“七色の音”
「ただい……」
「おかえり! アレンくん! 待ってたよ!」
「わああっ!? なに!? 勢いすごっ!?」
可哀想なアレンくん。姿を見せるや否や美少女に胸倉掴まれるってそう経験できることじゃないよ。怖いよね、ごめんね。でも仕方ないの。この昂りは隠せるレベルを超えている。
「なんだ、帰るなり騒々しいな……? って、なにをやっている!? どういう状況だ!?」
遅れてやってきたアーサーくんが動揺している。ごめんね、見ての通り私も不安定なの。情緒を制御できない、激情のモンスターになってるの。でも許してほしい。
「リオ、一旦落ち着け。離れろ、ほら」
見兼ねただろうか、イアンさんが私の肩を掴んだ。あれ、結構痛い。その瞬間、ぐいと後方に引き寄せられた。うーん、逞しい胸板。いやそうじゃなくて。
「ごめんなさい、またやってしまいました……」
「リオってときどきちょっと怖いよね……びっくりした」
苦笑するアレンくん。後で本当に心から謝罪しに行こうね。ティーンエイジャーにこの勢いはきつすぎる。痛々しいし、怖い。オタク、すぐ熱くなる、悪い癖。
「ごめんね、この話が終わったら菓子折り持って謝りに行くからね……」
「そ、そこまでしなくても……」
「で、なんでまたミーティング? なんか伝えることあんの?」
ギルさんの質問も尤もである。お昼過ぎに解散して、現在午後三時過ぎ。間を置かず開かれる会議に疑問の声が上がるのもわかる。
私が答えるより早く、エリオットくんが爛々とした目で手を挙げた。
「曲が完成したんです!」
「ええっ!? もう!?」
「僕たちが出掛けている間になにが……!?」
驚く二人、無理もない。私だってエリオットくんから報せを受けて、獣人の彼を置いてくほどの脚力発揮できたもん。それくらい驚くよ。なんなら他のみんなも絶句してる。
当のオルフェさんはというと、くすぐったそうに笑うばかり。なぜかエリオットくんが得意げだった。
「最初の挑戦で出来上がったものだから、きみたちからも意見が欲しい。ひとまず、これを聞いてみてくれるかな?」
オルフェさんが叡煙機関をデスクの上に置き、再生する。
その瞬間、みんなの表情が変わった。聞き馴染みのない音ということもあるだろう。ただそれ以上に、この旋律に魅力を感じているようだった。各々がなにを感じているかはわからない。確かなのは、未知の音色に高揚しているということ。
「これ……オレの歌から作ったの?」
「うん。きみの歌に僕の解釈を混ぜて生まれたものだよ」
沈黙するアレンくん。少しして、彼の表情に変化が生まれた。不自然に歪み、目が潤んでいる。目敏いアーサーくんが彼の肩を叩いた。その顔は、どこか誇らしげだった。
「あはは……こんな、いいのかな……」
アレンくんの声は震えている。目元を隠して、鼻をすする音も聞こえてきた。隣にいたアーサーくんは少し驚いたような顔をしていた。彼だけじゃなく、ギルさんとエリオットくんも。大人組は逆に、どこか微笑ましそうだった。
「……諦めなくて……よかった、本当に……」
やばい。私も泣きそう。
アレンくんの境遇も、気持ちも知っているから。一度は諦めようとした夢だけど、消えかけた想いに火を点けて――いま、彼の夢が一つの形になったんだ。泣きたいくらい嬉しいはずなんだ。
アーサーくんを除くメンバーはアレンくんの背景を詳しく知らない。だけど、この涙が大事なことを語っている。それだけはわかったと思う。
「ほら、いつまでもめそめそするな」
「めっ、めそめそってお前……」
「ハッ、可愛いとこあんじゃん」
「アレンさん、泣かないで……!」
「素直な感情の吐露は悪いことではありませんよ」
「よしよし。今日はめでたい日だ、添い寝をしてあげよう」
「こら、収集つかなくなるだろうが。その辺にしとけ」
さすがはリーダー。取っ散らかる気配を察してくれたらしい。こういうときにしっかりまとめてくれるのはイアンさんくらいだと思う。私だと舐められそうだしね、特にギルさんに。
「お前もだ、アレン。泣くのはまだ早ぇよ」
「早い、って……?」
「まだ始まってすらいねぇんだぞ。始まるまで涙は取っとけってことだ」
「始まるまで……?」
いま一つピンと来てないみたい。イアンさんの言わんとしてることはわかるし、私から補足しよう。
「“スイート・トリック”春暮公演、私たちのデビューライブだよ」
「あくまで予定に過ぎねぇがな」
イアンさん、こういう流れで現実を持ち出すのはナンセンスだと思います。
とはいえ、実際その通りではある。この商談に関しては私だけで挑みたい。オルフェさんに甘えていては駄目だ。頑張ってくれるみんなに、私だって格好つけたい。
「打診するにしたって、俺らに見込みがなきゃ考える余地もないっしょ。まずは路上パフォーマンスで知名度上げてから、かねぇ」
「はい。それなんですけど……まずはギルさんの手品、アレンくんとオルフェさんの路上ライブで攻めるのがいいかなと思います」
これは先程ギルさんと話したこと。ギルさんの手品も、アレンくんの歌唱力も、オルフェさんの演奏も、武器としては一流に匹敵する。単体でのエンターテイメント性なら“スイート・トリック”の団員に負けずとも劣らない。
彼らのパフォーマンスに心を奪われたなら、彼らがなにをする人なのかも覚えてもらえるはずだ。この三人、特にギルさんは先鋒として打ってつけだと思う。
「ぼくたちは?」
こてん、と首を傾げるエリオットくん。きみはどうしてそんなにあざといのか。もう年上キラーとしてプロデュースしてしまうぞ。お姉さんに訴えられないかだけが気がかりだけど。
「エリオットくんとアーサーくんは、少しだけ意識して一緒にいてほしいの。お互いのことを知る時間が増えれば、息も合わせやすいかなって」
「一理あるな。本当にアドリブで踊るつもりなら、エリオットを理解するための時間が欲しい。そうすれば多少無茶なステップにも合わせられる、と、思う……」
「アーサーさんと仲良しになる時間が必要ってことですね! わかりました、いっぱい遊びましょうね!」
「あ、ああ……よろしく頼む」
満面の笑みを浮かべるエリオットくん。彼はアーサーくんの手を両手で握った。楽しそうなのはいいことだけど、見て。アーサーくん、たじたじだよ。貴族の交流ってこんなテンションじゃないだろうしね、戸惑うのも仕方がない。
この辺りの差も、一緒に埋めていけたら理想かな。若い二人に期待しておこう。
「俺とネイトは……?」
「あなたたちは保留です。認知度は申し分ないのですが、如何せん内容が……」
「物騒ではありますね。寸劇の質を高められるよう精進致します」
「俺も役者になれるかねぇ……いや、ならねぇとな。努力する」
弱気だったイアンさんも覚悟を決めてくれた。ここからはノンストップ。駆け足くらいで丁度いい。私も迷っていられない。彼らのために出来ることを、全力で努めるだけだ。
「――あのさ、いいかな」
アレンくんの声に、私を含めた全員がハッと彼を見る。目元を赤くしてはいるが、表情は真剣そのもの。自然と緊張が走る。なにか怖い話だろうか。
「リオが話してくれるのを待つつもりだったんだけど、ここまで来たら我慢できなくて」
「な、なにかな……?」
「名前が欲しいんだ。オレたちだけの、七人の名前が欲しい」
全然怖い話じゃなかった。
しかし、名前。名前と来たか……いや、そりゃ必要ではあるけど。正直、後回しにしていた節はある。デビューライブまでに決めればいいと思っていたけど、路上パフォーマンスで宣伝するなら確かに必要だ。
「……考えてはいたの。でも、もう少し先延ばしにするつもりだった」
「どうして?」
「――七人の名前。それは皆さんの居場所になる。ただそれ以上に、皆さんの退路を奪うものにもなるから」
アレンくん、アーサーくん、ギルさん、エリオットくん、オルフェさん、ネイトさん、イアンさん。名前をつけるなら、この七人だからこそのものにしたい。
私のエゴに過ぎないけど、七人の名前を与える以上、簡単に捨ててほしくない。脱退、独立することを許せなくなってしまう。自然と、俯く。
「アイドルに対して、皆さんが真剣になってくれるのを待つつもりだったんです。それがいつになるかわからなかった。だけど――」
顔を上げ、みんなの顔を一瞥する。
ネイトさんは柔らかく微笑む。イアンさんは得意げに笑っている。オルフェさんは静かに頷き、ギルさんはおどけたように口の端を上げた。エリオットくんは満開の笑顔を咲かせている。不安げに頷くアーサーくん。そしてアレンくんも、力強い眼差しで返してくれた。
――ああ、もう、なんの心配も要らないや。
「皆さんの名前を一刻も早く帝国に知らしめたい。いま、確かにそう思えました」
みんなを見ていると、私も笑顔になる。これがアイドルなんだ。私の夢がここにある。迷いも躊躇も、全部投げ捨ててしまおう。それでいいんだ。
「叡煙機関が教えてくれました。この七人に相応しい、最高の名前」
七人が綺麗に混ざり合い、調和する。七人の歌がこの色を示したのだ、その通りに名付ければいい。
帝国の未来を担う、世界初のエンターテイナー。息を整え、その名を告げる。
「“ニジイロノーツ”。それが皆さんの――私が手掛ける最高のアイドルの名前です」