表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第七章:輝く“星”になって
145/200

愛は人を饒舌にする

 ジェフさんに通されたのはいつもの控え室――ではなく、彼の楽屋だった。失礼な話、思ったより綺麗だ。ちゃらけた振る舞いをしているけれど、意外ときっちりしているんだな。


「よかったー! たまたま昨日片づけたばっかなんだ!」


 快活に笑うジェフさん。どうやら偶然だったらしい。だよね、って正直思った。イアンさんは苦笑している。ネイトさんはいつもの無表情。


「ささ、適当にかけちゃって! 話が聞きたいんでしょ? なんの話?」


 この人、思っていたよりずっとよく喋る。陽気な人というイメージがより強まった。このおどけた口調は彼の素なのかな。これすら演じていたりとか……ない、よね? さすがにね?


 ひとまず言葉通り、各々腰を下ろす。ジェフさんは部屋の隅にある小さな冷蔵庫を漁っていた。まさか飲み物でも用意する気か? もてなしの心が過ぎる、申し訳なくなってきた。

 

「え、えっと……お話というのは、お芝居のお話で……」


「芝居の話? なんで俺に?」


「役者をやっていた、という噂を聞きまして……」


「あー! そういうことね! そうそう! 俺はグラス皇国出身でさー、そのとき劇団に所属してたんだ! 子供の頃だけどね!」


 別に隠しているわけでもなかったんだ。公表してないってだけで。子供の頃とはいえ、役者として活動していた時期があるのならなにかしらヒントを貰えるかもしれない。


「でもさー、きみら、アイドル? になるんでしょ? 歌って踊るってのは聞いてたけど、芝居って必要なの?」


「あ、それなんですけど……知名度を上げるために、路上パフォーマンスを企画していて」


「へー! 面白そうじゃん! で、この二人か! 顔が知れてる分、お粗末なものは見せられないよね!」


「話が早くて助かる。俺もネイトも芝居は未経験でな……コツっつーか、そういうのがあれば聞かせてほしい」


「コツ? そんなもんないない!」


 あっけらかんと希望をぶっ壊してくるジェフさん。私含め、三人の口は開いたまま塞がらない。無駄骨を折っただろうか……? 三人で視線を交わすと、テーブルに飲み物が並んだ。


「まあまあ、とりあえずこれ飲んで! 芝居なんて簡単に出来るもんじゃないからさー、ちょっと時間貰っちゃうけどそれでもいい?」


「是非。お芝居の感覚は興味深い体験でしたので」


 ネイトさんが前向きに検討してくれてるの、本当に嬉しい。ようやく感情が芽生えてきたのかな。本人としては、まだ自覚していないと思うけど。


「いいねー、やる気満々で! 教え甲斐がありそう! それじゃあ、かいつまんで説明してくね!」


 彼のやる気はジェフさんにも伝わっていたようだ。イアンさんが少し押され気味だけど、やる気はネイトさんにも負けていないだろう。“リオ”に格好つけたい、それが彼の原動力の一端でもあるはずだから。


 前のめりになる二人を見て、ジェフさんは語り出す。その表情に、少しだけ違和感を覚えた。


「あくまで俺にとって、だけど。芝居って“嘘を本当に見せかけること”なんだよね」


 二人とも、ぽかん。嘘を本当に……見せかける? それって、嘘を嘘のまま見せるってことでは?


「それじゃあ結局嘘のままじゃねぇか……?」


「そりゃそうでしょ。だってさ、俺らが演じる人って“実在しない”じゃん。お客さんだってそれはわかってる。わかった上で、俺らの“嘘”を見に来てるんだ。だったらさ、ハラハラドキドキさせちゃう“本当みたいな嘘”を見せてあげたら面白いじゃん!」


 な、なんていうか独特な持論だなぁ……。


 でも、言わんとしてることはわかる。どれだけ綿密に作り込まれた演技だって、現実のものじゃない。ドラマはフィクションだ。視聴者(わたしたち)はそれを知っている。


 お客さんを楽しませる、本当のような嘘。それがいわゆる“迫真の演技”というものなんだろう。実際、生前もお芝居に秀でたアイドルを見てきた。彼らは作り物の世界の中、本当に“そこに在る”ような錯覚を抱かせていたのを思い出す。


「“本当みたいな嘘”……それを実践するのに必要なこととは?」


「脚本の読み込みと、役への理解かなって思ってる。脚本にはシナリオの流れが、役には人生が詰まってる。シナリオの理解が深まれば台詞の意味がわかる。役の理解が深まれば表情や声音、動きがわかる。その二つをしっかり練り込んで、後は演出家との擦り合わせだね! 即興劇(エチュード)だとそうはいかないけどさ!」


 この人、本当にお芝居が好きなんだなって思う。喋り出すともう止まらない。自分の考えていることを饒舌に語れるのは、愛以外に説明のしようがない。


 ……っていうか、鏡を見ているようだ……。


 記憶が曖昧だけど、ミチクサさんに似たようなことをしてしまった気がする。なんて言ったか全然思い出せない。熱が入ると頭以上に舌がよく回るの、オタクの悪い癖。


 だけどこれ、ネイトさんには難しそう? 彼はまるっと“なりきる”タイプみたいだし、考えながら演じるのはイアンさんの方が得意そうかな? 実際、彼は素直に飲み込めていたようだ。


「分析と想像力が必要になるんだな、芝居って」


「お! わかってんじゃん! そうそう、芝居は頭使うんだよ! 体もめっちゃ動かすしさー、やり切った後は超ぐったりしちゃうんだ! でもすっごい楽しいよ! ピエロ演じてるときもさ、俺のパフォーマンスで会場が温まっていくのを感じるとワクワクしちゃうよね! お客さんがサイッコーの時間を過ごす手助けになってる! って実感が癖になっちゃうんだよ!」


 爛々と語るジェフさん。愛情を感じるし、この人間違いなくお芝居オタクだ。なんとなく目を伏せてしまいたくなる。私もこんな感じだったのかな……いや、ジェフさんのはキラキラしてるから違うんだ。子供のような純粋さイズ一等星の輝き。


 っていうか、ネイトさん大丈夫……? さっきから一言も喋ってない……。


 一瞥すると、顔が真っ青だ。うん、感覚で演じるタイプだろうからね。頭を使うって言われたらそんな顔にもなるよね。


「ってか、ネイトさん大丈夫? さっきから全然喋ってないじゃん。気になることがあったらじゃんじゃん聞いちゃって!」


「……私に、人権はあるのでしょうか……?」


「思い詰め過ぎじゃない!? どうしてそうなったの!?」


 ネイトさん、それは流石に考え過ぎです。この広い世の中、お芝居が人権に含める国はきっとないですよ。ジェフさんがパニックになっても仕方がない。


 イアンさん、なんとかフォローしてあげて! 元々はあなたの部下でしょう!


 目で訴えかけると「俺!?」みたいな顔をする。この場においてあなた以外、誰が彼のお尻を拭けるというのか! エリオットくんに甘えないでください!


 観念したか、イアンさんが「あー」と唸り始めた。


「……し、芝居が出来なくても、俺らには、お前が必要、だぞ……?」


「このお馬鹿! そんな弱々しいフォローがありますか! 意気地なし!」


「なんでリオがキレてんだよ!? つか意気地なしってなんだテメェ!」


 あーあ、やっちゃった。まとめ役が二人して取っ散らかしちゃってる。これ駄目だね、どう収拾つけるの? ネイトさん、助けて。待って、目を逸らさないで。私のことで喧嘩しないで! くらい言えるようになってください!


 結局ジェフさんが割って入ってくれて事なきを得た。“スイート・トリック”にはお世話になっております、本当に……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ