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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第七章:輝く“星”になって
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永遠の一番手

「あいつら、もうすぐ門限だぞ……いったいどこほっつき歩いてやがる……」


 事務所に顔を出すと、ピリピリしたイアンさんが時計を見ていた。まったく、本当に一世代前の頑固親父って感じだ。


「イアンさん、非常にいいにくいのですが……その考え方、古いですよ」


「古いか? クーデターの危険は去ったっつっても、夜にガキが二人で出歩くのは危ねぇだろうが」


 まあ実際、私とアーサーくんが二人で出歩いてるときに輩に絡まれたし、危ないと思うのはわかる。それでイアンさんとネイトさんの手を煩わせたことを思い出す。あれはエリオットくんを守るために仕方がなかったんですけどね……。


 そのとき、事務所の扉が開かれた。姿を見せたのはアレンくんだった。


「アーサーとエリオット、もう帰ってきた?」


「ううん、まだみたい。どうかした?」


「ああいや……アーサー、頭固いしさ。エリオットと喧嘩してたらどうしようって思って、必要ならフォローしておこうかなって」


 気遣いが過ぎる。だけどアーサーくんとエリオットくん、育ちと環境が真逆もいいところだ。分かり合えない部分も多い気がする。うーん、あの二人を組ませるのはまずかったかな? それとも私がこっそり追いかけるべきだったか……?


 いやいや、生まれて初めておつかいに出る子供じゃないんだから。イアンさんも過保護だとは思うけど、私も人のこと言えなさそう。


 ……っていうか、気のせいかな? 外から賑やかな声が聞こえる。賑やかというか、楽しそうな笑い声と、制止するような叫び声? 


「ただいま帰りましたーっ!」


「階段をっ! 走るなっ! 危ないだろう! た、ただいま戻りました……!」


 ご機嫌なステップを踏むエリオットくんと、袋を片手に五つも持って息を切らしたアーサーくん。門限には間に合ってよかった。イアンさんを見れば、咳払いを一つ。素直じゃないな、頑固親父。


「おかえり、二人とも。お友達にはなれた?」


「これからです! 絶対なれます!」


 揚々と宣言するエリオットくん。アレンくんの心配は杞憂に終わったみたい? 彼を一瞥すると、なんとなく面白くなさそうだった。それはどっちに向けた感情なんだろう。たぶん、アーサーくん。


「で? 具体的になにしてきたんだよ?」


「どうしてそんなに棘のある声なんだ……? エリオットにはガムの膨らませ方を教えてもらっていた」


 ガムの膨らませ方を教えてもらっていた。


 およそ貴族らしからぬ回答に、私もアレンくんも、イアンさんですら言葉を失っている。エリオットくんの様子を見るに、これもきっかけの一つなんだとは思うけど……。


「なんだその顔は? 疑っているのならならば見せてやろう」


 手に持った袋、よく見るとお菓子がたくさん詰まっている。伯爵子息をお菓子の詰め放題に連れて行くのなんて、後にも先にもエリオットくんだけだと思う。


 アーサーくんがガムを噛み、口から風船を吐き出す。なんだそのドヤ顔、それが貴族のすることか。かわいいが過ぎる。いや、それより……。


「それくらいオレだって出来るよ」


「な……なんだと……?」


「恥ずかしいな、ドヤ顔で見せつけてきたのに。いまの気持ちを聞かせてみろよ」


 アレンくん、止めてあげて。きみはちょっとだけでいい、容赦を覚えて。アーサーくん、顔真っ赤だよ。


「でもアーサーさん、本当に上手になったんですよ! 最初は全然膨らませられなかったし……!」


「エ、エリオット! いまそれを言ったら!」


「へぇ~、こんなことも出来なかったんだ? 民の手本になるランドルフ家の跡取りが? へぇ~、そうなんだ?」


「アレン、その辺にしとけ。こんなくだらねぇことで喧嘩すんのは本意じゃねぇだろうが」


 頑固親父、いい仕事しますね。心の中でサムズアップ。


 アレンくんは少し納得がいってないようだったけど、素直に従ってはくれるみたい。


 ひとまず、アーサーくんとエリオットくんに関しては心配なさそう。さあ、そうなると問題はやはり大人組。寸劇をするにしても、お粗末なものは二人のプライドが許さないだろう。


 そうなると、“スイート・トリック”のジェフさんに話を聞くのが良さそうかな? この後、二人を連れて行こうか。稽古って何時くらいまでやってるんだろう。


「イアンさんとネイトさんに今後の話があるんですけど、ネイトさんは?」


「いまは騎士団の訓練に出てる。路上パフォーマンスのことか?」


「はい。“スイート・トリック”の稽古場に行こうと思って。訓練の方は何時に終わる予定ですかね?」


「さあな。まあ適当な頃合いで切り上げてくると思うが……」


「ただいま戻りました。私の話ですか?」


 なんとまあタイミングのいいことだ。ネイトさんが帰ってきた。


 ……うわ、なんか新鮮だ。ダンスの基礎練のときに見せた顔と少しだけ違う気がする。表情が険しい。汗が眩しい。いまのネイトさんは、まだ“騎士”なんだろうな。凛々しく見える。


「おかえりなさい、この後ご予定は?」


「特には」


「でしたら、少し休んでから“スイート・トリック”の稽古場に行こうと思うのですが……如何でしょう?」


「かしこまりました。支度を整えてきます」


 淡々と語るネイトさん。くるりと踵を返して自室に戻る。やっぱりこっちの方がしっくりくる。イアンさんにも頼んだし、私も身支度を整えないと。


「じゃあ、私も行ってくるね。みんな、いい子で待っててね」


「もう、また子供扱いする……リオも気を付けてね、行ってらっしゃい」


 ごめんね、と小さく笑って自室に走る。ネイトさん、全然休まなさそうだし。すぐに支度を整えて戻りそう。イアンさんもそう時間はかからないだろう。私もテキパキやらないと。


 =====


「警備員さん、こんにちは」


 ここは“スイート・トリック”稽古場。警備員さんとももう顔馴染み。気軽に挨拶出来るような仲になってしまった。こんなの絶対おかしいよね。


「おや、リオ様? それにネイト様とイアン様も。こんにちは、どういったご用件で?」


「ジェフさんにお話伺いたくて……いま、ご都合よろしいでしょうか?」


「確認して参ります、少々お待ちください」


 警備員さんは一礼して稽古場に走っていく。この待っている時間が地味に緊張するが、今回に限ってはそれだけが原因じゃない。


 無表情のネイトさんと、如何にもな顔つきのイアンさん。二人を侍らせる美少女の図はさぞ異質だっただろう。警備員さんはさして気にしていない様子だったけど、勝手に申し訳ないとも思う。


「ジェフさん、一回しか挨拶出来なかったけど覚えてくれてるかなぁ」


「どうだかな、ミランダが話してるような気もするが」


 基礎練五日目の彼女の様子を考えれば、悪いように伝わっているとは思えない。ただ、この五日間でジェフさんは一度も顔を見せなかった。しっかり稽古時間に到着するタイプなのかな? だとしたら時間には厳しそうだけど……。


「俺のこと考えてる?」


「はい、ちょうどわあああああああ!? どちら様!?」


 突然背後から聞こえてきた声に尻餅を着く。すかさず二人が盾になってくれたようだが、続いたのはおどけた声。


「ちょ、ちょっと待って! そんなに怖い顔しないでくれよ! そっちから呼び出しておいてそりゃなくない!?」


「あ……? こっちから呼び出して、って……」


「――もしや、ジェフ様?」


 二人のきょとんとした声に、私も顔を上げる。短く切った無造作な茶髪、くりくりとした愛らしい眼。小柄で線も細く、頼りない体。しかし意外と整った顔立ちで諸手を上げる男性――この人が“スイート・トリック”のピエロ、ジェフさんらしい。


 衣装を纏った姿しか見たことがなかったので、一瞬誰かわからなかった。けれど、仕草や表情はあの日の道化師そのもの。普段からこんなにオーバーリアクションなのだろうか、燃費悪そう。っていうか、それより!


「この度はうちのアイドルが大変失礼致しましたァ!」


 勢いよく地べたに額をこすりつける。私に出来ることなんて土下座くらいのもの。イアンさんは私の肩を掴んで無理矢理持ち上げようとする。うん、これ前にもやったな。陛下に謁見したときだ、懐かしい。


「いいから顔上げろ! お前がそんなんじゃ示しがつかねぇだろうが!」


「ハッ! 申し訳ございません!」


 イアンさんの言うことは尤もだ! 私がプロデュースするアイドルにここまでさせてたんじゃ軽く見られてしまう! 咄嗟に上半身を起こすと、目の前にはなんとまあ可愛らしいお顔。近いっ!?


「あーもー、汚れちゃってんじゃん! 女の子なんだからさー、綺麗にしてなきゃもったいないよ? ね!」


 ニカッと笑うジェフさん。なんだろう、アレンくんとギルさんを足して二で割ったような人だな。お調子者だけど、素直な感じ。この愛嬌が彼を道化師足らしめるものなのかもしれない。


「あ、ありがとうございます……」


「いいってこと、気にしないで! そんじゃま、改めてご挨拶! ジェフ・キッドマンです! “スイート・トリック”永遠の一番手! よろしくね!」


 ステージ上とは打って変わって、人懐こい笑顔を見せるジェフさん。この差もまた、彼が道化師であることの証明だと実感した。

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