二人目の違和感
「うーん……ギルさんはピン、アレンくんとオルフェさんは路上ライブ、アーサーくんとエリオットくんはダンス……イアンさんとネイトさんが……どうしたら……」
みんなが各々部屋に戻っていったので、私は自室で路上パフォーマンスの草案を練り上げていた。こういうのは企画部の仕事だったし、営業部の私はてんで素人だ。
だけど、素人なのはみんなも同じ。私だけ境遇に甘んじていいはずがない。頭を捻り、彼らが最高のデビューを飾れるように尽力するのが私の仕事だ。
「リオ、ガンバレー!」
私の隣に座るアミィが応援してくれる。この子のキーボードは実体のないものだが、きちんとディスプレイまで用意されている。ノートパソコンを使っているような感覚だ。
健気な声に笑顔を貰い、再びディスプレイに向き直る。“データベース”で調べたところ、アレンくんとオルフェさんがカバーする楽曲には困らなさそうだった。
帝国でメジャーなアーティストの楽曲なら、アレンくんも知っているだろう。オルフェさんも演奏に困らない……と思う。芸事に関してはまだまだ発展途上のようで、音楽やお芝居等のエンターテインメントは外国の方が進んでいるみたいだ。
調べている過程でよく名前が挙がったのがグラス皇国。帝国から海を渡って最も近いところにあるようだ。いつかは遠征で行ってみたいな。もしかしたらアイドルみたいな存在もいるのかもしれないし。
「アーサーくんとエリオットくんは……どうなるんだろうなぁ。ここ二人の相性が全然わかんない。楽しそうに踊るからついてきて、って……いま思ったらとんでもない無茶振りだよね……?」
何事も卒なくこなせそうなアーサーくんだけど、元気はつらつで自由なダンスをするであろうエリオットくんに合わせられるのか? 彼、結構押しに弱そうだけど……いや、だから大丈夫なのか? 不安ではあるけど、この二人は少し練習をしてからの方がいいかもしれない。
問題はイアンさんとネイトさんだ。彼らの得意分野をどう活かせばいい? 日本生まれの日本育ちで二十八年も生きてきたのだ、想像つかない。やっぱり寸劇にする? ネイトさんは素直な人だから演技の素養はあるのかもしれない。けど……うーん、この二人のお披露目は一番最後かな。
「ひとまずカバー曲のピックアップは終わり。で、ダンスに関しては稽古場の手配。音楽もあった方がいいかな? アーサーくんから借りた叡煙機関に入ってないかなぁ……」
頭を悩ませていると、アミィが手を握ってくれる。最初こそ扱いに困ったけど、普通に可愛らしいじゃないか。つい抱き締めたくなるが、そうすると充電モードになってしまう。ぐっと堪えて作業を再開する。
そのとき、部屋の扉が叩かれた。お客さん? 誰だろう、イアンさんかな?
「はーい、どちら様ですか?」
「ギルだけど。ちょっと時間いい?」
「ギルさん? ちょっと待っててくださいね」
ひとまず“データベース”とアミィには休んでもらおう。デバイスの機能を停止するには一言。「スリープ」でいい。そんなに時間取らないだろうし、すぐに再開できるはず。
ギルさんを呼び込むと、きょとんと目を丸くした。あ、そっか。アミィを見るのは初めてだっけ。まあ適当にごまかそう。
「なんか可愛いのいるけど、なにそれ?」
「エルフの里近辺に生息する生き物です。通りがかったときについてきちゃったみたいで」
「へー、すげーじゃん。人間以外も骨抜きにするとは、さすがリオちゃんって感じ」
骨抜きって……と思ったけど、スリープ状態のアミィは確かにぐったりしてる。見方によっては骨抜きにされてるようにも見える?
「さすが、って言われるのも妙な感じですね。それで、どうしたんですか?」
「ああ、路上パフォーマンスのこと。なんか手伝えねーかなって思ってさ」
なにを考えているかはわからないけど、手伝ってくれるのであれば力を借りたい。場所は東区になるだろうし、ある意味ギルさんのホームグラウンドでもある。私が一人でやるよりは効率も信頼性も高い。
「お願いしてもいいですか?」
「もち。やることは昨日の会議で話したことで決定?」
「そのつもりです。イアンさんとネイトさんに関してはもう少し検討が必要ですが……」
「オッケー。なら、最初のうちは俺、アレンとオルフェで推してった方がいいよな。アーサーとエリオットだってある程度練習必要だろ?」
そこまで考えられるのか。たまらず息を漏らす。
ギルさんは私を含め、メンバーの中で最も芸歴が長い。どうすれば人目を、興味を惹けるかについてある程度のロジックがあるのだろう。路上パフォーマンスの戦略については彼を頼るのが最適かもしれない。
「そうですね……あの二人に関しては日頃からの交流を意識していただきたいです。一緒にいる時間が増えて、お互いの理解が進めば即興でも息を合わせられるようになると思います」
「一理ある。アレンにはちっと我慢してもらわないといけねーな。アーサーにとってもだけどさ」
いたずらな笑みを浮かべるところは以前と変わらない。こっちの方がしっくり来る。
正直なところ、ここまでやる気があり、前向きなギルさんの方が違和感がある。二人目って自称していたけど、いったいなにがあったんだろう? それに彼は“スイート・トリック”に対してかなり好戦的だ。多少なりとも、過去が関わっているのかもしれない。
触れていいものか。一人目が死んだと考えているなら、話したくないことだとは思う。ただ、知りたいと思ってしまう。人を寄せ付けない孤独なエンターテイナーとお別れした理由、きっかけを。
「――リオちゃん? どうした?」
「えっ、あ……すみません、ぼーっとしてました」
「その割にゃ怖い顔してたけど。なんか考え事?」
あなたのことを考えていました。
なんて言おうものならいつぞやの犬事件の再来だ。マネージャー、プロデューサーとして舐められてはいけない。でも、ごまかそうとしても見抜かれてしまう気がした。
「……ギルさんが、前向きになったのはなんでだろうと思って」
「ハハッ、俺のこと考えてたんだ?」
「真面目な話なんですけどね。こういうのは苦手でしょう?」
「よくご存知で」
くっくと笑うギルさん。これは触れない方がいいことなんだろうな。だからそれ以上は踏み込まなかった。アイドルを管理するのも私の仕事だけど、過去まで網羅する必要はきっとない。少なくとも、いまは。