屁理屈
「おっし、結構まとまったんじゃね?」
体を逸らしてあくびを漏らすギルさん。彼と相談しながら企画を練り上げていくと、思いのほかあっという間だった。煮詰まったら提案してくれるし、私の提案を広げてくれたりもした。
大したアイデアマンだ。これならライブの演出とかにも一役買ってくれそう。そういえばセブンスビートの前に推してたグループにもいたっけ。アイドルでありながらライブの演出にも尽力していた人。
優れた容姿やパフォーマンスはアイドルには必要不可欠。けれど、それを活かすための地盤を整える力が私にはない。そこを補ってくれるのが、ギルさんになり得る。
「ありがとうございました。ダンスの基礎練習が終わったら、こっちの方も準備を進めていきたいですね」
「だな。俺はすぐにでも動けるから、いつでも言ってくれな」
「……本当に変わりましたね」
ぽつりと出た言葉。ハッとして口を覆う。ギルさんの様子を窺うと、目を丸くしていた。私、おかしなこと言ったかな? いや、言っただろう。つい沈黙していると、彼はくすぐったそうに笑った。
「あんたは俺のなにを知ってるわけ?」
「あ、いえ……失言でした、すみません」
「いや、怒ってねーから大丈夫。二人目のギル、そんな違和感ある?」
「違和感っていうか……」
どこまで突っ込んでいいんだろう。あまり深いところには触れられたくないはずだ。
かといって、私に繊細なコミュニケーションが取れるかどうか。沈んだ後輩に気を回すことは出来たが、心の傷を触らないような立ち回りは練習していない。
押し黙る私に、ギルさんはまた笑う。
「そこまで気遣わせんのはちっと申し訳ねーや」
「そ、そんな風に思う必要は……」
「いまだから思うんだよ。ま、隠しても仕方ねーし話しちまうか。その方がお互い楽っしょ?」
そりゃ私としては万々歳なんですけどね。ギルさんとしてはそれでもいいんだろうか。都合が悪くないから話してくれるんだろうけど。
頷きはする。ギルさんは再び私を見つめた。その表情もまた、いい意味で似つかわしくないものだった。
「そもそもアイドルになろうって決めたのはオルフェのおかげ……おかげ? なんだよ」
「はぇ……? どういうことですか?」
「前にリオちゃんとデートした日だったかねぇ。俺、拗ねて帰ったじゃん。その夜にあいつと会ってさ。屁理屈捏ねられて、その気にさせられたってわけ」
屁理屈……? 屁理屈でその気になるような男なのか、この人。オルフェさんの口が巧いとも取れるけど……いったいどうやって言いくるめたんだろう。その手腕が気になる。いや、手腕より内容でしょう。
「なにを言われたんですか?」
「なにが正しいかわかんねーって話をしたら、正しいもんを選ぶんじゃなくて、選んだもんを正しくするんだ、ってさ。屁理屈だろ、こんなの」
なんというかオルフェさんらしい考え方だ。人生に時間的な余裕が有り余っているからこそとも言える。
でも、間違ったことは言ってない。それは三十年も生きていない私にだってわかる。
自分の人生、責任を取れるのは自分だけ。上手くいかない日々を誰かのせいにしちゃいけない。だからこそ、自分の選択に間違いはなかった、正しい選択をした。そう言い切れる人生にしていかなきゃいけないんだ。
「正論だと思います」
「ありゃ、リオちゃんは屁理屈肯定派?」
「いえ? ただの屁理屈は肯定しませんよ」
「あー……? どーいうこと?」
釈然としていない様子のギルさん。オルフェさんの屁理屈に視点が行くと、よくわからないかもしれない。オルフェさんの屁理屈よりも、それを受け止めたギルさんに焦点を当てていたから。
「オルフェさんの言葉を屁理屈だって言いながら、中途半端なことはしてないじゃないですか。ギルさんは、自分が選んだ屁理屈を正しいものだって証明しようとしてる。それって、一人目のギルさんなら絶対やらなかったと思いますよ」
ギルさんは面食らったように言葉を失くしていた。そりゃそうか。きっとまだ“自分”を見られることが不思議なんだ。だからこんな顔をする。馬鹿な人だな、と思ってしまう。
「慣れてないでしょう? こういうのも」
「……そーね。くすぐったいっつーか、恥ずかしいもんだな」
「慣れてもらわなきゃ困りますよ。これからもっとたくさんの人があなたを好きになるんですから」
「ハハッ、参ったね……返す言葉が見つからねーや」
困った、と言わんばかりにギルさんは笑う。その笑顔の裏を見るのは、もう必要ないみたい。
「ま、頑張るよ。そういうの、あんま柄じゃねーけどさ。リオちゃんのお眼鏡に適うアイドルになるよ。それまで、見守っててくれる?」
私の知らないギル・ミラーがそこにはいた。いつものギルさんはなりを潜め、自信のない、弱気な青年。本人としては認めたくないだろうけど、この姿が彼の本質に近いのかもしれない。
頼りのないミカエリアで、あるいは師匠を亡くしたときから――自分を隠して、強がって生きてきたのかな。だとしたら、少しずつでも気を許してほしいな。私だけじゃなく、みんなにも。仲間なんだ、って思ってほしいな。
「はい、見守っていきます。皆さんのこと、この先もずっと」
「サンキュ。ちょっと安心したわ」
「ふふっ、以前より素直になりましたね。いい子いい子」
「んだよそれ。一丁前にガキ扱いしないでくんねー?」
苦笑するギルさん。私からしてみれば十九歳なんて若造だ。なんてこの体で言っても説得力がないのがもどかしい。魂はアラサーなのにな……。
こういうとき、すごく不都合。素直に褒めたいんだけど、年下って先入観があるからどうにも真っ直ぐ伝わない気がする。なんかこう……貫禄が欲しい。よくやった、って言える迫力が欲しい。美少女の肉体で転生したのが悔やまれる。
「んじゃ、俺は戻るわ。アレンとアーサーが帰ってきたら教えて」
「わかりました。なにかお話が?」
「ご両親に挨拶は済んだか? ってからかってやろーと思って」
この男、本当に底意地が悪い。すん、と表情が消えた。あんまり年下をからかうものじゃありません。私含めて。
「おっかない顔しないでくれな……?」
「人をおもちゃにするのは程々にしてください、いいですね」
「ハイ……そんじゃな、お疲れさん」
とぼとぼと帰っていくギルさん。なんだ、迫力あるじゃん、私。
「――さて、と。ここからもう少し詰めていかないと。アミィ、起きて」
「あ~い……サイキドウだよぉ~」
なんだそのやる気のない声は。
と思ったけど、スリープモードだったし仕方ない? アミィは低血圧なんだね、寝起きが悪いと社畜は務まらないよ。アラームと共に脳を覚醒させられるようになってね。
……待って。社畜の適性がないって、すごく羨ましいや……。