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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第七章:輝く“星”になって
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★違和感と風船

 エリオットと一緒の時間を増やす。とはいうが……僕、どう接すればいいのだろう。同い年のアレンとさえ上手く付き合えていないのに。あいつより幼い子とはどうやって関わればいいんだ?


 自室で一人、悶々と考える。だが、そのままじゃ駄目なのだ。アレンくらい思い切りよく動かなければ。僕だって変わっていかなければならない。


 意を決し、エリオットの部屋へ向かう。気のせいか、部屋から声が漏れている気がした。なんだ? よく聞き取れないが、ふんふん、ふんふん……? 鼻歌を歌っているようだ。


「エリオット。いま、大丈夫か?」


「アーサーさん? はーい、どうぞ!」


 元気のいい声が聞こえる。貴族の集まりでは聞き慣れない声だ。これもまた、民の声なのだと理解する。この声をよく聞き、己の為すべきことを知るのも務めか。


 扉を開けると、表情を晴らしたエリオットが迎えてくれた。やはり落ち着かない。実家の侍女たちは淡々と仕事をこなしていたからな……彼女たちはそれで正解。そして、エリオットも。これがこいつにとっての正解なんだと思う。


「まあ、なんだ。一緒にいる時間を増やそうということだが……すまない。僕は、その……友人? との関わり方がわからなくて……」


「友人? 僕がですか?」


 目を丸くするエリオット。な、なんだその顔は……まさか、友人ではないと思っているのか? いや、僕も友人の定義など知らないが……少し傷つく。


 硬直して固まる僕に、エリオットはまた笑顔を見せた。忙しない奴だな。僕もアレンの母上に言われた矢先だし、人のことを言えた義理ではないが。


「えへへ、嬉しいです! 友達だと思ってくれてたんですね!」


「あ……ああ。まあ、友達だと、僕は、思っているが……」


「よかったです、本当に!」


 ――? なんだ、気のせいか……?


 エリオットの声音はいつも通りに聞こえる。だが、そう感じることに違和感があった。引っかかるところがなければ、そもそも“いつも通りかどうか”など考えないからだ。


 いつも通りに聞こえないなにかがある。だから気になった。なにか隠している? あるいは、僕には言いづらいなにかがある? 違和感は僕を伯爵子息に戻す。


 声音や表情の一瞬の綻び。そこから覗く本当の顔、腹の底を暴くには? 貴族として、利用されることはあってはならない。僕はランドルフ家の跡取りだ、帝国の全てを掌握する立場にいなければ――


「あの、アーサーさん?」


「は……あ、すまない。どうした?」


「いえ、怖い顔をしてたから……」


「そ、そうか? すまないな、気を付ける」


 これから親しくなるというのに、怖がらせていては話にならないな。僕もまだまだ至らない。エリオットと一緒に成長するくらいの気持ちでいないと。


「それで、だ。僕は友人との時間の過ごし方を知らなくて……エリオットは、ネイトさんと友人だろう? その、僕にも教えてくれないか? 友人との時間を」


「わかりました! でも、かっこいい人ってどうして友達がわからないんでしょう……?」


 褒められているのか貶されているのかわからない。無邪気さと言えばそれまでなのだが。


 エリオットは壁に掛けていた鞄を背負い、僕の手を取った。勢いの良さに驚いていると、部屋の外へ引っ張り出される。


「ど、どこに行くつもりだ!?」


「どこかに! お出掛けしましょう! そしたらわかります!」


「そういうものなのか……!?」


 有無を言わさないエリオット。僕も慌ててついていく。こんなに無計画に走り出して、お金は持っているのか? 店の予約は? 行き当たりばったりでなんとかなるものなのか?


 先行きが不安過ぎる……本当に、こんな調子で合わせられるのか?


 =====


「……ここは、なんだ?」


「お菓子屋さんです!」


 お菓子屋さん。


 ……だが、お菓子? 僕の知っているものは一つもない。なんというか、失礼な話だが、すごくチープに見える。


 テーブルを埋め尽くす幾つもの箱に、小粒のお菓子がぎっしりと詰められている。箱の傍には袋があり、好きなように詰め込んでいく。最終的な重さで金額が確定、清算するという流れのようだ。


 エリオットは箱をまじまじと見つめ、慣れた手付きで袋に詰めていく。一方、僕は無数の箱の前で立ち往生。気付いたエリオットが駆け寄ってきてくれた。


「食べたいものありますか?」


「あ、いや……見たことがないものが並んでいるから……」


「だったら、ぼくのおすすめを選んでおきます! これと、これと……」


 ひょいひょいと僕の袋に詰め込んでいくエリオット。あまりにも躊躇がなさすぎるし、そんなにたくさん詰め込んで、ちゃんと払えるのだろうか? 僕の不安などお構いなし、エリオットは楽しそうだった。


「――はい! こんな感じです!」


「こ、こんなにたくさん……!?」


 袋の数は五つ、重さもそこそこ。こんなに詰め込んだら子供の小遣いでは払い切れないのではないか? 僕の手持ちで払い切れるだろうか。冷や汗がどっと湧く。エリオットはそのまま会計に走っていった。


 遠巻きに見ていると、スムーズに会計が済んだらしい。いや、重さで金額が決まるから手間取ることはないだろうが、それにしたってあの量だ。エリオット、実は手持ちに余裕があるのか?


 青い顔をして待つ僕の下へ帰ってくる。キラキラした笑顔で袋を差し出した。


「さ、外で食べましょう!」


「だ、大丈夫だったのか? こんな量、いったい幾らだった……?」


「うん? ワンコインで済みましたよ?」


「ワンコイン!? ちょっと待て、この量だぞ!? 価格破壊にもほどがある! 経営者はなにを考えているんだ!?」


「アーサーさん! 声がっ! 声が大きいです!」


 エリオットの声で我に返る。昼過ぎとはいえ、親子の姿がちらほら。母親がそっと子供の目を隠した。やってしまった……父上の耳に届かないことを祈るばかりだ……。


 慌てて店外に飛び出し、隣を見る。僕の視線に気づいたか、エリオットは目を合わせてきた。しばし沈黙が続き、突然笑いだす。


「あははっ! アーサーさん、びっくりし過ぎです!」


「す、すまない! 僕、こういった趣向の店は初めてで……!」


「勉強になりましたね! ぼくにもアーサーさんに教えられることがあってびっくりしました!」


 笑いを堪え切れないといった様子だ。視察に手を抜いたことはないが、こういった庶民派の店については勉強不足だったようだ。


 正直なところ、エリオットを世間知らずの少年だと思っていた節はある。だが実際のところ、世間知らずなのは僕の方だったらしい。急に恥ずかしくなってきた。


「とりあえず、はい! これ噛んで落ち着いてください!」


「あ、ああ……ありがとう。これは?」


「風船ガムです!」


 風船ガムです。


 なんだ、それは……? 風船? 膨らむ、のか? これが? 噛んだだけで? どういう法則で膨らむんだ? 


 困惑していると、エリオットがそれを頬張った。ある程度噛んだ後、自分の口元を二、三度(つつ)く。見ていろ、ということか? しっかり見つめる。すると――エリオットの口から紫色の風船が飛び出してきた。


「!? ふ、風船だ……! 口から風船が!」


「えへへ、すごいでしょう! アーサーさんもやってみてください!」


「ぼ、僕にも出来るのか!? 手品の類ではないのか!?」


「誰でも出来ます! やり方教えますね!」


「よろしく頼む……!」


 エリオットは頷き、嬉々として風船ガムを噛む。僕も倣って噛んではみるが、ちっとも上手く膨らませられない。


 ――ようやく風船が形になる頃には、日が暮れていた。エリオットはずっと僕に付き添ってくれて、膨らませられたときは目一杯喜んでくれた。

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