出せないんだろうなと思う。


 ネイトさんがそこまでの役者に至れるかはわからないけど、参考にはなるはず。その人はどうやって芝居を成立させていたんだろう?


 話を伺おうとした矢先、イアンさんが「だったらよ」と声を上げた。


「俺がコントロールすりゃいいんじゃねぇか?」


「はぇ? イアンさんが?」


「ネイト自身にコントロール出来ないってんなら、俺がこいつをリードっつーか、動かせりゃいいと思ったんだが……まずかったか?」


 まずいというか、それってかなり難しいのでは?


 制御不能のネイトさんを自分の思うように演じさせる。それはネイトさんの感情や台詞、脚本の流れを全て理解した上で、そのシーンに合った演技をさせるために演じる。そんなのお芝居未経験のイアンさんが出来るのだろうか? 不安しかない。


 ――と、思ったが、ジェフさんは目をキラキラさせていた。綺麗な前傾姿勢でイアンさんを見ている。不安が加速する。


「その発想……サイッコーにクールだね! チャレンジ精神、超リスペクトしちゃう!」


「ちょちょちょ、待ってください! それ絶対めちゃくちゃ難しいのでは……!?」


「だからこそじゃん! ネイトさんが感覚派なら、頭脳派のイアンさんが引っ張っていけたらめっちゃ綺麗な役者コンビになりそうじゃない!? ワクワクしちゃったし、二人に投資したいって思っちゃったよ!」


 こんな無理難題にワクワクしちゃうなんて、あなたも大概危なっかしい人ですね。


 なんて言えるはずもなく、乗り気なジェフさんと押され気味のイアンさんを見守るばかり。当のネイトさんはと言うと、ぽかーんとその様子を眺めていた。あなた当事者なんですけど!


「ネ、ネイトさん? あなたのお話なんですけど……」


「は、そうですね。私はまだまだ至らない身ですので、お手を煩わせてしまいますが何卒よろしくお願いいたします」


 違う! そうじゃない! よろしくしちゃ駄目ですって絶対!


 それすら言えず、ここに不安要素同盟が組まれてしまった。どうしよう……二人の路上パフォーマンス、本気で考えなきゃいけなさそう。帰ったらギルさんに相談してみようか。


 無知とはいえ、無理難題に挑むことを選んだ二人だ。やれるだけやってもらって、諦めたらまた考えよう。ジェフさんも協力してくれるみたいだし、いま実らなくてもいずれ使えるかもしれないし。


 アレンくんとオルフェさん、ギルさん、アーサーくんとエリオットくん。しばらくはこの三グループで回していくのがいいかもしれない。ひとまず話は済んだし帰らないと。


「それでは、また後日打ち合わせということでよろしいでしょうか?」


「オッケー! オレの方でも指導の準備しとくね! イアンさん、ネイトさん、一緒に頑張ろうね!」


「あ、ああ……よろしく頼む」


「ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」


 一礼する二人。私も倣い、部屋を出ようとすると――


「あ、リオちゃんちょっと待って」


「は、はい?」


「話があるんだ、ちょっと大事な話。イアンさんとネイトさんは先に出ててくれる?」


 大事な話……? なんだろう、稽古をつけてくれるみたいだけど、費用の相談かな? だとしたらイアンさんを残しておきそうなものだけど……少し怖い、いったいなんの話だ。


 ひとまず二人には退室してもらうことにする。二人の背中を見送って、ジェフさんと二人きり。振り返ると――先ほどの陽気な顔が消えていた。思わず背筋が粟立つ。


 私の変化にも目敏く気付くジェフさん。彼はニッと笑ってみせるものの、ほんの少し前に見せていたものとは明らかに毛色が違う。


「そんなに警戒しないで。きみらにとっても悪い話じゃないからさ」


「し、失礼致しました……それで、お話とは……?」


「お誘いだよ。このまま稽古が順調に進んで、路上パフォーマンスでも成果を出せたら――春暮公演、二十七日から三十日のどこかで、客演として出てみない?」


「え……えええええっ!? いいんですか!?」


 こちらから打診しようと思っていたのに、まさか提案されるとは。願ったり叶ったりだけど、ジェフさんにそれを通す力があるのかな?


 そもそも“スイート・トリック”の座長って誰なんだろう? 一度も姿を見せていないから、挨拶も出来ていない。まずはトップと顔を合わせておきたいものだが……。


「勿論、出演させるかどうかは俺だけじゃなくて、ミランダやアメリアと一緒にするけどさ。ね? 悪い話じゃないでしょ?」


「ありがたいお誘いです。ただ……」


「なに?」


 正直、裏があるとしか思えない。


 ……とか言ってこの商談が白紙に戻るのは困る。いま断られれば、二度とチャンスは訪れないかもしれない。それでも、軽率に乗るのは躊躇してしまう。


 私のアイドルたちが被害を受けたり、不幸になったりするのだけは避けたい。ジェフさんの意図が見えない以上、素直に頷くことは出来なかった。


「裏がある、って考えてるでしょ」


「……!? な、なんでわかったんですか……?」


「あ、本当にそう考えてたんだ。アハハッ、リオちゃん意外と慎重なんだね」


 嵌められた……!? 本当になにを企んでいるんだろう。ここまで来たらもう引き下がれないか。断ってもなにをされるかわからないし。


 気を引き締めた矢先、ジェフさんは笑った。あれ……? 今度はさっきと同じ、陽気で人懐こい顔だ。


「ごめんね! びっくりさせちゃったかな? 正直に言うとさー、試させてもらったんだよね!」


「わ、私、試された……?」


 いったいどうしてそんなことを? 私の疑問を晴らすように、ジェフさんは続けた。


「アイドルが歌って踊るグループなのはミランダから聞いてた。でも、どうしてそんな新しいエンタメを始めようと思ったのかは知らなかったから。オルフェの口添えだったとしても、怪しいことに協力させられてんじゃないかなって不安だったんだよね。俺だけじゃなく、ミランダたちも」


 ジェフさんは正直に語ってくれる。理由も納得のいくものだった。


 聞いたことのないエンターテイナーの育成に加担させられるなんて、普通の人は足踏みしてしまうはず。その結果がイアンさんの依頼だ。誰一人として協力者は現れなかった。


 だけど“スイート・トリック”は協力してくれた。自分の稽古に充てられたはずの時間を、得体の知れない私たちに割いてくれた。たった五日間の基礎練習で、いったいどれだけの信頼を勝ち得ることが出来ただろう。


「……詳細を語ることが出来ず、申し訳ございませんでした」


「謝らないで。ミランダから聞いた話と、あの二人の真剣さでようやく信用していいなって思えたんだ。怪しいことしてるわけじゃないって。だから、俺たちも出来ることをしてあげたいって思っちゃったんだよね」


 ジェフさんははにかんで笑う。向こうも向こうで怪しんでいたことに申し訳なさを感じているようだった。むしろこっちがお世話になりっぱなしなんだから、そんなふうに思う必要はないのに。


「で、改めて交渉。きみらの成長次第では春暮公演で出番をあげたいと思ってる。どう?」


「是非。皆さんのお目に適うよう頑張らせていただきます」


「わかった、決まりね! きみたちがどんなエンターテイナーになっていくか、俺たちも楽しみにしてる! 全力で手伝ってあげるから、頑張って!」


 がしっと手を握られる。顔を上げれば満面の笑顔。ああ、こんな人もいるんだ。未知そのものである私たちを純粋に応援してくれる、ある意味奇特な人。


 驚きもある。ただそれ以上に、この期待に応えなければ。そう思わされてしまう。私にとっても、アイドルたちにとっても重圧だろう。それでも、彼らなら乗り越えられる。


 ――私が信じてあげないで、誰があの子たちを信じられるっていうの。

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