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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第七章:輝く“星”になって
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「滑稽だわ」

「なんだこれは……」


 春暮八日、午前七時の稽古場。ミランダさんは驚いたような声を上げた。その傍で、密かに笑う私。


 みんな、五日間でしっかり基礎をものにしていた。初日のように立てなくなることもなくなり、呼吸も安定してきている。ミランダさんの喝が飛ぶ場面も激減した。


 彼女からしてみれば、ここまで急速に成長するとは思わなかっただろう。私だって、もっと時間がかかると思っていたから。


 いま、みんなの原動力になっているのは七人の名前。“ニジイロノーツ”という、新しい居場所のはずだ。彼らにも確かな心の拠り所が出来た。だから頑張れるんだ。


「よし、休憩だ」


「ハイッ!」


 ミランダさんの言葉をきっかけに倒れることもなくなった。本当に、大した成長だと思う。飲み物をみんなに配りに走る。みんなの顔を伝う汗が眩しい。青春の煌めきイズ尊い。


 いかんいかん、表情が緩みそうだ。私も気を引き締めないと。


「皆さん、だいぶ体力ついてきましたね」


「ぼくたち、成長してますか?」


「初日よりは、って感じじゃね? ミランダさん、どーっすか?」


 にやりと笑いながら尋ねるギルさん。彼女とひと悶着起こしたのによくもまあそんなことが言えるものだ。この挑戦的な姿勢がギルさんのいいところでもあるんだけど。


 ミランダさんの表情が歪む。あ、これ、怒ってる? 私が間に入った方がいいかな?


「初日よりは、に過ぎねぇよ。自惚れて怠けちゃ話にならねぇからな」


「手厳しいっすね。ま、成長してるのは事実ってことみたいだぜ。やったじゃん、エリオット」


「はいっ! ぼく、成長してる!」


 爛々と声を弾ませるエリオットくん。これにはミランダさんも調子が狂っているみたい。あんまりこういう前向きな子の相手してなかったのかな。みんなのこと根性あるって言ってたし、折れる子が多かったのかも。


 なにはともあれ、いい意味で裏切れたのだと思う。最高の七人、って言ったけど、正直不安視していたメンバーもいる。でも、もうその心配は要らない。いまなら胸を張って言える。


「私、見る目があるんです」


「よく言うわ、ハラハラしてたくせに」


「私たち、信用されていなかったのですか……?」


「俺たち、そんなに頼りなかったか……?」


「ちがっ! 違いますよ! 信じてた! 心配はしてたけど!」


 よりにもよってこの二人がしょんぼりするとは思わなかった。あ、いや。イアンさんは想像出来た。ネイトさんは意外だった。本当に変わりましたね、偉い。


「心配されるほど情けない姿を見せたのは事実だったかもね」


「まあ……未経験者ばかりだし、当然と言えば当然か」


「ちょっと悔しいな。だけど、これからも裏切っていくよ。勿論、いい意味で」


 オルフェさんはハッキリ言うなぁ、詩的な表現をするのに。アーサーくんは現実をちゃんと見れていてなにより。教育の賜物かな。アレンくんは力強い決意を示してくれている。もうなんか感慨深くて嬉しいし涙出そう。


「肝の据わった奴らだよ、お前らは……ほら、続きだ! さっさと立て!」


「ハイ!」


「頑張ってくださいね、皆さん。よろしくお願いします」


 笑顔で送り出せる。それくらい、いまのみんなは頼もしい。大きくなったなぁ……なんて、親のような気持ちになっても仕方ないよね。


 =====


「ミランダ、そろそろ稽古の時間……あら?」


「あ? おう、もうか。よし、終わりだ!」


「ありがとうございました!」


 気が付けば午前八時に迫る頃。アメリアさんが姿を見せたが、誰も倒れていないことに少なからず驚いているようだった。


「おはようございます、アメリアさん」


「おはよう、お嬢さん。これはいったいどういうことなのかしら」


 ミランダさんと同じこと言ってる。無理もないか。私のアイドルは、彼女たちの予想を遥かに超えるスピードで成長しているはずだ。もっと時間がかかる、あるいは根を上げるだろうと踏んでいたに違いない。


「皆さん、頑張ってくれてます。それだけですよ」


「……ふふ、そう」


 意味深に微笑むアメリアさん。なにを考えているかはやはり読めない。ただ、この後はダンスの振り付けと同時並行でアメリアさんのボーカルレッスンも始まる予定だ。しごき甲斐がある、と思ったのかもしれない。


 それでも大丈夫。みんななら乗り越えてくれる。私とみんなの間に、ようやく確かな信頼関係が築かれている。彼らだって、私の期待に応えようとしてくれるはずだ。絶対にやり遂げられる。私に出来るのは、信じて見守ることだけ。


「――さて、お前ら」


 ミランダさんの声に、みんなが注目する。彼女の歪んだ表情も見慣れたものだが、今回ばかりは少しだけ毛色が違う気がした。


「今日で基礎練習は終わりだ。だからって復習サボるなよ、怠けたらすぐに衰えるからな」


「ハイ!」


「それで、だ。リオ、楽曲は出来てるのか?」


「はい。仮歌……えっと、歌はまだアレンくんの声だけですけど」


「なら音源をあたしに寄越せ。聞きながら七人分の振り付けを考える。決まるまではアメリアの稽古に集中するように」


「ふふ、任せて頂戴。ミランダの稽古で逃げなかった頑張り屋さんが七人もいるなんて。私も頑張らないといけないわ。よろしくね」


 アメリアさんが一礼する。見た目は本当に幼い子供なのに、立ち振る舞いはとても優雅だ。かといってそれが違和感ということもなく、自然に思えるから不思議な人だと思う。


 私のアイドルも元気よく返事をする。くす、と微笑むアメリアさん。この後も修羅場は続きそうだけど、いまの彼らなら乗り越えてくれるはず。帰ってこれからの準備をしないと。


「それでは、今日はここで失礼致します。今日もありがとうございました」


「あ、いや……待て」


 帰ろうとしたにも関わらず、引き留めるミランダさん。なにか話があるのかな? 私だけじゃなく、みんなも不思議そうだ。アメリアさんだけが、あらあらと笑っている。


 居た堪れなくなったのか、ミランダさんは頭を乱暴に掻く。待っていると、唸り始めた。


「あー……まあ、なんだ。まあ、そうだな。ああ、っと……」


「じれったい人。早く言ってしまいなさいな」


「るっせ。あー、ったく。らしくねぇ……」


 アメリアさんにはわかっているみたい。私たちは相変わらず置いてけぼり。


 観念したらしい、ミランダさんが深いため息を吐く。重々しく口を開くが、視線は斜め下を向いていた。


「……よく、ここまで、耐えたな。頑張った、と、思うぞ」


 ――いま、なんて言った?


 みんなと顔を合わせる。わ、すごい。豆鉄砲食らった鳩が七匹いる。私も含めて八匹だね。すごく平和な空間だなぁ、ここ。じゃなくて。


「……? は? あ……ああ?」


「聞き間違い、でしょうか……? いま、なんと……?」


「まだ若い気でいたけど、耳が衰えてきたのかな……?」


「ぼくの耳、都合のいい言葉に変えちゃうものだったっけ……?」


「疲れてんのかねぇ、幻聴が聞こえた気がすんだけど……?」


「……あり得ない言葉が聞こえた気がしたが……気のせい、だな……?」


「そうだよ、ミランダさんがオレたちを褒めるなんて……なあ? あり得ないよな?」


 みんな、それはさすがにブチ切れられても文句は言えないよ。


 ミランダさんを一瞥すれば、この世に終わりをもたらしそうな顔してる。ほらもう、言わんこっちゃない。私は我慢したから見逃してもらえるはず。高みの見物を決め込んでおこう。明日は我が身。


「信用がないわね、あれだけ熱心に教えてあげていたのに。滑稽だわ」


 内輪にすら味方がいないのか。世界的に有名なダンサーだというのに。可哀想と思うのはお門違いだけど、その上で可哀想だと思ってしまう。


「いい度胸してんじゃねぇか……」


「うちのアイドルが大変失礼いたしましたァ!」


 出るならいまだ! 刮目せよ! これが日本人の誠意の証、ドゲザです!


 滑るように跪き、額を床にこすりつける。ああ、悲しい(かな)。社畜根性は未だ健在。牧野理央のダイナミックなラリアットに、リオは泡吹いて倒れました。


 ここにいるのは哀れな社畜。なるようになれ。魔法の言葉、ケセラセラ。頭を下げるのは私の役目だ。


 それからなんとか許しを貰い、戦争を防ぐことには成功した。私、英雄の素質がある。勿論、そんなわけはない。

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