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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第七章:輝く“星”になって
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いまは知らなくても

 事務所に戻る馬車の中、私は込み上げる感情を堪えきれずにいた。


「皆さん、本当に大きくなりましたね……」


「な、なに急に……? まだ出会ってから三週間くらいだよね……?」


 ほろりと涙を拭えども、一番古い縁のアレンくんでさえまだ三週間程度の付き合いだ。十年来の付き合いというわけでもあるまいに、こんな発言が出てくれば誰だって困惑する。


 わかっているけど、心の底からそう思ってしまうのだ。なにせ魂はアラサーのまま。若い子が頑張っている姿や成長して大きくなった背中を見ると泣いてしまうのは仕方がない。


 ぐずぐずと鼻をすすっていると、イアンさんが頭を撫でてくれた。いつもの乱暴さはなく、どこか優し気。不覚にも、ちょっとドキッとしちゃうね。男性の手って大きいんだな……。


「ま、少しはでかくなったと思うよ。俺はな」


「オレも。なんとなくですけどね」


「ぼくはまだかなぁ……?」


 エリオットくんは不安そうに自分の頭を触る。大きくなったって、そういう意味じゃないよ。オルフェさんとネイトさんがクスッと笑った。ネイトさん、あなたも本当に変わりましたね……そんな表情が出来るなんて。


 オルフェさんがエリオットくんの手を覆うように乗せた。きょとんと目を丸くする彼に、美形のエルフはなおも微笑みかける。


「きみだって大きくなっているよ。初めて出会ったときよりも、ずっとね」


「ほんとですか? 大きくなってる?」


「勿論。いまのきみからは歴戦の戦士に負けずとも劣らない、精悍(せいかん)な顔つきをしているよ」


「せいかんな……?」


 エリオットくん、まだ難しい言葉はまだわからないと思います。見兼ねたのか、アーサーくんが補足した。


「たくましく育った、という意味だと思うぞ」


「あ、そういうことか! ぼく、少しは強そうになってるかな……!?」


「ハハッ、強そうってのは違う気ィするわ。ま、たくましくなったのはマジだと思うぜ。やったじゃん」


「えへへ、もっとたくましくなります!」


 ぐっ、と拳を握るエリオットくん。うーん、このまま真っ直ぐ育ててほしいものである。このままいけば絶対母性本能鷲掴み系のアイドルになれるはず。お姉さんからクレームが来ることは、もう考えないようにしよう。


「んで、基礎練期間が終わったわけだけど」


 ギルさんが口火を切る。路上パフォーマンスの件だろう。私は頷いて、話を切り出す。


「はい。明日からでも路上パフォーマンス活動も始めていきたいです」


「オルフェとも話さないとね。どの曲からだとウケがいいかな?」


「グラス皇国のアーティストがいいかもね。この国まで知れた名前も多いだろうし」


「曲に関しては幾つかこちらでピックアップしていたので、それは後程お渡しします。それからは任せしてもよろしいですか?」


 二人は力強く頷いてくれる。本当に、頼れるアイドルに成長したものだ。涙出そう。泣いてもいいと思う。


「――んじゃ、まずは俺の仕事かね」


 ギルさんが体を伸ばし、稽古場に持ち込んでいた鞄を開ける。中から取り出したのは、いつもの手品道具。


 え、ま、まさか、このタイミングで?


「ギ、ギルさん? いったいなにを……っていうかなんでそれを……」


「仕事は早い方がいいっしょ? すんません、馬車止めてください!」


 ギルさんの声に応じ、停車する。ここはミカエリア中央区、時刻は午前八時を過ぎた頃。出勤のために人々が動き出す時間――人目は事足りる。十分すぎるほどに。


 馬車から降りたギルさんは二、三度手を叩き、人々の注目を集める。既に顔が知られていることもあるだろう、足を止める人がちらほら。彼は笑う。手品のときの紳士的な顔じゃない。“本当の”ギル・ミラーがそこにはいた。


「どーも、皆さんおはようございます! 俺のこと知ってる人、いますかね? ――ま、知らなくてもいいっすわ。今日から覚えてくれりゃあそれで。仕事前にいいもん見れたって自慢してくださいな」


 その言葉を皮切りに、突発的なショーが始まる。人集りは新たな人を呼び、興味と関心の渦を生む。その中心は私たちの馬車――というか、ギルさん。彼は手品道具を器用に操り、人々の目を奪う。久し振りに見た彼のパフォーマンスは、どこか違和感があった。


 以前はただ、手品そのものを見てほしい。手品をぐっと前に押し出し、自分は引っ込める。極端に言えば、ギル・ミラーを見られないようにしていた。


 ところが、いまのギルさんは違う。手品と、自分。全てがギルさんのパフォーマンス。観客を煽る挑発的な言葉、大胆不敵な表情。そして心を鷲掴みにする手品の数々。歓声を浴びるのに時間はかからなかった。


 ――そうして、ショーが幕を閉じる。ギルさんがステッキで床を叩き、深々と一礼。割れるような拍手が響き渡る中、彼は私たちを手招きした。


「……! 皆さん、ゴー!」


「え、え? オレたち?」


「いい機会だろう、行くぞ」


 戸惑うアレンくんの手をアーサーくんが引っ張る。エリオットくん、オルフェさんと続き、ネイトさんとイアンさんも姿を見せた。見る人が見れば、奇妙な集まりだと思うだろう。


 全員が並んだところで、ギルさんが観客の方を向く。


「お初にお目にかかります! 俺たち七人、歌って踊るエンターテイナーになる予定なんで! 名前は“ニジイロノーツ”! よかったら覚えてってくださいな!」


 みんながおずおずと頭を下げる。温まった空気の中だ、観客も拍手や激励を贈ってくれた。


 やっぱりギルさんは火付け役だ。次はアレンくんとオルフェさんの番になるだろう。二人のパフォーマンスは確実に心を射止められるはず。アーサーくんとエリオットくんにも頑張ってもらわないといけない。


 ……ネイトさんとイアンさんも、頑張ってもらわないとね。

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